保護

日本号のちょい呑み配信8 完



 ふと、目が覚めて体を起こす。酔ってきたところで日本号が布団を敷いてくれて、そこに横になったらあっという間に寝てしまった。薄らとする記憶の中でもそれはしっかりと覚えていて、我ながら自制が利かないと反省する。いくら酒や食べ物が美味くても加減することはできたというのに。
 こればかりは酒の席に慣れていないのもあるのだろうか。そもそもとして日本酒を飲み慣れていないのもあるし……等と反省点を出していきながら布団から出ようとすると、横に大きな塊があることに気付いて戦いた。しかもあろうことか塊は日本号であり、大きな図体を丸めて寝ている。
 俺も寝てしまったが日本号もここで寝てしまったのか。記憶する日本号は酔っている様子はなかったが、見た目に出ていなかっただけで酒が回っていたのかもしれない。寝てしまったのは俺だけではないことに安堵の念を覚えつつ、起こさないようにそっと布団を出ると日本号へ布団を掛けてやる。いくら室内は寒くない程度に調整されているとはいえ、冬場でそのまま寝るのは体を冷やすに違いない。ここで寝てからどれくらい経ったかわからないが、ずっと何も掛けず寝るよりはましだろう。
 飲み食いしたままの食器を片付けようと食卓へ視線を向ける。すると卓上には全ての食器が片付けられており、飲み干して空にした酒瓶まで無くなっていた。寝落ちるまでの記憶がある俺は片付けた覚えがない。つまり傍で丸まって寝ている日本号が片付けたということで、何から何までこいつの世話になってしまったらしい。
 いくら俺と比べて飲みの席に慣れているとはいえ手際が良過ぎやしないか。それとも酒呑みは皆こういうものなのか?
 アルコールが入るとどうしてもだらけてしまう俺には想像できないと首を傾げていると、部屋の外から俺を呼ぶ声がした。
「へし切、起きているか」
「げ」
 この本丸でそう呼ぶ男士は日光一文字ひと振りだけで、起きがけ間もないのにげんなりとした気分になる。
 日光の奴何の用だ。正確な時間を把握していないが、一眠りしたから元旦の朝辺りだろう。あいつは確か年越しは一文字の山鳥毛と南泉と過ごすと風の噂で聞いたのだが……。すぐに応答する気になれず黙っていると、日光は再び俺を呼んだ。
 来訪した理由が何にしても、居留守を使う程ではないか。それに任務もない状況での用件など些細な場合が殆どの筈だ。軽く髪と服を整えて対応すれば、予想違わずそこには日光がいた。
「謹賀新年、明けましておめでとうへし切」
「お、おう。明けまして、おめでとう」
 突然の挨拶に半ば反射的に返せば、一文字に引き延ばされていた日光の口が僅かに笑みの形になる。どこか満足そうな反応に、いよいよこいつが来訪した理由がわからなくなる。疑問に次の言葉が出ない俺に気付いていないのか、日光はきょろきょろと室内を見渡す。
「日本号もここにいると聞いたんだが、もう部屋に戻ったのか」
「日本号?あいつなら布団で寝ているが、用事でもあったのか」
「勿論。俺がここに来たのはお前と日本号に新年の挨拶をするためだからな」
 こんな時にと思ったが、元旦だからここへ訪れたのか。新年の挨拶なんて食事などで顔を合わせたついでに交わしても良いだろうに、こうしてわざわざ部屋に来るとはいかにも日光らしい。流石にこれは日本号も起こすべきだと布団へ向かう。
「日本号、起きろ」
「…………うううーん?」
 声を掛けながら布団を揺すると、非常に眠そうな声と共に布団が大きく波打つ。そしてのっそりと起き上がると日本号は欠伸をしながら大きく伸びをした。その姿はまるで大型のネコ科動物のようで、堪らず口元を押さえて密やかに笑う。
「……にっこう?」
 寝起きで頭が働かない中でも日光の存在は目立つのか、日本号はすぐその姿に反応する。
「お早う日本号。そして明けましておめでとう」
「お?うん……明けましておめでとう、ございます」
 眠いなりに姿勢を正すと日本号は頭を下げて挨拶をする。俺もそうだったが、日本号も自然と挨拶を交わしている辺り、福岡の博物館での生活が刀剣男士になっても染みついているのだと気付かされる。もしかしたら日光がこうして挨拶に来るのも、博物館で毎年新年明けて間もなく互いの姿を見るからかもしれない。そう思うと少々恐ろしくも思えて、隠していた口元が歪みそうになる。
「今年も変わらぬ活躍を期待して、お前達にはお年玉をやろう」
「お年玉?」
「流石に金銭を渡すわけにはいかないが、代わりになるものをお頭からいただいている」
 言いながら懐から出されたのは小さな紙袋。金銭ではないという情報があるので身構える心配はないが、一文字の頭は日光へ何を渡したのやら。
 眠くても多少にも気になるのか。もたもたと日本号は立ち上がると、俺の横へ並ぶようにして日光の方を伺う。じっと見つめられたところで動揺する様子のない日光は袋の中身を確認している。
「口を開けろ」
 口を開ける?またどうして、と疑問ながら日本号と一緒になって口を開けると、日光が口内に何かを放り込んできた。
「うぐ、」
 驚きに口を閉じると途端に口内に甘酸っぱい味が広がり、放り込まれたものが食べ物らしいことを知る。
「んん、ん……これ、飴か?」
「玉は玉でも飴玉だ。市場にあまり出ないものだからしっかり味わうように」
「それは良いが渡し方ってもんがあるだろ」
 ころころと口内で飴を舐めているのか、日本号が頬を動かしている。流石に飴を口に放り込まれたら眠気も覚めるようで、先程のようなぼんやりした様子は失せている。
「粟田口の部屋で同じように厚と博多に飴玉をやったら喜んでいたぞ」
「俺も日本号も短刀ではないぞ」
「それはそうだ。お前は打刀で、日本号は槍だ」
 だからどうしたと言わんばかりの日光の様子に日本号と顔を合わせる。こいつとは顔を合わせると緊張することが多いが、今ばかりは顔を見ずにはいられない。
 日光にとっては小さな短刀であっても大きな槍であっても等しく弟分なのだろう。全くとんでもない奴だ。
「お前達にもお年玉を渡したから、残るは左文字のことろだな」
「くれぐれも小夜には俺達みたいなことすんなよ」
「何故」
「小夜が驚くのは勿論、あいつの兄貴達が許さねえと思うぜ。渡すなら手渡しにしろ」
「そういうことならそうしよう」
 日本号の説明に顔色変えず了承する辺り、あまり重要そうだと思っていないな。こいつは時折抜けているので扱いが難しいな。
 かろころと飴を舐めながら日光を見送ると、隣から盛大な溜め息が聞こえた。
「年が変わってもあいつは変わらねえな」
「まったくだ」
 俺も日本号も我が強い方だが日光はそれを上回る。見る者がみれば清々しい奴なのかもしれないが、弟分とされてしまった俺としては堪ったものではない。日光の姿が見えなくなったことを確認すると、部屋に戻って床に座り込んだ。
「そういや昨日はそれなりに飲んでいたが二日酔いは大丈夫か」
 続くように隣に座った日本号の一言に、昨晩片付けもせずに寝落ちてしまったことを思い出す。日本号としては純粋に気に掛けてくれたのかもしれないが、日光のペースに呑まれた矢先に聞かれるにはなんとも微妙な話題である。
「……飲んだ酒が良かったのか、二日酔いは一切無い」
「それなら良かったぜ」
 捉えようによっては酒の選択を褒められたとも思える返答だったせいか、少しばかり得意げに胸を張る。その間にも口元は飴を舐めていてもごもごと動いている。これが短刀ならば微笑ましいのだろうが、日本号がやると面白さが勝ってしまう。笑いを誤魔化すように飴玉を囓ってみると、飴の中からとろりと果汁と砂糖を煮詰めたようなものが出てきた。こういう飴もあるのか、ぼりぼりと咀嚼しながらその濃厚な味わいを堪能する。
「どうした変な顔して」
「変?」
「笑いと怒りの中間みたいな顔してるぞ」
 笑うのを我慢していたので笑い顔に近いものになるだろうが怒りも混じっている?我ながらおかしな顔していると想像しては、ついに「ふ」と笑ってしまった。
「……そんな可笑しいことでもあったか」
「こちらの事情だ、気にするな。ふふ」
「気にするなと言われても笑われると気になるもんだぜ?」
 珍しく苦笑している日本号はやっぱり飴が気になるのか時折不自然に動いている。そんなに大きな図体をしているのに飴玉ひとつ食べるのに時間を要することが、どうしても面白く思えてしまって仕方ない。もしかして俺の笑いの沸点が低くなっているのか?
 再び出てしまう笑いに口元を押さえる。
「まあ……兎も角。言い忘れていたことがあるんだが、明けましておめでとう」
 やれやれと頭を掻きながら伝えられた一言に、そういえば日光に挨拶しただけでお互いにはしていなかったと思い出す。
「こちらこそ明けましておめでとう。今年も主のため共に精進しようではないか」
「昨年に引き続きお前さんは主か。らしいっちゃらしいが……お互い実りのある一年にしよう」
 今の主は一緒だ。といつかの日本号は言った。その一言に俺は悩むと共に救われた瞬間があった。俺が長政さまへの思いを持て余していても、日本号は同じ主の下にいてくれる。その事実が嬉しくて、それで良いのだろうかと葛藤することもある。それでも主のためと言った俺に応えてくれたことに、何故か口内に残る飴の甘さがつんと鼻を刺激するのだった。

 
 ◆◆◆


 雪深い二月、鬼退治を終えた本丸は久々の落ち着きを迎えていた。それも関係しているかわからないが、新年を迎えてから暫くして日本号は俺を飲みに誘うようになった。誘われるといっても十日に一回程と他の飲み仲間と比較して少ないようだが、ほぼないに等しいところからのこの数と思うと非常に多いと感じる。理由はわからないが、大晦日の誘いを了承してくれるのであれば、普段も飲みに付き合ってくれると考えたのかもしれない。
『今日も始まったぜ。日本号のちょい呑み配信、よろしく頼むぜ』
 そんな大きな変化があったものの、俺は相変わらず日本号の配信をひっそりと観ている。こればっかりはずっと前からやってきたので仕方ないと、半ば開き直っているところがある。
『今日はちょっと早めん配信で番外編、鮟鱇ば捌くばい!』
『というわけで、解体とかそういうのが苦手なやつは観るんじゃねえぞ』
 鮟鱇とは魚だったか。過去の配信も観てきたが、生物の解体を配信で流すのは初めてではないだろうか。ここにきて初めて見るものなのかと興味を惹かれていると、コメントへいくつか収益についての質問が流れていく。
『内容が内容だからこの配信では一切の収益を切っている。魚を捌くのを見るのは面白いが、倫理的な問題はどうしてもあるからな』
『そこはしょうがなか。ばってん配信ば始めてそれなりに長うなったけん、少しテコ入れしたかったばい』
 テコ入れの意味は知らないが、話の流れとして新しい試みをしようとしているのか。日本号の配信について飽く瞬間はないが、たまにはひと味違うものを見たい気持ちもわかる。
 一通りコメントに答えた後、画面中央のまな板の上にどかりと鮟鱇が置かれる。
『この鮟鱇は鮮魚店で売られていたもんだから、臓が確認できるよう予め腹の一部が切られている。鮟鱇は腸以外は食えるからこうやって中身まで良い鮟鱇だって見せているんだ』
 腹の辺りに丸く皮が切り取られている。そこから器用に手を突っ込むと、包丁を使いながら腸を切り取っていく。
『胃袋と腸は特に注意して取り外すように。腸は勿論だが、胃袋は中に捕食したもんが入っているとかなり臭う』
『胃袋は食えるんじゃなかと?』
『食えるには食えるが、しっかり洗った方が良いな』
 話ながら流れるように包丁が動いていく。そうして切り取った腸を容器に移すと、包丁を変えて鰓の部分を切っていく。
『鮟鱇は骨が柔らかいから包丁で切れるのが良いよな……よっと』
 鰓を外された鮟鱇がひっくり返され、虎挟みのような歯が目立つ口の周りへ切り込みを入れていく。そして取っかかりを付けると、一気に皮が剥がされていく。茶褐色の皮が取れていくとつるりとした肉が現れる。その特徴的な見た目からどうやって食べ物らしいものになるのかと疑問だったが、皮がないだけで食肉に近い形に見えるので不思議だ。
『やっぱまな板だと皮を剥ぐのが少し難しいな。こうしてやってみると、つるし切りがいかに効率的な捌き方かって実感するぜ』
『そういえばおいしゃん、捌くならつるし切りでも良かったんやなかと?』
『吊すところが無くてな。用意した鮟鱇もそこまで大きくなかったし、今回はまな板で捌くことにしたんだ』
 つるし切りといえば野外で行う印象があるが、この本丸の庭を思い出せば確かに吊す場所がないと納得する。屋根や庭先の木に紐を繋げば出来るかもしれないが、後片付けを考えるとまな板の方が楽に違いない。
 つるし切りで豪快に捌く様も面白そうであるが、それはまたいつかの機会に見てみたいものだ。
『皮を剥いだら次は歯を切り取っていく。鰓と同じように包丁で切れるが、歯は鋭いから捌くときは注意してくれ』
 絵に描いたようなギザギザの歯が叩き切られていく。鮟鱇は殆ど食べられるというが、流石にこの歯は食べないよな。とても食えたものではないと思うが、この鮟鱇という魚自体とても奇妙な見た目だというのに食されているので、もしかしたら……?
 どんどん捌かれる様子に見入っていると、不意に誰かが自室の戸を叩いた。集中していたところに突然の音に文字通り飛び上がる。慌ててタブレットの動画プレイヤーを切ると、間が悪い来訪者を出迎える。
 引き戸を開ければそこには珍しいことに御手杵がおり、挨拶とばかりに片手を挙げた。
「今時間あるか長谷部」
「……少しなら」
「じゃあ日ノ本が鍋作ってるから一緒に食べないか?」
「日本号が、鍋?」
「そうそう。俺がどぶ汁食いたいって言ったら作る流れになってさ。長谷部も誘いたいって日ノ本が話してたからどうかなと思ってきたんだ」
 さらっととんでもない料理名が出てきたが、日本号は配信で鮟鱇を捌いている最中だ。それなのに鍋を作っている?日本号の料理配信は予め収録されたものを流すことはなく、今日もライブ配信を行っていた筈だ。
 この場で済まない用事は断るつもりだったが、この矛盾は見過ごせない。一つ返事で誘いに乗ると、御手杵に同田貫の部屋まで案内された。
「よう」
 通された部屋には同田貫と骨喰が居り、空いている座布団へ誘導される。この三振りが連んでいるところはよく見るが、俺が関わることは部隊編成で一緒になること以外ではないので新鮮だ。
「誘ってもらい感謝する。御手杵の話だと鍋を食べると聞いたが、どんな鍋なんだ」
 配信のことが気になったが、この場では関係のないことだ。鍋のことも気になったのでまずはそちらを質問してみることにする。
「日ノ本が作っているのはどぶ汁っていって、俺も在った茨城でよく食べられている鮟鱇料理だ」
 鮟鱇料理と聞いてようやく合点がいく。成る程、配信で鮟鱇を捌き、それを使ってこれから皆で食べる鍋を作るということか。鮟鱇だって捌いて終わりではなく、調理して食べるものだ。考えるとまったく矛盾がない。
 疑問は呆気なく解消されて、今度はどぶ汁という料理が気になってくる。
「先程から気になっているんだが、どぶ汁とは食べ物の名前としては大層なものだな。どんな由来があるんだ」
「ああ。どぶ汁っていうのは鮟鱇の肝と味噌を使ったもんで……」
 そんな郷土料理の話を皮切りに決して口数の多くない四振りの会話が開始する。味噌の色がどぶの色そっくりだからどぶなのだと知り大丈夫かと顔を歪ませる同田貫に、どぶ汁ほど美味いもんもそうそうないと豪語する御手杵、肝和えが美味いと少しずれた主張をする骨喰。そこからそれぞれが知る鍋料理の話になり、これが美味いあれが美味いと話している内に、誰かの腹が盛大に鳴った。
「鍋を作っているといっていたが遅くないか?」
「確かにちょっと遅いよなあ」
「鍋作りに行く時に下拵えに時間掛かるって話してただろ。元々調理に時間が掛かるもんなんじゃねえか?」
 同田貫の言い分に配信で鮟鱇を捌いていたことを思い出す。とても手際良く捌いていたが、最初から切り身になっているものを調理するよりずっと時間がかかる筈だ。そう考えると手伝いが必要かもしれないとその場から立つ。
「何か手伝いが必要かもしれない。少し見てくる」
 それなら頼む。と三振りに見送られ、調理をしているだろう次郎太刀の部屋へ向かう。数回程度しか訪れたことがないが、配信を観てきた者にとっては俗っぽく言えば「聖地」というものでしっかり覚えている。迷うことなく目的の部屋へ到着すると、入室のため戸を叩いた。
「はあい、どなたかなーって、長谷部じゃん!どうしたの?」
「日本号がここで調理しているだろう。用事があるのでお邪魔しても良いか」
「別に良いけど。へえ、日本号に用事?」
 にやりと笑った次郎太刀に嫌な予感を覚える。昨年末に土鍋を借りに行った際にも似たような反応をされたが、俺が日本号に用があってどうして次郎が笑うことになるのやら。
 非常に気になったが次郎は特に俺へ何を言うでもなく、部屋の奥にある厨へ通してくれる。室内には仄かに味噌の香りがして、どぶ汁が作られている様子が窺える。配信は終わっているよな?時間を考えると終わってそうだが念のため静かに厨へ入ると日本号と博多の後ろ姿が見えた。二振りは会話しているようだが、配信の時と比べてとても密やかに話している。これは近付いても大丈夫そうだと声を掛ける。
「調理中失礼する」
「「長谷部?」」
 二振りの声が重なり、まるで示し合わせたかのように揃ってこちらを振り返る。
「御手杵に鍋を食べないかと誘われたんだが、時間が掛かっているようなので見に来た。手伝いは必要か?」
「今は特に……御手杵に誘われたって?」
 どこか驚いたようにも見える日本号は視線を右往左往させる。珍しい反応に違和感を覚えたところ、博多が俺の傍へ駆け寄ってきた。
「お鍋はもうすぐできるけん、携帯焜炉とお玉持っていってほしか」
「了解した」
 博多と準備をしている傍ら、かちりと火を止める音が聞こえる。博多の言う通りに鍋は出来上がる直前だったらしい。これならもう少し待っていても良かったか。とはいえ鍋以外の持ち物があるので、俺がいることで一手間くらいは省けたかもしれない。
「俺がドア開けてくけん、おいしゃんと長谷部は着いてきんしゃい」
 焜炉を持った俺と鍋を持った日本号、どちらも両手が塞がっているのでかなり助かる。的確な博多のサポートであっという間に同田貫の部屋へ到着すると、部屋に待機していた三振りは食器や飲み物を用意しているところであった。
「遅いぞ日ノ本」
「鮟鱇捌くから時間掛かるって言ったろう」
「ええ?あんたのことだからぱぱっと捌けるんじゃないのか?」
「まさか。俺はまだ二回くらいしか鮟鱇捌いたことがないんだぞ、時間が掛かるに決まってる」
 あの手際の良さで?魚を捌いた経験はないが、あれだけ捌けるのなら御手杵が誤解するのも俺としてはわかるぞ。
「いただきます!」
 部屋の中央に置かれたちゃぶ台を囲むように、日本号、御手杵、同田貫、骨喰、博多、そして俺が座ると鍋の蓋が開けられる。鍋にしては香ばしさのある匂いに中を覗き込むと煮込まれた鮟鱇や野菜が味噌色に染まっていた。どぶ汁なんて名前としてどうかと思ったが色合いは確かにどぶである。それでも湯気と共に届く匂いは鮟鱇の旨みを十分に伝えてきて、食欲が減退するようなことは一切無い。
「んんん!やっぱうめえな」
 御手杵が希望したどぶ汁は口に合ったようで、一口食べた瞬間跳び上がらんばかりに叫ぶ。
「どぶっていうから身構えてたんだが……うまいな」
 感心したように眉の端をぴくりと動かす同田貫の様子を横目に俺もどぶ汁を食べ始める。御手杵からの事前情報や味噌の匂いから、よくある味噌汁の味を想像していたが、一口目から肝の風味がかなり強い。汁というより煮込みのような濃さは白飯が欲しくなる。だが、ここにはないため、とりあえず用意されていた瓶麦酒を頂くことにする。
 肉のような弾力のある鮟鱇の切り身を味わい、きゅっと麦酒を飲み下す。こってりしたどぶ汁を麦酒が程良く軽くしてくれる。
 いかにも酒のつまみという味わいに日本号を見れば、既にぐい呑みを手に一杯始めていた。
「もう酒を飲んでいるのか」
「そういうお前さんだって既に麦酒で始めてるじゃねえか」
 用意されたものは遠慮なくいただく。それに明日は午後まで出陣はない。瓶麦酒の一本くらい楽しむのも良いだろう。
 一応自分の中で上限を設けながら麦酒を楽しんでいると俺の隣に座っていた博多が「ふふ」と笑う。酒も入っていないのに機嫌良さそうにほんのりと頬を赤らめているものだから俺も釣られて笑ってしまう。
「楽しそうやね長谷部」
「博多こそ。何か良いことでもあったか?」
「まあねえ」
 ふふふと、笑顔の絶えない博多はその外見もあって愛らしい。俺がそう思うのであれば兄弟から見れば尚更愛らしいのか、これまで黙々と食べていた骨喰が博多の頭を撫でる。その行動に博多は喜ぶものだから、俺だけでなく周囲の皆はすっかり和んでしまった。

 鍋が空になり、同田貫と骨喰が洗い物をしてくると退出する。残るのは俺と日本号、そして程良く酔っ払った御手杵と博多だった。食べ始めに見た無邪気な博多は酒に顔を赤らめて、笑い声の代わりとばかりに「うーん」と唸った。
「今日の配信、良かと思うんやけどもういっこなんか欲しいばい」
「まあ、あんまり魚捌いてばかりいると悪い意味で目を付けられるかもしれねえからな」
 俺も御手杵もいるというのに、日本号と博多は配信の反省会を始めている。しかも内容は今日行ったばかりの配信のもので、極力興味がない振りをしながら耳は二振りの会話に集中してしまう。主公認の活動のため隠すようなことではないのかもしれないが、動画プレイヤーで見ていた配信の裏側を無防備に明かす様にこちらが緊張してしまいそうだ。
「出来ることはあらかたやってしもうたけんなあ。いっそ料理以外も考えると?」
「そこまでいくと本末転倒じゃねえか。元々は次郎の活動あっての俺の活動だ」
「そうやねえ」
「なあなあ。魚捌くだっけ?料理するならそれくらいするのに、そればかりだとなんで駄目なんだ?」
 ちゃぶ台に突っ伏していた御手杵も二振りの話を聞いていたのか、さり気なく会話に加わってしまう。配信の反省会に第三者が加わって良いのか?身を乗り出しそうになるのをぐっと堪えながらも気になって仕方ない。
「見方を変えれば魚を捌くって、魚を殺めている行為だろう?数回程度なら食育の一環とされるが、あまり頻回にすると殺生を見せもんにしていると思われちまう」
「へえ〜。みんなに見られながら料理するっていうのも大変なもんだな」
 御手杵とまったく一緒の感想を抱いてしまったことが気がかりながら、配信を観ているだけではわからない苦労があるのだと知る。日本号の配信はとても緩い雰囲気だが、それでも収益を上げているものだ。明かされないだけで規約というものがあるのだろう。
 これはここぞとばかり皆が皆配信をしないわけだ。と納得していると、御手杵がとんでもない事を言う。
「それならさ、ゲストみたいなもん出したらどうだ?長谷部とか」
 突然自分の名が出され、肩がびくりと跳ねる。いや、名前自体出されるのは良いが、その前になんて名前を言った?ゲストは番組のようで良い案だと思うが、どうしてそこで俺の名を出した。
 そう主張したかったが、これまで会話に無関心を貫いていた手前でどう切り出せば良いかわからずに固まってしまう。そんな俺とは対照的に博多が跳ねるように立ち上がった。
「そればい!さっすが天下三名槍!大名さま!殿様ん槍!長谷部ば出すとは良かね!おいしゃんひと振りのところ長谷部が並んだらすごか絵になるばい」
「おいおいおい。当刃がいるっていうのにほったらかしで話を進めようとするんじゃねえ」
 鼻息荒く話していた博多を宥める日本号にようやく俺は落ち着きを取り戻す。これは日本号がくれた良い機会だと、あくまで御手杵から名前を出されて気付きましたという体で会話に参加する。
「お、俺がゲストとか話があったが、一体……」
「良くぞ聞いたけん。俺たちは動画配信しとうっちゃけどご新規ば呼び込もうと計画しとうところなんや。そいで色々考えるばってん、どうにもしっくり来んやったちゃけど……長谷部がゲストで動画配信に出るんいける!と思うたばい」
「ゲストを頼むなら他にいるのではないか?それこそ、この本丸には大勢の刀剣男士がいる」
「いんや!長谷部が良か!ね、おいしゃん?」
 勢いのある博多に呼ばれて、日本号は背筋をぴんと伸ばす。まさか自分に話を振られると思っていなかったのか、明らかな動揺を見せる。
「ま、まあ。長谷部が了承してくれるなら、その方が、いいと……」
 柄にもなく言葉尻を濁した日本号は、それでもはっきりと俺を選んだ。御手杵も博多も、それに日本号も何故俺を挙げるんだ。日本号の配信のゲストなんてこれまで次郎太刀くらいしか見たことがない、新しい顔触れがほしいなら俺に限定しなくても良いだろ。
 再び動揺する俺の横で御手杵がころころと笑う。
「日ノ本のやつさあ、年明けてから何かにつけて長谷部と一緒に年越しした話するから適任だと思うんだけどなあ」
 年越しの話?思わず日本号の方へ視線を向ければ、これでもかという程顔を赤らめていた。こいつ、いくら酒を飲んでもそんなに顔が赤くなったことがないというのに、今の話でそんな反応をしたのか?それは御手杵が話していたことが嘘だから怒って……ではないか。嘘なら嘘だとはっきり否定すれば良いだけのところ、日本号はそんなことをせずに狼狽えているだけ。
 その事実を知った途端、自分の顔も一気に熱を持ち始める。
 年越しの時なんて最終的に俺が寝落ちてしまったので大したことはなかった筈なのに。むしろ客を放っておいてと不満は抱きそうだが、御手杵の話し振りからそのように思っているとは考えられない。
「ええと。その……あのな。長谷部」
 未だに顔を赤らめている日本号に呼ばれる。らしくない様子はこちらを煽るのに十分で、掌がじんわりと汗ばんでくる。
「おまえさん、俺が料理の配信しているの知っているだろう。それで、気が向いたらで良いんだが……一緒に出てくれないか?」
 頬を掻きながら控えめにこちらを伺ってくる。普段はどこまでも自信に満ちているというのに、それだけ年越しの話題を持ち出されたことが響いているのか。どうしてそんなに動揺するのか疑問で堪らないが、あの一晩のことが日本号に大いに影響しているのだけは痛いほどわかってしまった俺は頷くしかできなかった。


   ◆◆◆


『どうも。今夜も日本号のちょい呑み配信、付き合ってくれよ』
 低く落ち着いた声は日本号のもので、何を隠そう私の本丸にいる刀剣男士のひと振りだ。日本号は他の本丸にもいるからその言い方だと語弊があるって?いやいや、今流れている配信に出ているのは私の本丸にいる日本号なのだ。お小遣い欲しさに始めたらしいこの「日本号のちょい呑み配信」はなんだかんだで二年近く活動しており、私も審神者の仕事や学業がない時に視聴している。撮影者の博多と共にお喋りしながらのんびりとお料理をする配信なのだけど、最近ちょっとした変化があった。
『今日はゲストであるへし切長谷部もアシスタントとして参加している』
『へし切長谷部だ』
 簡潔な挨拶と共に、画面端にひらりと手が振られる。日本号より少し細いその手は長谷部のもので、視聴者コメントに長谷部の名前が連なる。
 変化というのはゲストとしてへし切長谷部を呼ぶようになったことだ。主となる審神者以外の人間には基本的に無愛想な長谷部がゲストとして配信に登場するだけでも面白い試みだというのに、ゲストと謳いながら月一で配信に出演しているのだ。そのせいもあり視聴者からは準レギュラーのような扱いをされ始めており、日本号と共に人気を確立していっている。
『今日のつまみは馬鈴薯を使って韓国風肉じゃがを作る。うちの主が大量に購入して有り余っていたのを何個かいただいてきた』
『青くならん内に使い切りたいって料理番が苦心しとった。まったく、主人は油断するとすぐ沢山買うてしまうばい』
『主も考えがあっての購入なのだろう。それならば俺達はその思いに答えるまでだ』
 すかさずフォローする長谷部に日本号が笑いながら画面中央の馬鈴薯を手に取る。その少し離れたところでは長谷部と思しき手が調理器具を準備する。

 決して大きな盛り上がりはないものの、穏やかに、時折何かを言い合いながら料理をするこの配信は巷ではほんの少しだけ人気になってきている。




2023.08.19 06:53


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