保護

裏の裏(新刊サンプル)

こちらは12月1日新潟で開催されるガタケット179で配布予定のにほへし新刊の全文サンプルとなります。
公開は11月30日までとなりますので、よろしくお願いします。


 鳥の囀りに目を覚ますと、俺の隣に大きな塊があった。それは丸まって寝ている日本号で、どうしてこいつがここにいるんだと疑問を抱くと同時に尻に違和感を覚えた。
「……」
 布団を捲って自身と日本号が全裸であることを確認しては、昨晩のことを振り返る。だが、日本号と一緒に本丸から少し歩いたところにある居酒屋で飲んでほろ酔いになったまでの記憶しかない。
 日本号を自室へ連れ込んでこういう状況になったことは今回が初めてではなかった。俺はまったく覚えていないので日本号から聞いた限りの話になるが、どうやら俺は酔っ払うと人肌が恋しくなるのだという。奴からそんなことを聞いた時は質の悪い冗談だと思ったが、記憶がなくなるくらい酔った日にはほぼ確実に日本号と同衾して朝を迎えるので嘘ではないのだろう。
 今でも動揺するが、初めての時はそれはもうこれ以上ないくらい驚いたものだった。そのような記憶がないのに性行為の痕跡がこれでもかという程残っていたのだ、驚くなというのが無理な話である。
 しかしそういう性行為をしている記憶がないせいか、俺はうっかり酔っ払っては同じ過ちを繰り返している。いくら伴侶がいないにしてもどうなのだろう。そしてそんな俺に応じる日本号も日本号だ……いや、俺が自制すればいいのはわかっている。
「やるか、禁酒」
 酒は嗜む程度には好きだが、飲まなきゃやってられないというわけでもない。それに酒に呑まれてやらかすことを考えれば必要なことである。


「昨晩のことは忘れてくれ。俺もお前も酔った勢いだったんだ」
 そう長谷部から言われた日本号は、起きて間もないというのに部屋から追い出された。都合よく忘れられるか、なんて言葉が喉まで出かかったが、それを飲み込んで自室へと戻ることにする。
 こんなことを言われたのは初めてではなかった。
 へし切長谷部は酩酊すると同衾を迫る厄介者だった。日本号といえば初めて言い寄られた時はお互い決まった伴侶がいないようだし、溜まるものもあるかと呑気に応じたものだったが、翌朝血の気の引いた真っ白な顔で狼狽えている長谷部を見て、判断を誤ったと後悔したものだった。
 でもなあ、酔って言い寄ってきた長谷部が慣れたように口吸いを求めたり、衣服の上から愛撫してきたらこれは応えても良いんじゃねえかって思うだろうし、そこまでしてきて翌朝狼狽えるなんて考えもしないだろう。日本号はそう思ってならないが、らしくなく狼狽える長谷部を見てしまった手前、反論しようという考えは彼の中でなくなってしまった。
 そのせいかはわからないが、長谷部は酒に酔う度に同じ事を繰り返した。
「日本号、いいだろう?」
「やめろって長谷部、飲むのはやめて解散だ」
「つれないことを言うな……今夜は何もしてくれないのか?」
 腕に寄り添うと酔いに潤む眼差しが見上げてくる。これで翌朝には後悔の言葉と共に容赦なく部屋から追い出すのだからとんでもない。しかし、とんでもないと何度も長谷部とこのようなやり取りをする度に思いつつ、それはそれ、と今夜も応じてしまう日本号も大概なのだが。
 そうしてがっつり性行為をした翌朝、すっかり素面となった長谷部は恒例とばかりに後悔の念を連ねる。
「昨日の俺はどうかしていたんだ」
「どうかしていた割には良さそうだったぜ」
「わ、わすれろ!」
 先日より長谷部は禁酒を始めていたことを風の噂で日本号は知っていたのだが、そのタイミングで福岡の名物を取り扱った飲食店へ誘ったのが良くなかった。日本号としては馴染みの味を楽しもうと完全なる善意で誘ったのだが、郷土料理と共に提供されていた地酒の誘惑に長谷部が負けてしまったのだ。
 決して長谷部は意志が弱い質ではないのだが、酒を前にすると容易く屈してしまう。酒に関わる逸話を持つなら兎に角、長谷部はそのようなこともないのに何故なのかと疑問を持ったこともあったが、酔って迫ってくる長谷部は日本号にとってとても魅力的なためにそれを追究することはなかった。
「せめて寝起き早々に追い出すのはやめてほしいとこだがね」
「む……」
 誘う自分が良くないとわかっている手前、行為を繰り返す度に長谷部の態度は少しずつ軟化してきた。
 退室する前にゆっくり着衣して髪を整える時間を設けてくれるようになり、日本号は鏡を借りて髪を結い上げる。
「そういえばお前さん、日光とか宗三あたりとは飲みに行かないのか」
 長谷部の交流関係はそこまで広くはない。それでも織田や黒田の面々とは飯を食いに行くくらいの仲だろう。それならば自分の時のように出先で飲んで迫ることがあるかもしれない。
「まさか。宗三は出先では絶対飲まないから酒飲む場所は行かない。……日光は飲む飲まない以前に出先であまり関わりたくなくてな、行ったとしても大所帯でレストラン辺りしか行かない」
 長谷部の返答に、髪を纏めかけていた日本号の手が止まる。指の間からするりと髪が落ちるのと共に、日本号の胸の奥に何かが落ちていった。
「すると、俺とだけなのか」
「何がだ?」
「酒の勢いでセックスするの」
「せっ!……当然だろ!」
 鏡に映る日本号の後ろで長谷部が跳び上がらんばかりに動揺している。その様子に日本号は髪の毛を纏めるのをそっちのけで笑いを堪えていた。



 たまには親睦を深めよう。と日光一文字が黒田家縁の刀剣男士達に集合をかけた。唐突な提案に戸惑いながらも声を掛けられた者たちは全員揃い、日光を中心に話を進めていく。その中で皆で外食しようと提案したのは意外にも節制に厳しい博多藤四郎で、タブレットを片手に日光へおすすめの店をプレゼンしている。
 短刀の博多が選ぶ店となれば居酒屋の可能性は低いだろうか。そうであれば禁酒をしている身としては助かると長谷部が伺っていると、日光が興味深そうにタブレットを覗き込み始めた。
「ホテルのスイーツ食べ放題か」
「こん食べ放題の良かとこは、ビュッフェ形式な上にスイーツだけじゃなくしょっぱいもんもたっくさんあることばい」
「ほう。それなら俺みたいに甘味をあまり食べない奴でも楽しめそうだな」
 顎鬚を撫でながら日本号が日光と共にタブレットを覗き込む。確かに日本号が甘いものを食べる場面はあまり見たことがない。
 これは博多が提案したスイーツ食べ放題で決まりそうだな。そう考えている内に博多は素早くホテルへ七振り分の予約を取り付けていた。


 平日の午後五時。御八つというには遅く、夕餉というには少しばかり早い時間帯、黒田所縁の七振りはホテルへ訪れていた。
「ビュッフェとはどのようなものなのですか」
「大きなテーブルに色んな料理が置かれていて、そこから食べたい料理を各自で取り分けるものだな」
 興味深そうに目を細める五月雨江に、厚藤四郎がこれから始まるビュッフェについての説明をしている。長谷部はそんなやり取りを一瞥すると天井を見上げた。天井は非常に高く、豪奢という表現が相応しいシャンデリアがきらきらと輝いている。その眩さに視線を落としては、シャンデリアに劣らない装飾品の数々に先程とは違う意味で目が眩むようだった。
 博多が選んだ店だから手頃な価格帯の食べ放題かと思っていたのだが、会場となっているホテルはいかにも高価そうな雰囲気がある。確かひとり三千円だった筈だが、それで間に合うのだろうか。
「現代遠征でも滅多に来ることがないタイプのホテルだな」
 長谷部の隣で同じように周囲を見渡す日本号に、長谷部は素直に頷く。現代遠征で宿泊することはあるが、今いるホテルと同等のグレードのホテルとなると主が同行している時しか利用したことがない。博多のことだから金銭の類いに関することはしっかり確認しているに違いないが、少しばかり不安を覚えてしまう。
 だが、目的のビュッフェへ到着すると大きく「スイーツ食べ放題時間無制限三千円」と書かれた看板が掲げられているのを見つけて、日本号と長谷部は一瞬だけ視線を合わせては小さく息を吐いた。
 七人前の食べ放題を頼んだ後、ドリンクメニューから紅茶を頼む。
「へし切、酒は要らないのか」
 葡萄酒を頼みながら日光が尋ねる。ここは食べ放題のメニューも豊富だが、飲み物も結構な種類があり、酒類も一通り揃っている。普段ならばとりあえずビールなんて常套句を出すところだが、今の長谷部は禁酒中のため「要らない」と答える。
「お前さん、まだ禁酒続けているのか」
 日本号の一言に皆が顔を見合わせては長谷部の方へ一斉に視線を移す。まさか禁酒中であることでこんなにも注目されると想定していなかった長谷部は、何か問題でもあるのかとばかりにこほん、とひとつ咳払いをする。折角の親睦の場ではあるが、こういう場だからこそ自制しなければならない事情が長谷部にはあるため、今日は何が何でも禁酒するつもりだ。
 そんな短いやり取りをしている内に飲み物が運ばれてきたため、話は中断して日光による乾杯の音頭と共にグラスが掲げられる。外見が子供である短刀三振りはソフトドリンクだが、日光・日本号、五月雨江の三振りは種類が違うものの皆酒類を頼んでいる。その光景に禁酒の話題を出されたばかりの長谷部は、酒を飲みたい欲にごくりと唾を飲み込んだ。
 しかしここであっさり欲望に負けてはならない。酔って日本号を部屋に連れ込んだのはつい先日の出来事なのだから。
 ビュッフェのメニューは博多から説明があった通りにケーキといった甘味だけでなく、グラタンや白身魚のパイといった塩味のあるものも数多くあった。これは酒がなくても食事だけで満足感が得られ、近くで誰かが酒を飲んでいたとしても然程気にはならないだろうと長谷部は得意になりながら食事を取りに行く。
「いくらスイーツ食べ放題だからといって、初めからそんなにケーキ食べるのかよ」
「折角来たんやけん、売りにしとうもんば食べな勿体無かやろ」
「それはそうだけど時間無制限なんだからちょっとずつ食べたらいいのに」
 厚と博多のやり取りを見ていた小夜が自身が持っていた皿を見つめてぽっと頬を赤らめる。皿には小夜のような小柄な者では満腹になりそうな程のチョコレートケーキがたくさん乗っていた。
「食い切れねえ時は誰かが食べてくれるし、俺だって二切れくらいなら余裕だ。とりあえず食事を楽しもうぜ」
「ありがとう、日本号」
 小夜にフォローを入れた日本号の目の前には、いかにも酒のつまみになりそうな塩気の多そうなものばかり乗せられた皿がある。これは本格的に飲むつもりとわかる品々に長谷部は僅かに禁酒の気持ちが揺らいだが、持ってきたストロベリーケーキを一口食べると、そんな気持ちは一瞬にしてなくなった。
 そうして会話を交わしつつ各々好きなものを楽しんでいるところ、何杯目かわからない葡萄酒を口にした日光が博多へ尋ねる。
「最近は大阪城の地下探索で忙しくしているが進捗はどうなんだ」
「二日前に最深部へ到着して周回しているばい」
「もう五十階に到達したのか。今回は先鋭達を揃えた部隊と聞いたが、流石に早いな」
「いんや、九十九階ばい。今年に入って出陣先での出費が多いけん、稼げる時に稼がんと!」
「大阪城地下へ入ってからまだ四日目ではなかったか?無茶な戦い方をしているのではないか」
「そこは主人の采配で丙子しゃんが部隊にいるけん、脅威になる槍を足止めしてくれて普段より楽なくらいばい」
「丙子椒林剣の能力は聞いていたが、そんなに違うものなのか」
「そうやけん――-…………」
 熱心に会話をしている二振りの隣、厚が携帯通信機を手に誰かと通話している。それは手短に済んだのか、ひとつふたつほど返答しては通信機をしまった。
「五虎退から連絡があったんだけどさ、ここから割と近い居酒屋で上杉の連中が集まるから合流しないかって誘いがあったんだ。二次会にどうかな」
「居酒屋か」
 ぱっと日本号が表情を明るくする。このビュッフェでも酒類があったが、飲酒を主体とする店は魅力的なのだろう。その上、同席するのは酒豪と名高い上杉の者達、酒飲みの日本号としては受けたい誘いに違いない。
 長谷部としても合流して二次会は賛成だ。連絡をくれたのが短刀の五虎退ということは集まるのが居酒屋だったとしても、ソフトドリンクも多めのファミリー向けの可能性が高く、酒の誘惑はあまりないと考える。問題があるとすれば山鳥毛と姫鶴一文字がいた場合に日光がどのような振る舞いをするかだが、あまりに度が過ぎるようなことがあれば何かしら理由をつけて退散するとしよう。
 誘いの連絡を受けた厚を筆頭に次々と二次会参加に賛同する者が出る中、小夜が申し訳なさそうに小さく挙手する。
「ごめん。僕は明日朝に遠征だから、二次会は……」
「そういえば小夜は遠征を控えているから、遅くとも二十一時の解散を希望していたな」
 言いながら日光が時間を確認するのを見て、皆も同じように近場で置かれている時計や手持ちの携帯機を確認する。時間としては丁度二十時を迎えた頃、今から移動したとしても顔合わせのみで終わるに違いない。久しく会っていない者ならそれでも良いのかもしれないが、待ち合わせ先にいるのは一つ屋根の下に暮らす者ばかり。時間がないところで無理に二次会参加する必要はないだろう。
「事情が事情だ、小夜は帰城した方が良い。上杉の者たちには俺から説明しておく」
「ありがとう日光」
 同じ本丸にいる刀剣男士、事情を話せば皆わかってくれるだろう。小夜は参加見送りとなり、時間も時間ということで会計することにする。各々財布を取り出して会計するところ、日本号が厚へ声をかける。
「誘ってくれたところ悪ぃんだが、俺もこれで帰ることにするわ」
「ええ?日本号も遠征だっけ」
「いんや。ここは本丸から離れているだろ。そんなところから小夜ひと振り帰ったら途中で補導されそうだから、俺も一緒に帰ろうと思ったんだ」
「それは、」
 厚は言葉を詰まらせた後、「そうかも」と続けた。実際の年齢は兎も角、小夜は見目だけは幼い子供だ。刀剣男士をよく知らない者にとっては保護対象に見えるに違いない。それは同じように子供の容姿を持つ厚も心当たりあるものだった。
「上杉の奴らとはまたどこかで飲めるだろし、お前さんたちだけでも楽しんできてくれ……あと、次の機会があればまた誘ってくれと伝えておいてくれると有難い」
「わかった!」
「日本号、本当にいいの?」
 申し訳なさそうに見上げてくる小夜の頭を日本号の大きな手ががしがしと撫でる。
「嫌だったら自分から言わねえよ。それに、ここでもたっぷり楽しんだんだからな」
 言葉に偽りがないとばかりに日本号が浮かべた笑顔は長谷部にとって眩しく、少しばかりの罪悪感を覚える。きっと二次会に参加したかった日本号が帰るというのに、禁酒中の自分が参加するのは如何なものなのか。そんな風に長谷部を責める者はいないだろうが、覚えてしまった罪悪感がちくちくと良心を突いてくる。
 流石にこんな気持ちを抱えて二次会に参加できないと判断した長谷部は、日本号に続く形で二次会参加を辞退することにしたのだった。


「ありがとう。日本号、長谷部」
「どういたしまして」
 帰城して自室へ戻っていく小夜を見送る。さて、こちらも自室へ戻ろうと長谷部が移動しようとすると、日本号の大きな手に腕を掴まれ阻まれる。そしてある方向へ引っ張られて、長谷部は思わず声を上げた。
「なんだ」
「元々は二次会に参加するつもりだったんだろう?それなら時間はあるよな。代わりに俺の部屋で二次会といかないか」
「……時間はあるが、酒は飲まないぞ」
「飲まないなら厨から茶でもジュースでも持ってくればいい。二次会だからって酒を飲まなくたっていいさ」
 言いながら腕を引く力が強くなるのを、長谷部は足を踏ん張って耐える。そんな様子に日本号はやれやれとばかりに溜息を吐く。
「二次会辞退したんだぞ、少しくらい付き合ってくれても良いじゃねえか」
「それは自主的にだろう?そんなに行きたかったら小夜との同行を俺に任せて参加すれば良かったではないか」
「それはそうだがね。でもよ、たまにはお前さんが俺の部屋に来てくれてもいいじゃねえか……いつもは俺がそっちの部屋に行くんだから」
 どういう言い分だ。と疑問を抱いたのは一瞬で、内容を理解した長谷部は酒を飲んだ時のように体が熱くなるのを感じた。きっと顔にも出ているというのに、日本号は笑うでもなく長谷部を見下ろしている。
「心当たりがないな」
「ふうん?」
 長谷部の返答に思うところがあるのか、少しだけ口角を上げた日本号は首を傾げる。
「酒が入っていない、素面のあんたを抱いてみたいと思ったんだが……やっぱ酒飲まないか?」
「だ、だ、だくって……それに俺は禁酒中だ!お前の部屋には行かないし飲むつもりもない!」
 ぐいぐいと腕を引っ張ってくる日本号に、負けじと長谷部が腕を振るう。だが、力では日本号が上のようで、腕は解放されることはない。
「忘れろって言っただろ!だから俺は貴様に抱かれるつもりはない!」
「まあ、俺も初めの頃は、あんたが言う通りに忘れたもんとして扱っていたさ」
 同衾した翌日、長谷部が忘れるように伝える度に日本号は同意していた。だからこそ長谷部は素面の時には何事もなく日本号と過ごすことができていたのだ。だが、こうなると話が変わってくる。
「同じ主の下で奮闘する同志と、酒の勢いとはいえあんなことをしたら気まずいにも程があるだろう!」
 なかったことにしてしまえば、何度日本号と共に朝を迎えようとも大丈夫だと思っていたし、実際のところ心情的には大丈夫であった。
 それなのにどうしてそんなことを言い出したんだと長谷部が日本号を睨みつけようと顔を上げると、顔が驚く程近くにあった。
「同志として気まずいなら、俺と恋仲になればいいじゃねえか。俺は好きでもない奴と何度も同衾する程軽率じゃあねえんだ」
 真っすぐに見つめられながら言われた内容に、長谷部は驚きに抵抗を止める。そんなことあるわけがない。と思う一方、このような視線で嘘をつくとは思えず、頭が混乱してくる。
 黙って硬直してしまった長谷部に、日本号は柄にもなく拗ねたように口を尖らせる。
「その反応は拒否されるより響くんだが……そりゃあ最初の一回は性処理感覚で応じたが、翌日にあれだけ後悔の言葉を連ねられたら好きでもない限り何度も応じねえだろ」
 日本号が再び腕を引くと、長谷部は抵抗なく一歩ずつ歩みを進めていく。それは同意と捉えて良いのか、動揺に抵抗を忘れているだけなのか。日本号としては前者であってほしいと願ってならない。 
「こんな廊下で話していたら誰に聞かれるかわからねえ。続きは俺の部屋でじっくり話すから来いよ……長谷部に来てほしいんだ」
 真剣そのものの日本号の声に、いよいよ長谷部はどうすれば良いかわからなくなる。そうして長谷部は引かれるがままに彼の自室へ行くのだった。


 とある夜。俺は自室で通信用タブレットを手にしていた。貸し出し用のそれを使うのは専ら遠征先だが、今日は思い立って借りに行った。そんなタブレットに映っているのは長谷部であり、その背後には現代とは異なる時代とわかる光景が広がっている。
「遠征先ではどうだ」
『例のごとく難しい事案でな、まだ帰ることができないかもしれない』
 長谷部は今、特命調査へ出ている。いつ帰城できるかわからないと事前に伝えられていたが、普段は長くとも丸一日かければ終わる遠征も数日掛かっている状況だ。
『今回の任務は運も味方にしないと辛いところだな』
「概要だけは聞いていたが、そこの辺りは実力があっても厳しいものなのか」
『ああ。対応策もあるにはあるんだが、何度もできるものではないから地道にやるしかないな』
「はあ、そうなのか……まあ、くれぐれも無茶はすんなよ」
『勿論。勇気と無謀を間違えてはいけないなんて言葉があるだろう?俺がいる限り勝機が見えないことはしないしさせない』
「はっはっは、御刀様は頼もしいなあ」
『御刀様とは大層な呼び方をしてくれるな』
 そう返す長谷部の声は通信越しでも自信に満ちており、俺は思わず笑ってしまう。特命調査で苦労はしているが、それを払拭する程のやりがいを感じているのだと伝わってくる。
 充実しているようでなによりと微笑ましくなる一方、自分のいないところで長谷部が活躍していることが少しもどかしい。
「ところで、調査の合間に息抜きできる時間はあるのかね」
『状況次第では十分に休む時間はある。それこそ昨日、部隊員と共に少し酒を飲んだところだ』
「ほう」
 俺と長谷部は少しばかり紆余曲折あったものの、今は恋仲となっている。そのため、素面の時でも肌を合わせて愛を語らうことが増えてきたのだが、酒を飲んで酔っ払うと迫ってくる悪癖は相変わらずあった。
 そんな長谷部が酒を飲んでいるとなれば、悪い予感が過っても仕方がない。
「……お前さんさ、裸の状態で誰かの隣で朝を迎えた、とかないよな?」
『はあ?』
 心底嫌そうに声を上げた長谷部に失言だったかと反省しつつ、俺との前科があるだけに気になってしまう。
「付き合う前から酔ったあんたに振り回されてきたんだ、心配くらいしていいだろ」
『そういう貴様こそ、誰かに迫られてつい応えてしまうなんてことないよな』
「まさか。あんた以外にそんなことしねえ」
『わかっているじゃあないか。その、俺だってそうなんだ、から……お前以外にはそんなことしないから、要らん心配をするな』
 自信一杯だった長谷部の声音は小さくなり、そわそわと落ち着かなく視線を泳がせている。そんな反応に再び笑ってしまっては、少し遅れて長谷部の言っている内容の重大性を理解して絶句してしまった。
『なんだ。らしくないことを言っていると呆れているのか?』
「…………いや。うん。呆れちゃあいないが……ああ、呆れてなんかない」
『怪しい反応だな。まあいい、そういうことにしてそろそろ寝ることにしよう。そちらはもう深夜帯なんだろう?』
「ああ。そうだな……おやすみ。明日の調査も気を付けてな」
『日本号こそ、明日も励むように。おやすみ』
 通信を終えるとタブレットの部屋の隅へ寄せる。返却は……夜も遅いから明日の朝でもいいか。
 予め敷いてあった布団へ寝転がれば、毎朝見る天井が目に入った。長谷部と共にこの天井を見たのも久しいように思えてきて、俺は掛布団を引っ張ると頭まで被る。そのため足が少し出てしまったが、構わず目を瞑って眠る体制になる。
「早く帰ってこいよ」
 あんなことを言われたら早く会いたくなってしまったじゃないか。そんな思いから出た言葉はくぐもっている上にあまりに情けない響きをしていて、俺は堪らず唸ってしまった。
2024.11.21 15:40


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