▼ (6)籠の鳥
私は地図を広げる。まずは場所を確認して、段取りを相談して、確認して、お願いする。それが私の仕事。遠征は戦闘と違った作戦を立てなくてはいけないから、これまた厄介でもある。
「当番隊長の最後の仕事になるけど、よろしくね」
「いいんですか? かごの鳥を表に出して」
挑発のように、宗三は言った。変なこと言ってるなあ、と思って、きょとんと宗三を見る。儚いような悲しいような表情をしていたから、ようやく意味が飲み込めた。
「……冗談ですよ。僕はあなたの所に帰ってくるしかないんですよ」
言葉に諦めと自嘲が含まれていた。語尾がふうっとため息に消えていく。
「んー……別に、宗さんの好きなところに行っても構わないけど」
気難しいなぁ。笑えない冗談は言わない方がいいのに。それでもわざわざ言うのは、気持ちをわかってほしいから。小夜君も一緒だ。救ってくれる人を探して手を伸ばしているけれど、差し出された手を自分からはじいてしまう、難儀な性格。
「でも、そのときは私も連れてってよ。一緒にお出かけしよう」
こうすれば、出かけることの力関係が逆になって、宗三主導だ。これくらい慮れば悪い気がしないのではないだろうか。
八十点くらい? いや、百点を越したかも。宗三の白い顔が、みるみる真っ赤になってしまった。
「あなたでは僕の飾りにもなりませんよ! 僕を侍らせるならばともかくも。話になりませんねっ」
ぱんっと机を叩き、自分でその音にびっくりしたらしい。宗三は少しだけ硬直した後、鼻で笑うように取り繕って、出て行ってしまった。
「最後の隊長仕事は? ねえ。ちょっと!」
背中に呼びかけるけど、宗三は逃げるように早足でずいずいと廊下を歩いていく。
んー……やむを得ない。
私は精神を集中させる。
『もしもし加州君?』
『ん? さにわ? 何?』
という、精神会話。
彼等は私が刀を媒介にして呼び出しているため、霊力でつながっているのだ。格好いい言い方をすればメンタルリンク。
『宗さん壊れちゃった。直してきてくんない?』
『壊れた? ……あぁ、そっちか。りょーかい』
加州君は言葉の端が丸いので、精神で直接会話をしても辛くない。
これは発声する会話よりも直接的で、時々言葉を構成している段階で伝わってしまうため、言葉としてまとまらない状態になることがある。ものすごく相性がよかったり、気持ちが強かったりすると、接続した相手の気持ちまで流れ込んできてしまうこともある。小夜君のときなんかはけっこう怖くて、彼の戦場での不安定な心に頭を殴られるようなこともあった。だからこそ諌めることもできたけれど、怖い怖い。信頼した相手以外にはコネクトしたくないものだ。
別件の資料に目を通す。その間、二、三十分程度か。
『終わったよー。あいつ馬に相談してた』
加州君からの接続だった。笑うような軽い調子。仕上げは上々のようだ。
『ありがと。仕事が速い。さっすが加州君』
『どーもどーも。あいつさ、どうやったら俺みたいに自分の気持ちに素直になれるのかって、ちょー悩んでた。ほんと、さにわの事大好きだよな。とりあえず一日くらい待ってやって』
『了解。助かったよ』
『はいよー』
で、会話が切れるかと思った。しかし、加州君がくすぐったいような気持ちで笑っているのが伝わってきた。
『久々にこっちで話したの嬉しくってさ。俺が呼ばれたのも嬉しいし。はー、愛されてるなー』
『当然愛してるよ。今度またネイルしたげるね』
『へへへ。楽しみだなー。たまには他のやつにも話しかけてやってよ。安定もきっと喜ぶぜ』
『そだね。……ほら、疲れちゃうから、切るよ』
『んー、もっとー』
『そしたら今から遊びにくればいいよ』
『行く行くー!』
ようやく切れた。お菓子でも用意しておこうかな。今日は仕事ここまで。もちろんここから先も仕事なわけだけど……仕事はここまで。
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