とうらぶ 江雪 | ナノ



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 夜は宴会場になる広間だが、朝昼の集会では緊張感に満ちた空気が張り詰める。
 審神者の前へ、本丸(政府は審神者毎の所属をこう呼ぶ)に所属する刀剣達がずらりと並んでいた。近侍等の特別な役職がない限り、城内では内番時の気楽な服装だ。
 審神者の霊力は平均よりもやや下回り、あまりたくさんの刀剣を維持することはできなかった。この本丸には刀が三十もいない。二十ちょっとの人員で細々と出陣、遠征、日々の雑務をこなしている。
「今度の戦場は暗くて狭い場所になりますので、夜目の効く方にお願いいたします」
 出陣部隊は花形だ。一同、思い思いの姿勢で名前が呼ばれるのを待っている。
「隊長、和泉守兼定。堀川国広。へし切長谷部。にっかり青江。前田藤四郎。小夜左文字。以上六名、頑張ってくださいね」
「俺が隊長か! ま、当然だなぁ!」
 和泉守兼定は、ぱぁっと顔を輝かせて胸を張った。広間に漂う緊張感が一瞬にして朗らかな空気へと変わる。
「部隊のみんな、兼さんのお世話お願いしまーす」
「おいっ、そりゃどういうことだ!」
 そこらから笑い声が上がった。立ち上がりかけた和泉守の裾を引っ張って、堀川国広は「はいはい、落ち着いて」と苦笑いでとめる。
「次に今日の当番。江雪さんは引き続き近侍をお願いいたします」
「本日もお願いします」
 作務衣の江雪は畳に手をつき頭を下げる。
「ひゅーひゅー」
 端に三角座りをしていた青江が、両手を頬の横に立てながら唇を尖らせた。視線が集まったところで掴みどころのないアルカイックスマイルを浮かべる。
「……というやつかい?」
「品のないことを言って場を乱すな、青江」
 歌仙兼定が汚いものを見るような目で睨みつける。
 青江は嫌悪感の塊を肩を竦めて受け流し、ニヤニヤとおかしそうに唇の端を丸める。
「ふっふふ。そんな目で見ないでくれよ。あぁ、もどかしいね」
 チッ、と舌打ちをしてそっぽを向く和泉守。すっかりご機嫌が斜めになってしまったらしい。堀川はなだめもせず、同情の視線で和泉守を眺めていた。
「我が兄ながら堅物ですからねぇ」
 あくび交じりに宗三左文字が言う。寝坊をしたせいで着物が着崩れ、髪がふわふわとあちこちに散っていた。目覚めきっていない双眸はトロンと不機嫌そうだ。
「君はフニャフニャすぎないかい? おっと、生活態度のことだよ?」
「僕はギンギンにする気がないだけですよ。もちろん生活態度のことです」
 二人分の、ややだらしない笑いがこぼれた。周囲からは、釣られ笑いというよりはバカにしたり困ったようなささやかな失笑がこぼれた。
「宗三、青江。まだ朝だぞ」
 綺麗な正座をしてじっとしていたへし切長谷部が、耐えかねて口を開いた。眉間に皺がよっていた。本人が自覚している人間的な年齢よりも老けて見られがちな整った顔立ちが、更に五つほど歳をとって見える。
「何のことだと思ったんですか、ムッツリ長谷部。もう夜のことをお考えで?」
 すっかり目が開いたのか、宗三はへらへらとした調子で長谷部をからかう。
 長谷部もあまり気の長いほうではないが、旧知という油断か、宗三に対しては沸点がやや低い。
「おい貴様……」
「はいはい。仕事仕事!」
 長谷部が低い声を出すも、審神者は手を叩いてとめる。審神者の頬もぷぅっと風船のように膨れていた。
「うーん、そういうところなんだよねぇ」
「可愛げのない女性ですよ、まったく」
 顔を近づけてヒソヒソとささやきあう青江と宗三。もちろん審神者にも声は届いているが、掻き消すようにように声をはりあげて遠征と内番の当番を読み上げた。
 小夜が暇なあくびを噛み殺した。
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