とうらぶ 江雪 | ナノ



▼ 10

「少し代わろう。帰ってきてからずっとだろう。休め」
 座禅のようにじっと正座をする歌仙へ、長谷部は青白い顔を向ける。鼻の頭へガーゼを当てた歌仙は憂鬱な目で長谷部を見上げた。
「君もそんな顔して情に厚い男だね。君こそずっと、じゃないか」
「そんな顔……おい、どんな顔だと言いたい」
「鏡でも見てくるといいさ。出世欲の強そうな嫌味な顔だよ」
 もちろん仲間内の冗談である。あまり冗談を好まない長谷部にとって、笑える内容であるかは別として。
 ふん、と鼻からストレスを吐き出して、長谷部は歌仙の隣へ座り込む。
 宗三の布団がプルプルと震えた。
「馬鹿話はやめてください。傷が開くじゃないですか」
「笑わなければいいだろう」
「本当なら指をさして笑いたいところなんですけどねぇ」
 笑みを含んだため息は痛みに詰まる。口の端だけで笑う面長はいつもなら憎たらしくてしょうがないのに、今日は痛々しくてたまらない。
「僕は席を外すよ。風呂を済ませてくる」
 しゅっと畳を擦って、歌仙は雑に立ち上がった。見た目に出ないように気を使ってはいるが、疲れはその分、所作に現れた。「ああ」とだけ答える長谷部の声もまた、雑だった。
「審神者を連れ戻すんですって? 野暮ですよ。やめときなさい」
 掠れた声。一度咳払いをすると、眉間に皺が寄った。それでも余程ツボにはまったようで、ぶり返すように笑う。
「だから人の顔を笑うな……!」
「すみませんね。人の恋路を邪魔すると、馬に蹴られて死ぬんですよ」
 喋るのも、笑うのも、苦しいくらいだ。なんせ腕を片方持っていかれている。人間の体の回復力に頼るのならば、十分な設備も薬もないこの場所では、あまり良い結果は期待できないだろう。
「……俺にはお前の命の方が大事だ」
「僕が逝けば小夜も寂しくはないでしょう」
「馬鹿を言うな。お前は……本当に馬鹿だ」
「馬鹿はあなただ。そういうところが馬鹿なんだ……なんて、ね」
 目に見えて血の気の引いた死相の浮かぶ顔。宗三は渇いた唇の端をほんのり釣り上げた。
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