とうらぶ 江雪 | ナノ



▼ 6

 山道を進む一組の男女がいた。
 女のほうは今にも死んでしまいそうな青白い肌と細い体をしていた。足取りもおぼつかず、時おり草履が地面に突っかかり転びそうになる。病み上がりに無理をしている、という風だ。ぼんやりとした目元には意思の光が欠片しか残っていない。このまま体力が尽きて行き倒れるのでなければ、自らその命を絶ってしまうのではないか、という危うさがあった。
 男のほうは、ときに女の風避けをするように前に立ち、ときに足元のおぼつかない女の手を取り支え、大きな体でよりそっている。男もまた病的な白さをしていた。伏し目がちの涼やかな双眸は限界まで張り詰めた神経をむき出しにしたかのようだ。
 彼らは他ならない審神者と江雪である。
 とつり、という重い音が地面ではじける。
「雨が……」
 審神者が呟いた。空を見上げれば曇天。厚い灰色の雲がお天等を覆っている。あ、という間に雫は次々に落ちてきて、本降りとなる。
 着物の袖口を審神者の頭にかけてやり、江雪は「急ぎましょう」と声をかける。だが、どこに向かうかはまったく考えに無かった。どこぞでも雨を凌げるところに。しかし、こんな山の中にあるだろうか? 不安は途切れず、早足になってしまった。
「あっ」
 審神者の下駄の鼻緒が切れてしまった。転びかけたところ、江雪は抱きとめる。焦りで腕にかかる審神者の体すら重たく感じてしまった。
「ごめんなさい……」
 弱弱しい審神者の声に江雪の胸が痛んだ。消沈してしまった結果、何かに付けて怯えてしまう癖がついたのだろうか。
「いえ、先を急ぎ過ぎたようです」
 やはり情けない気持ちになってしまう。何を大切にすべきか見通しが立たない。
 二人の間を、ふぅっと生暖かい風が吹いた。
 顔を上げると、小さな山城があった。それは先ほどまで見えなかった景色だ。
 ぐるりと辺りを囲う石垣と、枯れた堀に、雨がしとどに当たっている。手入れをされず伸びきった草木は、かつて庭園として娯楽の少ない城の癒しになっていただろう。かわらが落ち、外壁の色はくすみ、しかし、打ち捨てられた古城はそこにあった。
「雨が降っています。異界と繋がっているかもしれません」
 江雪は声を硬くする。
「これではまるで、貸本の、一つ屋の怪談形式です」
「でも私、寒いわ」
「罠の可能性があります」
「もう審神者じゃないもの。私を殺したって意味ない」
「相手がそう思っているかは別です」
「これ以上歩けないの」
「あと少し、がんばってください」
「あと少しって、どれくらい?」
 厳しい表情の江雪の服を掴んで、審神者は首を振る。
 審神者の顔が赤く、目はうつろだ。
「もしや」
 江雪は手のひらを審神者の額に当てる。……熱い。
 疲れのせいか。体力が落ちていたせいか。風邪か。今わかり得ないことだ。どちらにしても、早急に雨をしのげるところで休養をとらせねばなるまい。
 苛立つかと思いきや江雪の心は凪いでいた。純粋な心配だけが満ちていた。そのことに、江雪は安心した。
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