とうらぶ 江雪 | ナノ



▼ 8

 伝書鳩が縁側に留まった。気まぐれな鳩は、顔を覚えている人間がいればそれに手紙を渡してプイとそっぽを向いてしまう。仕事はしたからいいだろう、と、鳥かごへ入る姿を「宗三のようだ」と例えたのは小夜だった。
「おや。お土産までもらってしまった。それが嬉しいかは……ものによるね」
 青江はジャージの肩に落とされた糞に苦い笑みを浮かべて、足元へ落とされた三つ折りの手紙を拾った。
 手紙を開き、青江はハッと目を見開く。
「なにブツブツ言ってるんだ。お前は相変わらず不気味だな」
 通りかかった長谷部が青江に毒を吐く。心労が祟ってか目の下の隈は取れない。心なしか髪もパサついている。
 誰彼と当り散らしたい気持ちは理解できる。青江は軽く言葉を受け流して、長谷部へ手紙を差し出した。
「これを見てくれよ」
「おい、肩に糞がついているぞ」
「それは後でいいから」
「着替えてこい。汚い」
「とりあえず先にこれを読んでくれ。審神者と江雪の行き先がわかったよ」
「なんだと!!」
 剣幕を変えて長谷部は手紙を奪う。

『前田です。
 主と江雪さんの後を追っています。延々と雨の降る廃城にいますが、僕らの拠点とそっくりです。主は熱を出して伏せています。敵は見かけませんが、しばらく二人を見守りつつ警備を続けます。二人とも、まだ食事をしていません。行き倒れる前に迎えに来ていただければ幸いです。道順は鳩に聞いて下さい。』

 青江はジャージのポケットからサイコロを取り出した。
「普段も持ち歩いているのか」
「なんでもポケットにいれてしまうクセがあってね」
 糞のついた肩をすくめて笑う青江は、手のひらでサイコロをころころと回す。
「サイコロを振った瞬間、出目が1から6の未来が同時に存在している。そのうちのどれかということかな」
「平行次元か」
「廃墟というなら未来だろうね」
「妙なところにで紛れ込んだな……何かの罠か」
 ふぅん、と、鼻から抜けるように青江は考えていることを訴える。長谷部としてはあまり青江のこういったところが好きではなく、気持ち悪い、とうっとおしさを込めて視線を向ける。
「最近、妙な動きの歴史修正主義者がいるそうだね」
 唇の下へ曲げた人差し指の第二関節を当てて、青江は飄々とした様子で、しかし慎重に言葉を発する。
「例えばそれは、他の連中と違って歴史の大筋には関係のない歴史を修正するとか……まあ、平行次元からやってきたのかもしれないし。あまりこういったことを考えても、僕らの仕事に差し支えが出るかもしれないから、そろそろやめておこうとは思うけれども」
「ならば最初から言うのをやめろ。俺たちは主命に従うのみだ」
「そうだね。まあ、僕の言いたいことは、本丸の誰かの警告かもしれないってことさ。あまり気持ちのいい話ではないけどね」
「だから、無駄なことを言って人を惑わせるのはやめろと言っている」
 長谷部は青江の頭に手を置いて、綺麗に整えられた髪をほつれるようにぐしゃぐしゃと左右へもてあそんだ。
「わ……君のオッサンみたいな髪とは違うんだよ。やめてくれないかい」
 青江の髪は、後れ毛やアホ毛がぴょんぴょんと跳ねてしまう。結び目に巻いてピンで留めたみつあみもだらりと垂れ下がってしまった。
「老け顔で悪かったな。それより今は会議だ」
 青江の眉間にしわが寄る。髪を解いて、髪ゴムを口にくわえた。こうするとしばらく静かになることを長谷部は知っているのだ。
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