ああもう、むしゃくしゃする。生きたサンドバッグを殴るとかしないと気分が晴れない。今すぐにでも家を飛び出して風紀の乱れを正したい。
それでも僕の胃は空腹を訴えた。特別に食欲があるという訳ではないが、生理的な欲求とか言うヤツだ。僕は自身を人間ではないと思うが、しかし、いらない時に人間化する都合の悪い体質だと思う。

「…」

ズズ、と冷め始めたお茶をすする。一人の食卓。なんだか味がよくわからなかった。味付けを失敗した訳でも、ましてや僕の味覚がおかしい訳でもないのだと思うが…認めたくないけど、沙耶、なのだろうか。
白米を食べて、こんなにもふりかけが恋しくなったのは初めてだ。ここ何年か口にしてないな、ふりかけ。あんなにも邪道だと思っていたのに。
片付けが面倒くさくて目をそらす。皿を数枚洗うのがこんなに億劫なものだとは思いもしなかった。僕、疲れているんだな、沙耶の手当てとかしたし、なれない心配もしたし。
はぁ、とため息をついて重たい腰を上げる。温さを知ってしまうとなかなか抜け出せないな。ダメ化の一歩だ…
…まぁ、沙耶が毎日家事をやってくれれば問題ないのだけど。
そんな甘えた考えがよぎった。頭を振る。どうやら僕はバカになってしまったらしい…戻ってこい、しばらく前の僕。

皿を片付けてぼんやりとする。沙耶の様子でも見に行こうかな。食事をとらせないとダメだろうか。薬はどれを持っていけばいいんだ?
そんな事を考えていたら、雨音みたいな足音が階段から聞こえてきた…沙耶だ。

「寝てなよ。」

思わずそう言いたくなる、見たからに体調が悪そうな沙耶。ふらりと生気のない足取りで一歩ずつ進む。

「…お手数かけて、すみません。」

立ってるだけで危ういのに、沙耶は頭を下げる。倒れられては面倒なので、近付いて腕を掴んで支えた。
じんわりと熱が伝わる。発熱…解熱剤を出せばいいのか。

「もういいから。部屋戻って。」
「………」

ぐいと背中を押せども、沙耶は縋るような妙に艶っぽい瞳で僕を見上げた。ああ、熱で目が潤んでるのか。早く戻れよ。

「何。夕飯食べる?」

訝しい顔で聞くが、沙耶は小さく首を振った。突如、ぎゅっと弱々しく、倒れるように抱きつかれる。

「…雲雀さん、抱いて。」

抱きしめるの意ではなく?…聞くまでないが。

「何バカな事言ってるんだい。ふざけてるなら真水を頭からかけ…」

油断していた事もあるが、一瞬、抗い難い力で押された。ぐらりと重心が傾く。天井が視界に入った。次の瞬きまでスローモーションの世界。受け身をとらなくては。沙耶も支えなきゃならないし…ああもう、格好悪いけど尻餅でいいよ。

「っ…」

衝撃に息を詰まらせる。自分と沙耶と、二人分の体重はまともに受けると辛い。まさか家で狙撃を食らうとは。

「何すっ…」

僕、さっきからまともに喋らせてもらってない。逃がさないとでも言うつもりか。
沙耶の唇が僕の言葉を遮る。柔らかい感触と熱が伝わってきた。身を引こうとして、背中が壁で更に頭を押さえられている事に気付く。逃げようとすれば逃げられる。だけど肉体的な問題ではなく、心理的にがんじがらめにされて動けない。すごく、窮屈だ。
ぬる、と舌が差し込まれた。もう抵抗する気もない。別にノってきた訳でもないけど…やっぱり、ちょっとは盛り上がってるけど…
しかし、襲われる立場になるとは。多分もう二度とない体験だな。
長く舌を絡めあった後、ようやく沙耶が唇を離す。はぁ、と甘ったるいため息が漏れた。

「雲雀さん…」

鼻にかかった甘えた声。マシュマロココアとは違う、もたれない甘さ。言うなれば、使い捨てできるような。

「…沙耶は、それで良いのかい?」

沙耶がもう一度口付ける。…いつも間違った解釈をする女だな。
君はそれで幸せになれると思っているの?君はそれが幸せなの?
…塞がれた言葉をごくりと飲み下す。
もういいや…僕が沙耶を救う義理なんてどこにもないし、沙耶が僕に与えるものなんて何もない…奪って行くばかりだ。
今度は僕がリードをとった。怯えるように沙耶は身を縮めたが、半場自暴自棄になった僕の気に止まる事はない。頭の中を真っ白にして沙耶を抱いた。


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