とうらぶ 江雪 | ナノ



▼ 3


 見送りは審神者一人だ。いざというときのため前田に伝書鳩を渡して、向き直る。
「近頃は挙動のおかしな歴史修正主義者がいるそうよ。くれぐれも気をつけててね」
「そもそもあいつらみんなおかしーじゃねぇか」
 だんだらに粋な深赤の着物を着た和泉守が間髪入れずに答えた。
 手袋をした手で口元を隠し、青江は「んっふふ」と、しっとり忍び笑う。
 横目で冷たく流し見て、長谷部は口を開く。
「そのおかしな連中は、具体的にどのような行動を? 見分ける目安になるかもしれません」
「彼らは大概、三人から六人で行動しているでしょう。挙動のおかしな固体は、一人で行動して、しかも変な頃合に出てくるっていうのよ」
「変な頃合ですか?」
「油断したとき、だそうよ」
 審神者の顔が厳しくなる。
「……暗殺……かな?」
 丸く大きな目を鋭く細める堀川。
「だな」と、和泉守は手短に頷く。
「間者がいるのか」
 小夜は笠を深く被り直す。顔に影が差し、獲物を待ち構えるような冷徹な刃物染みた目が暗闇からギラギラと覗くように審神者を見上げた。間者とは言い換えればスパイだ。暗殺には諜報戦が欠かせないだろう。
「この本丸には間者などいません。小夜君もそう思うでしょう?」
 背筋を伸ばしてじっと聞いていた前田だが、譲れないとばかりに強い口調で反発した。本丸の仲間を疑うなんてもっての他だ、と前田は憤慨しているのだ。
「可能性は否定できないだろう。ないということはない、というだけだよ」
「僕は、ない、と言って欲しいんです!」
「言って……それで? 本当にいないと証明できるの?」
「証明は、できないけれど……僕はいないと思います!」
「思うことがそのまま真実ならば争いは起こらないよ」
 前田の声がじょじょに大きくなっていく。小夜の声は相も変わらず平坦なままだ。
「二人とも。おやめなさい」
 ポン。
 審神者の手が、二人の額の上に置かれる。びっくりして目を見開く二人へ、審神者は「めっ」と唇を尖らせた。
「小夜の言っていることは正しい。しかし、闇雲に和を乱すのは関心しないな」
 いささか困った様子ではあるが、まとめ役としての自覚を持った長谷部の厳しい視線が小夜に向けられる。
「それは悪かったね。気分を害したなら謝るよ」
「いつものお前ならそんなに食ってかからないだろう。今日はどうした?」
「別に。いつも通りさ」
 ツンとそっぽを向く小夜はすっかり心を閉ざしている。こうなると頑ななままで、たとえ機嫌が直るまで時間が経っても理由を話さないこともしばしばだ。
「チビ共!」
 和泉守がよく通る凛とした声を張り上げる。まるで暗くなった空気が入れ替わるかのようだ。
「変なやつが出たら出たでそのときだ! 油断しなきゃいいんだろ? 楽勝じゃねーか!」
「和泉守君がそれ言うかなぁ」
「どういう意味だ、青江」
「今回は言葉通りの意味だよ?」
 ムッと唇を曲げる和泉守に睨みつけられるが、青江は柳に風と肩を竦めて掴みどころのない笑みを浮かべる。
「青江さん。兼さんは怒りっぽいから、あんまりからかっちゃダメだよ」
「堀川っ! ったくよぉ、なんで俺ばっかこんなにイジられなきゃなんねーんだよ」
 一同の目が物語っているが、和泉守はそのとき自分のことしか見ていなかった。よくも悪くも愛される人物である。
「ともかくこの話はここで仕舞いだ! 各自油断せず自分の身は自分で守ること! 以上!」
 うんうん、と黙ってうなづく長谷部。他の本丸の審神者は、長谷部はおしゃべりだの口うるさいだの愚痴に近いことを口にしているが、この本丸の長谷部はやや物静かだった。
 戦場において隊長として部隊を先導できる人材は一握りである。それは仕事をこなすという面だけではなく、明るさ、決断力、大胆さ、人徳、資質としての面もある。
 和泉守はカッとなりやすく抜けたところのある男だが、統率力と持ち前の明るさは湿気っぽくなりやすい戦場において極めて重要だった。隊長の足りないところは隊員で補えばいい。
 和泉守を支えるのは、細やかな気配りができ、よくよく彼を理解している堀川が適任だ。青江、小夜、前田は、それぞれ個性的だが、周囲を観察しながら自分の役割をしっかりと果たす。一歩下がって全体を見渡し指揮する参謀は、几帳面で神経質、忠誠心がありながらも、厳しい堅物というだけではなく部下や友人想いな長谷部に任せられている。
 自分の与えられた役割に納得し、特化して働いている故の個体差もあるだろう。
 さて。では、この本丸の審神者はどうだろうか。
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