保護

日本号のちょい呑み配信3




 
「ねえお願い!」
 突如主の叫びが耳に飛び込んできた。それはよく通り、俺を含む数振りの男士が手を止めて声が聞こえた方に視線を向ける。
「一度だけだからさあ」
 主が背伸びをして隣の巨漢、日本号へ訴えかける。奴は渋い顔をしながらも強く出られない(主に強く出るなど俺が許さないが)のか、逃げることも突き放すこともせずに頭を掻いている。
「そう言われてもなあ……」
「日本号の腕なら簡単でしょ?」
「いやな、好き勝手やるのとある程度の指定があるのでは結構違うもんだ」
 主が何かを頼んでいるようだが、日本号は受けるつもりはないようだ。他の男士が居る場で話す要望など、そこまで難解なものでもないだろうに何故あいつは受けようとしないのだ。あいつが受けないなら俺が代わりたいくらいだが、主の話し振りから察するに日本号だからこそ頼みたい用件のようだ。
 そうなると、俺は違う方法で主の願いを叶えるとしよう。
「貴様、主命を受けないつもりか」
「……よりによってあんたか」
 よりによって、とはなんだ。俺に対して良い印象を持っていないのは知っているが、ここまで露骨であると不愉快を超えて清々しい。思わず鼻で笑ってしまえば、奴の口は「へ」の字のように歪んだ。
 その口は以前にも見たな、こいつの癖なのだろうか。幼い容姿の短刀ならば兎も角、強面の部類に入るこの大槍がやるとどこか間抜けだ。当の日本号は自分がそのような顔をしていると気付いているのだろうか。
「俺が来て都合が悪いことでもあるのか。ああ、位持ちのくせに主命のひとつもこなせないと知られるのを恐れたか?」
 殿様が持つと格下でもつけあがるってな。
 初めて日本号と同部隊になった時の一言を今でもよく覚えている。あれはきっと俺から黒田家の話を引き出そうとしたものだろうが、同時に正三位を誇る奴の一面が見えた。
 御物であったこともあるのだ。日本号について理解が深いわけではないが、己が誇ることを馬鹿にされて黙って引き下がる性分ではないのはよくわかる。
「なんだって?」
 情けない形をしていた口を通し、地の底から聞こえてきたような低い声が発せられる。そして、困惑の色が強かった表情に怒りのものが混じったのを認めると、俺は内心「よくやった」と拳を固めた。
「主が懇願しているというのに、それに応えられないとは貴様もまだまだ未熟だな」
「は、長谷部……何もそこまで言わなくても……」
 日本号の隣にいた主がどこか戸惑った様子で俺を見上げる。日本号の変化に気付いて俺を止めようとしているようだが、あと一歩で貴方の望みが叶うかもしれないのだ。ここは俺に任せてほしい。
「主、そんな「受けてやろうじゃねえか」
 俺の声を遮った日本号のそれは凄みが増していて主は困惑の色を深めるが、俺は待っていたとばかりににやりと笑ってしまう。
「この正三位にできねえことはない。ちぃとばかり時間はもらうが、ばっちり期待に応えよう」
 胸を張って大きな体を更に大きく見せる日本号は階位持ちとしての顕要より戦場に立つ大槍の勇ましさを覚える。そんな日本号に主は唖然としながら俺を見た。どうやら俺がこれを狙ってやったものだとすぐに気付いたようだ。
「遅くとも来月頭にやる。しっかり確認しておけよ」
 主に人差し指を差してそう一言、日本号はどこかへ歩いて行く。その足取りはあまりに颯爽としていて、主も俺も黙って見送ってしまう。そしてすっかり姿が見えなくなった後、奴が主にとんでもない無礼をしたことに気付く。
「あいつ、主を指差すなど……っ」
「気にしないで、貴方が日本号を焚きつけてくれたお陰で上手くいったわ」
 やはり主は俺が意図するところを理解してくれたのか。その事実に花吹雪と共に日本号の無礼な態度が念頭から吹き飛び、俺は喜びに破顔してしまう。
 そしてついに、主が日本号に何を頼んでいたのか聞くことは無く、俺は歓喜いっぱいに主へ一礼するのだった。

 
『今夜も始まった日本号のちょい呑み配信、今回は飲み相手がよく食う奴だから二品作るぜ』
 そんな挨拶から始まった配信に、過去に配信で一度だけ二品作ったことがあったことを思い出す。あの時は確か……誰が一緒だったか。
『御手杵と同田貫やね』
 そうそう、御手杵と同田貫だった。あの二振りが集まるとつまみがあっという間になくなるから食い応えのあるものをいくつか作るくらいが良いと話していた気がする。
『確かに二振りは大食いやけど、そげん食べるん?』
『食うなあ。あいつらは酒で腹が膨れる質じゃないし、米や麺くらい用意した方がいい』
『すると、二品目はご飯にもなるもん?』
『ああ。そういうわけで今日は牛と豚のソーセージと、烏賊の塩辛焼きそばを作る』
 画面にはボウルに乗った挽肉と無数の香辛料、蒸し麺に塩辛が並べられる。具材になりそうなものは三点だけだが、香辛料の多さが目立つ……見てわかるくらいでも四種ほどあるか。味付けは簡単なものが多い日本号の料理としては珍しい。
『牛と豚の合挽肉に細かく砕いた麝香草と肉荳を小匙ひとつずつ、塩小匙みっつに胡椒数振りして粘りが出るまで混ぜる』
『今日は珍しか量るんやね』
『香辛料は分量で味わいが結構変わる、味がブレないためにちゃんとやらねえとな。辛いのが好きなら、胡椒は粗挽きで小匙半分くらいでもいい』
 ボウルに香辛料を投入すると、大きな手が豪快に材料を混ぜる。
『タネができたら細長い形にする。あまり太くすると火が通りにくくなるから細い方が良い』
 手付きは相変わらず手慣れていて、長い筋張った指が握るように肉の形を整えてゆく。その動きは何故か性的な印象も抱き、何かいけないものを見ている気分になってくる。これは俺が悪いのでなく、配信の日本号の指が魅力的なせいだ。不可抗力だ仕方ない。
『フライパンに薄く油を敷いたら転がしながら焼いていく。肉の油が出てくるから使う油は少なめにするように……すまねえ博多、皿用意するの忘れたから取ってくれないか』
『はいよ!』
 博多の返事と共に画面が揺れて、木箆を手にフライパンに向かう日本号を映して止まる。これまで彼の横顔が一瞬覗かせることはあれどじっくりその容姿を確認できるほど映ることはなかっただけに、やけに落ち着かなくなってくる。
 どう見ても彼はそこらの本丸にもいる日本号だというのに、頭皮から背中にかけてざわつくようなものを覚える。他の視聴者も何か思うところがあったのか、一気にコメントが流れると読み込みが始まって配信が止まってしまった。
 映っていた時間は数秒だったが、それでも配信の日本号の姿を確認するには十分な時間。読み込み画面を見ながら、自然と先程の日本号の姿が頭の中に浮かんでくる。
 別に特別な見た目はしていなかった。癖のある髪と無精髭、首から胸元にかけての逞しさは俺が知る日本号と同一のものだった。きっと他の本丸で顕現された日本号も同じであるのに、緊張に似た心境すら覚える。
『――…―回復したか?』
 動画プレイヤーにいつもの光景が映り、日本号が確認するように手を振る。
『いけた! 待たせてごめんしゃいねぇ、なんでか急に重くなっとう』
『たまにあるよな。原因がわかれば対処できるんだがなあ……』
『そこは勉強するけん、暫し大目に見てほしいばい』
『そして回復待っている間にソーセージが焼き上がっていたぜ』
 皿に盛り付けされたソーセージが全面に出される。それは出来上がって間もないことを伝えるよう、時折ぱちりと油が弾ける。きっと一口噛んだら油と肉汁が溢れるに違いない、想像するだけで美味いとわかるものに唾を飲み込んだ。
『続いて塩辛焼きそばに取り掛かる。まずはフライパンに蒸し麺、水を麺にかけるように入れて中火で蒸し焼きにする。水から先に入れると底が水っぽくなるから気をつけろよ』
 フライパンに蓋をすると、日本号の手が端から香辛料の入った小鉢を引っ張ってくる。
『蒸し焼きしている間に大蒜と唐辛子を切っていく。大蒜は微塵切り、唐辛子は輪切りだと混ぜやすい』
 大蒜の皮を剥くと、荒く刻んだ後に包丁の切っ先を押さえながら更に細かくしていく。料理慣れしている者なら大したものではないのかもしれないが、数える程度しか包丁を持ったことがない俺には真新しい技に見える。
『蒸し焼きにした麺を軽く解したら油と大蒜、唐辛子を混ぜて炒める。加熱で大蒜の臭いが強まってきたら塩辛を入れて少し炒めたら完成だ』
 大蒜に唐辛子と塩辛、合わせたことはないが美味いのだろうか。海産物の臭み取りのために唐辛子を入れた漬物もあるが、いまいち味の想像ができない。
『ペペロンチーノやったっけ、味は焼きそばよかあれに似とうかな』
『参考にしたのはそれだからな。油が絡みやすい蒸し麺と塩辛を使うことでつまみ向きの味わいになる』
 皿に盛られた焼きそばがソーセージの横に並べられる。油に照る二品はつまみにするには重たい組み合わせだが、よく食べる者が一緒の場合はこれくらいが良いのだろうか。
 見栄え良く皿を並べ直すと、その近くにグラスが置かれる。
『香辛料使う料理は面倒なこともあるが、酒に合うもんも多いから今後も作りたいやつだな。麝香草と牛を合わせて塩で焼くだけでも美味い』
『おいしゃん、少食の割に肉好いとうよね』
『肉、というより油が好きなんだな。油と酒の組み合わせで外れるこたぁねえ』
 油を使った料理というと真っ先に揚げ物が浮かぶ。天麩羅に唐揚げ、油揚げに薩摩揚げ……確かにどれも酒と一緒にいただくと美味しそうだ。考えるだけで食欲が湧き、今にも腹が鳴りそうである。
 食欲をそそられるのはいつものことなのに慣れないな。お腹を擦っていると、配信の日本号が小さく咳払いをする。
『さて、今日の配信はこれで終わるが最後に告知だ……明日の同じ時間、配信をする』
 コメントがざわつく。それも無理はない。基本的に日本号の配信は突発的に行われ、事前に配信時間を知らされることはとても珍しい。
 それがこうして告知されるとは、何か特別な配信なのだろうか。
『時間あればお付き合い宜しく』
『明日はうちの主人のリクエストで焼き菓子作るけん、ちょっと変わったもん期待しとってね』
『そういうことで主、明日のこの時間絶対見ろよ。この正三位にかかりゃあ酒に合う焼き菓子くらいお手の物だ』
 そう言って画面に向かって人差し指を差す日本号に既視感を覚える。だが、それは似たような場面を見ただけで気のせいだと、日々の予定が書き込まれた手帖を懐から取り出す。
 確認すると明日は現代での遠征、帰りは夜になるからアーカイブでの視聴になるな。即時視聴できないのは残念だが、帰城後に楽しみが待っていると思えば悪くない。
 俺は日本号の配信を手帖に書き込んで懐に仕舞うと、己に念を押すよう胸元を軽く叩いた。


 辺りは暗く、足を進めると時折足裏を地に刷る音が響く。その音に紛れて誰かの溜息が聞こえ、俺もつられて溜息を吐きそうになった。
 戦闘はなかったものの、丸一日費やす任務は体力自慢ばかりの男士たちも疲労の影が見えるというものだ。
「戦うことはまったくなかったというのに疲れるものだね」
 部隊長である蜂須賀がその顔に笑みを浮かべる。その笑顔の柔和なこと、疲労とは違う安堵の溜息が漏れては……腹の虫が盛大に鳴った。
 咄嗟に腹を押さえるが鳴った音は止まらず、五対の眼差しが俺へ向けられる。
「そういえば、お腹空きましたね」
「食べるもんなあんも持ってこなかったもんな」
 物吉と太鼓鐘が顔を見合わせて腹を擦る。俺ばかりが卑しく飢えているかと思えば、他の部隊員も空腹を覚えているらしい。そんな事実にまた俺は安堵しながら転送装置の起動を待つ。
 帰ったらすぐに食事にありつきたいものだが、すぐに食べられるものはあるだろうか? 食材は何かしらあるが、調理しないといけないとなると面倒である。
 夕餉の残りがあれば良いが、あまり期待はできない。そんなことを考えていると、周囲が仄かに光ってこんのすけが現れた。
『――お待たせいたしました。間もなく転送を開始します。忘れ物はございませんか』
「すべての確認は終えている」
『では第二部隊、転送します』
 視界が歪み、足が地から離れたような浮遊感を覚える。かと思えば、すぐに足の裏がどこかに落ち着いて、周囲は見慣れた本丸内になっていた。
「本丸に到着しました。任務お疲れ様でした」
「こんのすけも夜遅くまでお疲れ様」
「労りのお言葉ありがとうございます。帰城の知らせを受けて、食事を用意している最中だと博多藤四郎から報告がありました」
 博多だと? 料理番でもない彼の名が出たことに、俺を含む全員が不思議そうに顔を見合わせる。だが、自分たちが知らないだけで彼も料理をするのかもしれないと考えたのか、誰も疑問を口にすることはない。
「少し時間を要するので、先に湯浴みを済ませていただきたいそうです」
「了解した。上がったら食堂へ向かえば良いだろうか」
「はい、宜しくお願いします」
 こんのすけに見送られた俺を含めた六振りはまるで烏の行水の如く早々に湯浴みを済ませて食堂へ向かう。
「博多って何作るんだろうな」
「博多といえば明太子……は料理じゃなく加工品だし、そう都合良くあるものではないし何だろうね」
 博多と縁ある筑前国は食物に恵まれていたのもあり美味いものは期待できそうだが、彼が料理をする姿は想像できない。俺も、きっと他の部隊員も作ってもらう手前、博多から何を出されても文句を言うつもりはないだろう。だが、それとは別に気になるというものだ。
 口々に予想を立てながら食卓へ入ると、そこには飯櫃を食卓に置く博多がいた。
「おかえりんしゃい、遅か時間までお疲れ様! 今おかずさんも持ってくるけん、お椀と箸ば出しててほしか」
「はあい」
 食器を用意する傍ら、部隊員の一員である愛染が飯櫃の中を覗く。そこには六振りが食べるには十分な米飯があり、愛染は「よしっ」と小さく拳を固めた。料理番が俺たちの分を寄せていてくれていたのか、米飯があるなら食うに困る事態にはならないだろう。そうなると副食が気になるところだが、果たして博多は何を出してくれるのか。
 米飯を椀に盛って席につくと、大きな盆を持った博多が厨から出てくる。
「功労者には特別ご飯、長茄子の初物たい」
 目の前に置かれたのは焼き茄子で、その横には時雨煮が並ぶ。別々に食べても美味しいが、組み合わせて食べたら絶品間違いない二品に誰かが声を上げた。わかる、夕餉後に帰ってきてこれを出されたら感動しない方がおかしい。
「博多、これってもしかして仙台長茄子か?」
「そうそう。さっすが太鼓鐘、よう分かったね」
「そりゃあ勿論さ。いっただきまーす」
 仙台長茄子とは名称からして伊達に縁がある茄子なのだろうか。食に関心が薄いわけではないが、こういった地域特有のものはあまりわからない。もしかしたら縁があるどころか深い関わりがあるのかもしれない。
「いただきます」
 手を合わせて一言、早速焼き茄子に箸を入れてゆく。嫁に食わせたくないほど秋茄子は柔らくて美味しいと言われるが夏茄子はどうなのだろう。茄子はこれまで何度となく食べてきたが、未だに違いがわからない。
 箸が差し込まれた焼き茄子は容易く皮まで切り分けられ、今にも溶けてしまいそうに柔らかく形を歪めた。その上に時雨煮を置いて口へ放り込むと、甘辛い牛と野趣的な茄子の味を覚えて、それを追いかけるよう米飯を一口頬張る。
「はふ、」
 焼き茄子は存外に熱く、口内に空気を送り込みながらそれを味わう。
「うまあ!」
「これは美味しいね」
 口々に出る称賛の言葉に頷く。これは茄子嫌いでなければ旨いものだ。焼き茄子も、時雨煮もそこまで手の掛かるものではない筈なのだが、こういう美味しさとは時間を掛ければ良いものとは限らないのか。
 用意してくれた博多に感謝しながら食べていると厨の奥から博多とはまるで違う男士が平皿を手に現れる。
「食っているところ邪魔するぜ」
 仄かに酒の匂いを纏わせて現れたのはどこからどう見ても日本号その槍であり、思わず咀嚼途中の米飯を飲み込んでしまう。
 何故こいつがこんなところにいるんだ。一瞬そう思ったがここは誰もが利用する食堂であり、厨だって開放されている場所だ。奴がここに用があって訪れたとしてもおかしなことはない。それこそ皿を持つ辺り、酒のつまみを用意していた可能性だってある。
「日本号さんはこれから晩酌ですか?」
「まあな。お前さんがた、茄子と時雨煮だけじゃあ腹が膨れないだろう。足しにするには物足りないかもしれねえが、土佐醤油で漬けた胡瓜でもどうだ」
 手に持っていた平皿が食卓に置かれ、そこには濃口醤油と鰹節を和えた胡瓜が盛られていた。いかにも酒のつまみという品に、既に誰かの箸が伸びている。
「……貴様が食べるやつではないのか」
「俺が食う分は別に寄せている。なんだ、遠慮しているのか?」
 にやりと笑みを見せる日本号になんだか小馬鹿にされたようで睨んでやると、奴は喉の奥で笑った。何がおかしい? 俺は遠慮などしていない、当然の疑問を言ったまでだ。
「そんなことはない」
「まあ、そうだよな」
 相変わらず笑顔のままの日本号を直視していると落ち着かなくなってくる。何がそんなに笑えるのやら、俺が食事をしている姿がそんなに珍しいか。
 気にせず食事を再開しよう。今度は時雨煮を米飯の上に乗せて一口、肉と米飯の組み合わせはどうしてこうも合うのだろう。
 油断すると顔が弛みそうになるのを堪えながら味わっている最中にも、平皿に乗る胡瓜が徐々に少なくなってくる。
「長谷部、胡瓜も美味しいから食べなって」
「今のを食べたらな」
 正しくは、日本号がここから離れたらな。あいつが見ているところで食べるのは気が引ける。これで旨かったら気まずさが募るばかりだから。
 だから早くつまみを持って離れてくれ。そんな思いで再び日本号を睨みつけたが、奴は相変わらず上機嫌で笑うばかりで、俺はどうすれば良いかわからず咀嚼を繰り返すのだった。

 食事を終えて部隊解散すると、俺は歯磨きのためそのまま洗面所へ向かう。これから布団で寝転がりながらのんびりと日本号の配信のアーカイブを観る予定、寝る支度は済ませておくに限る。
 それにしても焼き茄子と時雨煮は旨かったなあ……あと、胡瓜の土佐醤油漬だったか、悔しいながらあれも悪くはなかった。料理をする男士となると料理番の面々が浮かぶが、博多と日本号も料理をするのか。日本号に関してはそれこそ、他本丸の彼が配信でつまみを作っているだけに、元より料理をする質なのかもしれない。
 歯磨き粉の香料が口内に広がる中でも、先程食べた品々を思い返してしまう。これまでだって旨いものを食べてきた筈なのに、空腹に勝る調味料なしといったところなのか。
 もう、あの味は口にできないだろうな。あのニ振りならば頼めば気軽に作ってくれるだろう。だが、俺の心情がそれを許してくれない。
 寝る支度をして布団に収まると、俺はアーカイブ視聴を始める。今日は主の要望により焼き菓子を作ると予告していたな。酒に合うと言っていたし、以前作ったような塩味あるクッキーのようなものだろうか。うちの本丸で焼き菓子を作る男士がいるがそのどれも甘いもの、とても想像がつかない……いや、以前主が見ていたアニメーションで鰊のパイなるものがあった。パイならあるかもしれない。
『よお、始まったぜ日本号のちょい呑み配信』
『こんにちは、撮影の博多藤四郎ばい! おいしゃん、今日は何作ると?』
『今日は「ケーク・サレ」というやつを作る。日本語だと「塩のケーキ」、どんなもんかわかりやすいだろう?』
 パイではなくケーキとは。ケーキといえばクリームや果物をふんだんに使った、甘味といえばこれというお手本のようなもの。それが塩味とは味の想像ができない。
『ケーキというと難しい気もするが、これはケーキ生地に副食になりそうな食物を混ぜて焼く簡単なもんだ。入れるもんは塩味に合うもんだったらなんでもいい』
 画面に出されたのは人参、胡瓜、玉葱に小ぶりの茄子、オリーブの実にチーズ。そして昨日配信で作っていたソーセージだった。
『この茄子、仙台長茄子なん?』
『応よ。食材買いに青果店へ行ったら売っていたんだ。痛みやすいのもあって漬物で有名な茄子だが、皮が柔らかくて新鮮なもんなら焼いて食っても旨い』
 仙台長茄子とは先程食べた茄子と同じものだな。初物と説明していたし、季節のものなのだろうか。
『それにしても仙台長茄子なんてよく知っていたな。俺なんか燭台切に教えてもらって知ったもんだぞ。』
『そりゃあ仙台長茄子の原種は博多の長茄子やからね。仙台長茄子もよかけど、博多茄子もアクがなくて旨かもんだからオススメたい』
『博多だと夏と秋なら、秋の方が旨いかね』
 そんな話をしながら日本号は野菜を細切りにしていく。それを手早く纏めると鍋へと投入していく。
『そのまま生地に入れると生焼けになることがあるからな。少し水を加えて蒸し焼きにする』
 鍋の蓋を閉めると、端からボウルと木箆を引っ張ってくる。
『小麦粉と膨らし粉に油、卵に牛乳を混ぜて生地を作る』
 ボウルにどばどばと大量の油が入ると、博多が小さな声を上げた。
『油、そんな要るん?』
『焼き菓子でこれくらいなら少ないもんだ』
『うへぇ』
 かしゃかしゃと音を立てて混ぜられる生地は徐々にとろりとした液状になってゆく。
『材料と生地を混ぜたら型に流し込んだら、オーブンで三十分焼く』
 オーブンの用意をする日本号にコメントがざわつく。これまでの時間は五分少しと短いものだが、これから三十分待たせるのか?
『流石に三十分場繋ぎば厳しいので……差し替えるけん』
 いつかのクッキーと同様に、用意した生地が寄せられて具がたくさん入った麺麭のようなようなものが出される。
『前の配信で差し替えたものはどうしとるか意見あったけど、この後ちゃあんと食べとるから心配せんとってね』
『前回のクッキーは粟田口に分けたが、今回はどうするかね』
『今日のも欲しか!』
『じゃあ包んでおくから持っていけよ』
『おいしゃんありがと!』
 画面に映らないというのに、博多が満面の笑みを浮かべているのがわかって首の辺りが熱くなってくる。そして布団の中がやけに暑く感じられて掛布団を蹴っては、ごろごろと寝返りを打った。仲が良いとはわかっていたが、改めてそれを見せつけられるとは不意打ちを食らった気分だ。
 そうか、日本号の作るものは飲み仲間以外にも振る舞われることがあるのか。そしてそれはきっと、博多のように日本号と仲の良い者に限られるのだろう。
「……」
 その中に、へし切長谷部はいるのだろうか。
 博多藤四郎、日本号と揃っていて、へし切長谷部がいない本丸は稀だろう。そこの主の方針によっては顕現されていない場合もあるかもしれないが、彼らの話を聞く限りではごく普通の本丸なのでその可能性は低い。多分だが、話題に出ないだけで彼らの本丸にもへし切長谷部はいるだろう。
 話に出ないだけで、仲が良かったら……どうなのだろうか。画面の向こうのニ振りと他愛ない話をするへし切長谷部、だがそれは自分であって俺ではないのだ。
 同じ本丸にいる者同士。仲が良好であれば良いとは思うのに、それを想像すると胃の上の辺りに不快感を覚えてくる。

 これはきっと食べすぎて腹を悪くしたのかもしれない。我ながらそんな間抜けなことを考えながら、蹴り飛ばした掛け布団を引き寄せてそれに包まるのだった。


   ◆◆◆


 いつもと変わりない平日だというのに、今日はどことなく本丸内が騒がしい気がする。そう感じたのは馬当番に一区切りつけて食堂へ訪れた時だった。昼は何を食べられるのかと厨を覗くと、そこには普段より大勢の刀剣男士が集まっていた。
 昼は大半の男士が任務で不在なのもあり、朝夕に比べ少なくなるのだが何かあったのか?それとなく伺っていると、料理番のひと振りである歌仙が声をかけてきた。
「昼食を取りにきたんだろう? 僕の方で用意しているよ」
「ああ。ところで歌仙、いつもより厨が賑わっているようだが今日は何か催しがあるのか?」
 思ったままのことを訊ねれば、歌仙はすぐに思い当たったように「ああ」と声を上げる。
「今日は土用の丑の日でね。昼餉を用意している傍ら夕に食べる鰻を捌いているんだよ」
「成程」
 梅雨も間もなく明ける予感を覚えるこの頃、暑い日もあると思っていたがそんな時期だったのか。
 本丸に居る男士の数を考えると、昼頃から下拵えを始めないと間に合わないに違いない。鰻の捌き方は知らないが、到底簡単なものではないのはわかる。少なくとも野菜をぶつ切りにしていくのとは訳が違う筈だ。
「そういうことで、昼も土用の丑の日仕様だよ」
 どうぞ。と渡されたのは赤と緑の具材が見栄え良く盛られた饂飩だった。
「これは、梅干しと胡瓜か」
「土用の丑の日といえば鰻が真っ先に挙げられるけど、本来は鰻に限らず「う」のつく食物を食べてこれから迎える夏の暑さに備えようというものだからね。梅干しと瓜、饂飩の今日ならではの一品だよ」
 鰻ばかりでは味気がないからね。言いながら歌仙が胸を張るので、奴が考えた品なのだろう。確かに塩分補給になる梅干しに、体の熱を下げる効果があると言われる胡瓜、軽い食べ応えの割に腹持ちの良い饂飩、と考えると夏を迎えるに相応しい組み合わせと思える。考えると納得できるが、いざ自分が献立を考えるとなると出てこない組み合わせだ。流石は料理番のひと振りといったところなのだろう。
 素直に感心しつつ饂飩を受け取り、食堂の席へ移動する。厨は賑やかだったが食堂自体は空いており、数振りが食事を摂っているのを横目に少し離れた席について饂飩を口にする。梅干しと胡瓜という組み合わせはすっきりとしており、つるりとした饂飩も相俟ってとても食べやすい。
 夜は鰻というから、食べ口が軽いくらいで丁度良い。黙々と饂飩を啜っていると視界の端に誰かが来たのが見え、隣の空いている席に座ったようだ。
 席は結構な数空いているのにどうして俺の隣に来たんだと思っていると、隣の奴は俺の肩を叩く。
「お疲れ様です長谷部さん」
 肩を叩かれると同時に呼びかけられた声に振り向けば、そこには鯰尾がいた。奴は俺と目が合うと、鼻先間近に何かを突き出す。
 途端に醤油が焦げたような香ばしい匂いがして、返答のため開きかけた口が閉じる。そうして少し顔を離して匂いのもとを探れば、鼻先に出されたものは蒲焼きであることに気付く。
 十中八九、香ばしい匂いはこの蒲焼きだろうが、何故鯰尾は俺へ蒲焼きなど突き出してきたのか。
 そんな慰問は顔に出ていたのか、鯰尾はどこか気まずそうに笑った。
「すみません急に。今日は土用の丑の日ということで鰻の代用品で蒲焼きを作っていて、食堂にいるみんなに味見してもらっているところなんです」
「何かと思えば味見か。差し出すなら差し出すで、説明してからじゃないとわからないぞ」
「へへ。結構好評で、これなら長谷部さんも喜ぶかなあと思ったら先に手が出ちゃいました」
 鯰尾の説明に、少し離れたところで食事をしていた面々をちらりと窺う。すると皆は揃って美味そうに蒲焼きを口にしているところで、何も悪意があっての行動ではないのだと息を吐く。
「それにしても夕餉に鰻が出るというのに、わざわざ代用品で蒲焼きを作ったのか」
「長谷部さんの言うように鰻が出るんですけど、ひつまぶしとして出されるんですよね」
「あまり好きではないのか」
「大好きですよ。ひつまぶしにはまったく文句はないんですけど、それとは別に蒲焼きは蒲焼きでがぶりといきたいなあということで同志を集めて蒲焼きを作りました」
 同志とはまた大層な連中がいたものだ。鰻を美味しく食べられるのであればひつまぶしでも良いではないかと思うのだが、鯰尾始めとした「同志」は別口らしい。
「まあ、貰えるものは遠慮なく貰おう。ただ、味の感想は期待するな。美味いか不味いかくらいしか言えないぞ」
「それで十分です。むしろ美味い不味いの二択の方がわかりやすくて良いと思います」
 美味いものは美味い。不味いものは不味い。確かにわかりやすく、俺が作り手だったらあれこれと言葉を連ねた感想をもらうより良いかもしれない。
 そんなことを考えていると歌仙と光忠の顔が自然と浮かぶ。料理番の中でも凝り性である二振り、特に歌仙はあまり良い顔はしないかもしれないと思いながら鯰尾から蒲焼きを受け取って食べ始める。
 見た目はまったく違和感がない蒲焼きは鰻より身が崩れやすかったが、それ以外は鰻とほぼ同じ味わいで確かめるようにすぐに二口目を食べる。代用品というのでもどき料理のようなものを想像していた。だが、これは予め言われないと鰻ではないと気付かないのではないか。
「美味いな」
「でしょう? 下処理が結構大変でしたが、頑張ってやった甲斐がありました。じゃあ俺は他の男士達にも配ってくるんで失礼しますね」
 軽やかに去っていく鯰尾を尻目に俺はまた一口蒲焼きを食べる。下処理をする代用品というからには鰻と同じく魚なのだろう。しかしながら白身で鰻と味わいが似ている魚はまったく思いつかない。
 ……まあいい。いくら鯰尾であろうと食べて問題ないものを代用しているだろうし、美味いのであればそれで良いではないか。そう思いながら最後の一口を食べては、満足感に唸ってしまった。

 
 馬当番の仕事を終えて汗を流した俺は、厨の横を通って自室へと向かう。厨近くからは既に香ばしい匂いが漂っており、間もなく食べられるひつまぶしへの期待が高まる。鯰尾のいう通り蒲焼きのみで食べるのも魅力ではあるが、色んな具が入ったひつまぶしも俺としては同じく好ましいものだ。それに、今日のように特別な日には普段以上に凝った料理を提供してくれるのがうちの料理番だ。
 ひつまぶしの他に何が出るだろう。そんな楽しい予想をしながら自室へ入ると、文机の上に置いていたタブレット端末がチカチカと光を点滅させていた。これは日本号の配信を知らせるものだが、今回はまた早い時間帯にやっているな。もしかしたら夕餉に合わせてつまみでも作るのだろうか。動画配信アプリをタップして、間もなく動画プレイヤーが表示される。そうして配信画面が出てくると、既に料理が始まっていところであった。
 今回は魚料理なのか、フライパンで白身を焼いているところだ。だが、それだけでは何を作っているのかわからず、緩やかに流れる視聴者のコメントを眺める……土用の丑の日の話題がよく見られるので、今日にちなんだ料理のようだ。それなら鰻を焼いているのだろうか。
 ただ、そう判断するには些か情報が足りないように思えて「鰻の白焼きを作っているのか」とコメントを打ち込む。するとすぐに複数のコメントが反応して、これは鰻ではなく鯰で、鰻の代わりとして鯰を使用して蒲焼きを作っているのだと教えてくれた。
 鯰とは、あの鯰か。鯰尾の顔が一瞬浮かび、そして時折川で見掛ける魚の鯰を思い出す。魚であることは当たっていたが、まさか鯰とは予想していなかった。
 そもそも鯰が食用魚である認識がない。とても珍妙な顔をした魚であるのを知っているが、あいつ食べられるのか。
 その認識は俺だけではないのか、コメントの中にちらほらと鯰の味を質問する内容が入り混じる。
『鯰ば食べたことなか人多かみたいなあ。下拵えん良し悪しにも左右さるばってん味はあまり癖んなかば美味い白身ばい』
 コメントのやり取りを見ていたのか、撮影者の博多がすかさず答えてくれる。
 すると見た目は兎も角、比較的食べやすい川魚といったところのようだ。
『今使っている鯰は養殖ものだから問題ないが、天然ものは一週間程泥抜きをしないと食べるのを躊躇する程泥臭いからなあ。それに泥抜きの必要のない養殖ものでも、表面のぬめりをしっかり取らないとそれなりに臭い。俺も今日にちなんで鰻の代わりのもので蒲焼き作ろうと提案されなかったら、鯰なんて食おうなんて思わなかったぞ』
『そういやあ皆して流しでぬめり取りばしとったね。鰻でもやる下拵えばってん、大変そうだったばい』
『ああ。美味く食べるのに必要な処理だが、面倒なのもあって昔から鯰を食している地域じゃなけりゃああまり食べないだろうな』
 言いながら日本号は焼いている鯰をひっくり返す。程良く焼かれた鯰からは脂が溶け出したのか、じゅう、とフライパンから大きな音が出る。
『白身側からじっくり焼いたので、皮側は三、四分くらいでも良い。くれぐれも焦がさないように』
『コメントから質問ばい。蒸し焼きにせんのはやはり西ん焼き方に拘っとるんと?だって』
『そういえば鰻だと東西で焼き方の違いがあったな。俺は西の日本号なんて呼ばれているが、今回蒸し焼きにしなかったのは単純に好みの問題だ』
 鰻調理の知識はまったくないが、どうやら東西で焼き方の違いがあるらしい。やり取りで察するに、東では蒸し焼きにするようだ。
『ふわふわと柔らかい食感になる蒸し焼きも良いが、そのまま焼くと表面が香ばしく仕上がる。酒のあてにするならこちらが良いと思っての選択だ』
『すると、柔らこうしたか蒸し焼きが良かと?』
『そうだな。どちらも美味いから蒸し焼きの方が良いと思うならそちらでも良いだろう……さて、程良く鯰が焼けたようだし、先程用意したたれを塗っていく。より鰻の蒲焼きっぽいもんを食いたいなら、市販で売っている鰻の蒲焼き用のたれを使うのが良い』
『おいしゃんがわざわざ市販のもん使え言うの珍しかね』
『市販のやつには旨味を出すためなのか鰻の成分が入っているものがあるんだ。今回、鯰で蒲焼き作ろうと提案した薬研が教えてくれてな』
『薬研兄そげんことば知っとると?意外ばい』
『兄弟でも意外という感想なのか。俺もまさか料理番でもない薬研からそんな情報もらうとは思ってなかったぜ』
 薬研か。奴とは織田で一緒だったが、食に関心が薄い印象があった。まあ、刀剣男士として受肉したのをきっかけに食への関心が出て、そこから得た知識なのかもしれない。
 たれを塗られて美味しそうに照る蒲焼きが皿に乗せられる。それは言われなければ鯰だとはわからない程に鰻の蒲焼きそのもので、夕餉前も相まって食欲がそそられる。
『これで完成だ。下拵えが結構手間なのを除けば焼いてたれをつけて食べる簡単なものなので、鯰を食べる機会があれば試してほしい』
『というわけで今日は夕食もあるけん失礼するばい。ご視聴ありがとうございました!』
 蒲焼きの横で振られる日本号の手に応えかけそうになる気持ちを抑えつつ動画プレイヤーを閉じる。
 途中からだったのもあり配信を観ていた時間はあまり長くなかったものの、満足感に大きく深呼吸しているとタブレット端末の時刻が目に入る。
「……、…おっと」
 間もなく夕餉の時間だ。遅れて咎められることはないが今日は鰻が出る特別な日、少し早めに食堂へ行かなければ混雑にぶつかる可能性がある。配信で食欲を刺激された俺の足取りは早く、端末もそのままに自室を飛び出す。すると両手に大皿を持った日本号と鉢合わせしてしまった。
 突然の日本号の登場に前のめり気味だった体はのけ反り、体勢を崩しそうになるのを堪える。
「そんなに急いでどうした、こんな夕刻にゃあ主命もないだろう」
「別に、急いではいない。そろそろ夕餉の時間なので食堂へ向かおうとしていたところだ」
 察しの通り主命ではないのだが、食堂の混雑を避けたくて急いでいたと日本号に知られるのはどことなく気まずく、下手なりに誤魔化す。幸いなことに日本号が追求することはなく、代わりに「そうだ」と一言、大皿を差し出してくる。
「食堂に行くならこれ持っていってくれないか」
 俺の視線近くまで下された大皿には沢山の蒲焼きが乗っており、思わずそれと日本号の顔を交互に見つめる。
 いくら今日が土用の丑の日とはいえ、配信の日本号だけでなくうちの日本号も蒲焼きを持っているとは、言い様のない心地にそわそわしてくる。
「……なんだこれは」
「なんだって見た通り蒲焼きだぞ。鯰尾からお前さんにも味見してもらったと聞いたが、昼に食べなかったか?」
 不思議そうに首を捻る日本号に、すぐに昼餉の最中に食べた代用品で作ったという蒲焼きを思い出す。
 なんだ、鯰尾がくれたあの蒲焼きか。好評だというから夕餉に合わせて追加で焼いたのだろうか。配信とは別の心当たりに気付いたせいか、納得と共に落ち着きを覚える。
「そうか、あの蒲焼きか」
「? まあ、まだ食堂へ持っていく分があってな。行くならついでに持っていってくれると助かる」
「それくらいならば引き受けよう」
 大皿を受け取ると香ばしい蒲焼きの匂いが強まり、日本号の登場で薄まりかけた食欲が復活する。料理番のひつまぶしでも満足とはいえ、それとは別に昼に食べた美味い蒲焼きがあるのは嬉しいものだ。
 ついつい口角が上がるのを堪えていると、日本号が「なあ」と声をかけてくる。返答する代わりに見上げると、一瞬だけ奴は目線を他所に向けた後、どことなく伺うような様子で俺を見つめた。
 ただならぬ雰囲気に、先程とは別の意味で口角に力が入る。
「昼間食べた蒲焼き、味はどうだった?」
 一体何が起こるんだと身構えていたところに、日本号の質問に脱力しそうになる。改まって何かと思えばそんなことか。
 日本号が蒲焼きを運んでいるということは、鯰尾が昼間話していた「同志」のひと振りなのだろう。同志としては評価が気になるといったところか。
「味はどうかと言われても具体的には答えられないが……まあ、鰻の代用品という割には悪くなかった気がする」
 鯰尾の時と同様に美味いと簡潔に答えれば良いところ、口は変に誤魔化すようなことを言ってしまう。日本号から明言されていないが、奴が蒲焼き作りに少なからず関わっていることを察してしまったせいか、面と向かって「美味い」と言い難い。
 我ながら捻くれ者だと、日本号の反応を待たず食堂へ向かう。別に反応を見たくないからではないし、奴に捻くれた返答をすることは今に始まったことではないので気にしていない。別に。大皿に乗る蒲焼きが冷めるから食堂へ持っていこうと考えただけだ。
 それだけだ。そう思いながら、思い続けながら、俺は食堂へと向かうのだった。
2023.04.16 19:40


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