玄関を開けても『お帰りタックル』はない。
足すとウザく感じるけど、引くと寂しくなる。在るものはいつかなくなってしまう。だから、何も無い事が一番いい。
人、ヒト、一、イチ。僕は一だ。
部屋で着替える。それが終わるとノックの音がした。

「…お帰りなさい、雲雀さん。」

カーディガンを引っ掛けた沙耶が顔を覗かせる。元気のない微笑み。なんて健気なんだろう…煩わしいくらいに。

「寝てなよ。」

そう言っても、沙耶はうっすらと笑うだけで、僕の服の裾を掴んできた。

「もう大丈夫です。それより、雲雀さんと一緒にいさせて下さい。」

ね?と小首が傾げられる。大丈夫とか嘘でしょ、どう考えてもまだダメージは回復してないと思うけど。
やっぱり沙耶は…死にたいと思っている、としか受け取れない。
幸せになんかなれる訳、ないじゃないか。

「…沙耶。」
「はい?」

全くもってそんな事はないのに、無垢な笑みを浮かべる沙耶。
カチリ、と頭の中で時計の針が動いた音がした。爆弾が弾けるまでのカウントダウンが始まる。

「きゃ…!?」

沙耶が小さな悲鳴を漏らした。それはそうだろう。いきなり押し倒されたら驚くし…昨日の僕も驚いた。
柔道で投げる時みたいにして引っ張って方向転換、足を掛けて転ばせてベッドに飛び込ませる。それは押し倒すとは違うって?うるさい、咬み殺すよ。最終的にやる事は同じだから良いんだよ。手段はあまり大切ではない。

「っ…」

衝撃と混乱で、一瞬だけ上手に呼吸ができなくなる沙耶。
傷とか痛んでるよね、絶対痛い。痛そうな顔しているし。大丈夫、すぐ楽にしてあげるから。僕、優しくないけどそういう慈悲の心はあるよ。

「これ、何だと思う?」

ポケットに入れっぱなしだったNGアイテム…青いライター。沙耶の顔からサッと血の気が引いて、カタカタと小刻みな震えが始まった。

「大嘘つきめ。君は僕の事を想っていないじゃないか。僕は偽物なんかいらない!」

それを叩きつけるように沙耶に向けて投げる。左胸の辺りに当たった…心臓の上かな、故意だけど。
痙攣するように大きく跳ねる沙耶。さっきから悲鳴がキーキーとうるさい。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい…!」

悲鳴じゃなくて「ごめんなさい」だった。謝られても遅いんだけど。傷の付いたCDが同じ部分を何度もリフレインするような「ごめんなさい」。
…嫌いな言葉だ。逃げるための「ごめんなさい」なんて、汚らわしい。
幾度となく聞かされた「ごめんなさい」。謝れば許される罪なんてない。
沙耶は何度も繰り返す。「ごめんなさい」「ごめんなさい」と。
遠い記憶の中から、僕を突き放す手がフラッシュバックする。映画のカットインのように、切り取られて貼り付けられた言葉。「ごめんなさい」…誰の言葉だっけ。誰だろうと許さないけど、永遠に。

「君は幸せになれない、なれないんだよ!自分で芽を摘み取ったクセに…!」

馬乗りになって、沙耶の首に手をかける。
捨てるか、背負うか。両方から選べないヤツは、潰されて死んでしまえ。

「君が得られる幸せは、死しかないんだ!!」

沙耶は添えるように僕の手を掴んだ。離せと言っているのか、はたまたジェスチャーか。
…沙耶の口元が、一瞬、笑んだような、気がした。その瞳は、見慣れた色…僕と似ている、気がした。
両腕に力を込める。ごり、と強い手応え。沙耶の体が魚みたいに跳ねて、口からどす黒い血が溢れ出す。死んだ。死因は窒息じゃない。…活用して、改めて、自分の非人間を痛感する。

「…捨てて、僕だけになってしまえば、良かったのに。」

感触の残る手で直視が辛い沙耶の瞼を閉じてやり、呟く。
それは独占欲だという事…目をそらす。
消そう。全部、リセットだ。都合の悪い事は全部捨ててしまえばいい。
ライターとは反対のポケットに入れた携帯を取り出す。
アドレス帳を開いて、いつもの番号にかけた。

「…もしもし、僕だけど。消したい死体ができたから、手続きしといて。」

切る。相手の返事は聞かない。通話料は十円単位。
ポケットに携帯をしまうと、再び沙耶と二人きりになってしまった。なんとなく、その姿を眺める。
寝間着のまま、四肢を投げ出してぐったりと僕のベッドに横たわる沙耶。頭があらぬ方に向いていて、首の皮は変によじれて皺になっている。口から血が伝うが、もう止まっているようだ。
…死後硬直が始まってしまう。
ふと思いついた事があった。躊躇いなく僕は実行する。沙耶が固まってしまう前に。
沙耶の部屋に行き、タンス代わりに使われていたカラーボックスからモノトーンのワンピースを探して取り出す。じっくり見ればいいデザイン、かもね。
部屋に戻ると、僕は沙耶を抱き起こした。首の向きには細心の注意を払う。やはり、小さな人形なら楽なのだろうけど、デカい人間となると着せ替えは一手間だった。関節の方向とか。
沙耶の体が段々冷たくなる事に焦りながらも、なんとか完了。髪を整えてやり、胸の上で手を組ませる。家に花とかあればいいのだけど僕にそんな趣味はない。

「…篠塚沙耶は、雲雀恭弥に、永遠の愛を誓いますか?」

所詮は真似事で一人遊びだと、重々理解しているが。
沈黙しか返ってこない…死体は喋らないからね。
だけど、ごっこ遊びだとしても、否、だからこそ。

「…誓えないよね。」

苦い笑みを漏らす。沙耶も僕から、逃げて行った。
…手を振り払われるイメージが、ふっとよぎった。

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