とうらぶ 江雪 | ナノ



▼ 1

 開いた障子の外では赤く色づいた枯葉が音も立てずに落ちていく。ひやりとした湿気を含んだ土の香りが室内に流れ込んでくる。
 小夜左文字は、審神者の膝の上に突っ伏して小さな寝息を立てていた。額を審神者の腹に押し当てたまま寝入ってしまったのだ。細い肩がゆっくりと上下する。審神者は小夜の髪に沿って、そっと丸い頭を撫でた。一つに結ばれた硬い髪は、藁のような手触りで飽きなかった。
 穏やかな時間が過ぎていた。遠くで駆け回る子供の足音がする。
 廊下を渡り近づいてくる足音も、一つ。重量はあるが、すり足気味で、とても気を使っている品のいい足音だった。いささか神経質にも取れるだろうか。スッ、ス、という衣擦れの音が雀の鳴き声のようだ。
「さに……」
 戸が開いていることに油断したのだろう。江雪左文字は声をかけようとして、咄嗟に口をつぐんだ。
 審神者はおかしそうに微笑んで、唇の前へ人差し指を立てた。
 小さく頭を下げる江雪。滝が凍ったかのような青白く長い髪が滑らかに肩から落ちる。先ほどより更に静かに、歩幅を縮めて室内へ入る様子は、体の大きさに反比例して冬の訪れを告げる冷たい空気のようでもあった。下座に正座をして、封筒を差し出す。
「政府から書簡が」
 素っ気無い茶封筒にシールで印刷された宛名。どちらが時代錯誤なのかわからなくなりながら、審神者は膝を動かさないようにして受け取る。
「なにかしらね」
 音を立てないように、そっと端から両面テープの封を剥がしていく。ぴし、ぴし、とかすかな音が立てども、小夜は凍ったように動かなかった。
 三つ折のコピー用紙には解散した本丸の報告が名前のみ書かれていた。
 手入れをする毎に生命力を失う体質で、病気となり退職した者。本丸の場所を歴史修正主義者に探り当てられ討ち入りされた者。また、本丸内の謀反により命を失う者。審神者同士の繋がりや講習会ではこのような話をたびたび耳にして心を痛めても、現実の報告はきわめて簡素なものだった。
 重なった二枚目には、近頃頻発している挙動のおかしな歴史修正主義者について記載されていた。
 審神者は紙を畳み、封筒へ戻した。そのまま脇へ置く。うんざりとするほど縁起が悪い。
「二枚目だけ読んどいて。あとは捨てときましょ」
「では、お預かりいたします」
 置いた封筒を江雪が受け取り、懐へしまった。
 審神者と江雪の視線が合った。お互いに、何か一つ物言いたげな含みのある瞳だった。
「……小夜は、本当に貴女に懐いていますね」
 独特の打ちひしがれたかのようなゆっくりとした語調で江雪は言う。水底から気泡に乗り響くかのような青ざめた声だが、決してたった今が悲しいわけではないのだ。
「ふふ。べたってひっついて離れないのよ。可愛いでしょ」
「ええ。男兄弟だけでは想像できません」
 小さく頷いて、江雪は目の端をほんのわずかに和らげた。
「ときに、腹に顔を押し付けるというのは、貴女から産まれたかった、という気持ちの表れでもあるそうです」
「どこでそんな話を聞いたの?」
「宗三との四方山話で……宗三はにっかり青江に聞き、にっかり青江は歌仙兼定から聞いたと」
「伝言ゲームかしら? 尾ひれがついてそうね。青江のところで」
 そんなことも話すのか、興味があるのか、と、喉元まで出掛かった下世話な言葉を審神者は飲み込む。
「小夜が、貴女には素直に甘えることができる。兄として安心する反面……その……なんと申しましょうか……?」
 気持ちを的確に現す言葉が見つからず、江雪は口をつぐんだ。
「嫉妬だよ」
 落ち着いた少年の声。小夜がのそりと上半身を持ち上げた。蛇のような三白眼はすっかり開ききっていた。目をきょとんと開いた審神者を見、魂を抜かれたような江雪を見、畳の上へ胡坐をかく。やせ細った体と枯れ枝に似た足なのに、悠々と座るその姿は先ほどまで甘えていたことが疑わしいほどの粗雑な貫禄があった。
 意識せずともジロリと睨むような小夜の瞳が、江雪に向けられる。
「兄様と審神者が夫婦になれば、審神者は僕の姉になるのか。それはいい」
「小夜。滅多なことを言うものではありません。私が審神者と夫婦になるなんて……」
「僕はどちらの兄が、とは言っていないけれど」
 小夜は言葉尻を奪うように食い気味に被せ、口の端で笑った。
 江雪はへの形に唇を結び、俯く。髪の隙間から覗く耳が桜色に染まっていた。
「それとも審神者、僕の妻になる?」
「あらあら。そんなこと言うのはこの口ですか」
 審神者は小夜のふっくらとした頬をみょ―――んと餅のように引っ張った。審神者の頬も赤く色づいていた。
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