僕の眠りは浅い。小さな物音一つで目覚めてしまうほど、浅い。
…夢を見た。それは遠い過去の記憶だ。
世界は見上げるほど広く高かった。視界は果てしなく地面に近かった。歩幅は小さく、思考も体も口調も全てが幼かった。僕はまだ僕の事を認識していなかった。
幼い僕は手を伸ばす。ずっと上にある人の顔…柔らかいラインから女性とわかるその人…を見上げる。誰だっけこの人。
幼い僕は何かを言う。なんて無邪気なんだ…今に死んでしまうよ。世界はその大きさをもって小さなものを潰そうとするから。
幼い僕は手を伸ばす。よちよち不安定に歩いて、必死で手を伸ばす。女性の大きくてしなやかな手に届いた。幼い僕は嬉しくなった。
なぜか手に軽い衝撃が走った。幼い僕は何が起こったかわからず、呆然とする。幼い僕の手は空を切った。なにもつかめない。ないはつめたい。
幼い僕は泣いた。それでも女性は歩いていく。なんで僕は泣いたんだっけ。ああ、悲しいからか。涙は悲しい時に出るもので、嬉しい涙なんて偽物だからね。
それじゃあ、あの女性は誰だろう?大きくてしなやかでつめたいてのひら。どうでもいいなんでもいい名前なんか関係ない。
彼女は、幼い僕にとって、絶対的な、世界の、カミサマだった。僕の世界は彼女によって作られたからだ。彼女が僕の創造主だった。カミサマは矮小を救うものではなく、万物を創造するものだ。幼い僕はそんな事、わからないけど。
だから泣いた。ただ泣いた。泣けるだけ泣いた。しかし僕は救われない。カミサマは遠くへ逃げてしまった。きっと僕はカミサマにとっての失敗作だったのだ。カミサマは人間を造るつもりで人外を造ってしまった。人間もどきなんてカミサマはいらない。カミサマは完璧しか認めない。だから僕は置き去りにされた。僕は人間として寸足らずで産まれてきたのだ。

「違うっ…!」

自分の声で目が覚めた。心臓が嫌な鼓動を刻んでいる。部屋の暗闇が氷のように冷たく、蛍光色の時計の灯りはよそよそしかった。息が荒い。きつく握られた拳を解いたら汗が滲み、頬に伝うものがあった。
胸が苦しい。身体的な苦しさではなく、ゲロのように込み上げてくる切なさだ。バカか、僕は。ただの夢だろう。ただの夢だ。誰の夢だ。
深呼吸をしてもう一度布団を被る。静けさが不安定な心を煽った。沙耶のせいで騒がしさになれてしまったのだろうか…夕食時のリビングがやけに恋しい。
沙耶は起きてるかな。たたき起こして相手させようかな。別に何するわけでもないけど…否、やっぱり止めよう。癪だ。僕は沙耶なんてどうでもいいし、人間なんて嫌いだし、群れる事も嫌いだから。
もう落ち着いた。いつもの無機質な闇が訪れる。目を閉じた。恐れはない。怖くはない。
音のない時計は、僕が眠ってからも時を刻んでいた。


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