とうらぶ 宗三 | ナノ



▼ (5)たちたち

 解散後、太刀達……ギャグじゃない……が廊下で私を呼び止めた。他の連中はああいう感じだから、もう、それぞれ好き勝手している。いつも通りだ。三日月さんなんてまだ加州君と安定君に絡まれているし。二人ともおじいちゃんっこか。

「なに」

 獅子王はやけに不安そうな顔をしている。うまくやっていける自信がないのだろうか。明るくて豪快だけど、すごく真面目な子だからなぁ。

「俺、隊長当番、回ってくる?」

「え。なんでそんなこと?」

「こんだけ強いのが来ると順番飛ぶような気がしてさ……宗三の次、俺だろ」

 本丸に来た順と、練度から言って、確かに次は獅子王君。そして次郎さん。あんまり物事を考えない単純な子が計算をするということは、隊長当番がとても楽しみなのだろう。可愛いぞ。

「アタシはどっちでもいいけどさ、獅子王はやりたがってたもんね。さにわ、どうよ?」

 次郎さんは、武器を扱う上に男らしくゴツゴツしているのに手入れがしっかり行き届いて綺麗な指先をそろえて私に向ける。

「順番は当然回すよ。獅子王の次は次郎さん。その次は歌仙君か……おじいちゃんか悩んでる。練度で決めようかな」

「歌仙は最前線に向いてるかわかんねーもんな。ぼーっとしてるから」

 へらへらっと茶化すように獅子王君が笑った。主に筋肉でできている獅子王君からすると、彼の風流はただ単にぼーっとしているだけに見えるのだ。実際のところ、そう間違ってはいない。

「えー、アタシは案外イケてると思うよぉ。でも隊長は向かないかな。キレるから」

 ちょっと意地悪に口紅を塗った口元を押さえて笑う次郎さん。

「そうそう。根に持つし変なところで急にキレるし……三十六人手打ちにしたのは伊達じゃないね」

「ホントホントー!」

 けらけらけらっと笑う次郎さんと獅子王君。人間の身からすると笑い事じゃないんだけど、まぁ、武器を使うのも人間だ。持ち主の気持ちがしみついてしまうのは他のヤツを見ていてもわかること。もしも私が刀を持ったら、飾り刀とか、守り刀になるのだろう。あるいは自決用の刀。理屈っぽい性格になるのかもしれない。

「話は戻って悪いんだけど、おじいちゃんはあえて当番隊長をしなくてもいいかなって思うよ。チームワークを実感してくれればいいかな」

「おー、なるほど。戦場にも慣れてそうだったしなぁ……」

 納得したようで、獅子王は大きくうなづいた。

「っていうことで、仲良くしてあげてね」

「アタシもおじいちゃまとお近づきになりたーい!」

 次郎さんは声をきゅるんと高くして身を乗り出す。

「ねえねえ、歓迎会やろうよ! え、ん、か、い!」

「まーた飲むことばっか考えてー」

「イケメンのことも忘れないわよ」

「もー、次郎さんってば」

 私と次郎さんは笑うのに、獅子王は青い顔をして笑わなかった。うーん、男子側から見るとブラックジョークか。笑えない人は笑えない。

 ふと、小さい足音が気になった。気になって振り返ると小夜君だった。

「あ、小夜君。どこ行ってたの?」

「……別に」

 そっけない言葉。作業着の懐に柿。私はしゃがんで視線を下げる。

「そっか。お腹すいてたのか。柿、むいてあげるね」

「自分でやる」

 視線だけがそっけなく私からそれる。……突っぱねられた? え? なんで? ショックなんだけど……せっかく懐いてきたのに……連絡行ってなかったのかな……。

「なんだよ。隊長外れてスネてんのか? 当番だからしょうがないだろ。さにわ固まっちゃったじゃねーか」

「僕のせい?」

 喧嘩腰だ。相手が勝手に落ち込んだのに知るかよ、とでも言うように、尖った三白眼が獅子王を睨みつける。

「っていうか、連絡したのになんで来なかったんだよ。すごかったぜ、じじい」

 優しいけど頭はよくない。そんな獅子王君は私を庇う前に話を進めてくれた。君はそれでいい。次郎さんが軽く眉間を寄せたけど。

「じじい?」

 小夜君はいぶかしげに聞き返す。三日月さんの姿は見ていたのだろう。それ故の違和感。すごいわかる。あるある。

「十一世紀生まれのおじいちゃまなの。強い上にとっても可愛いのよ〜」

 次郎さんは両手を顔の横で組んで小首を傾げる。年頃の私ですらできない乙女ポーズだ。強いぞ次郎さん!

「怖ぇよ……」

「ふんだ」

 ドン引きした獅子王君に、唇を尖らせてプイとそっぽを向く次郎さん。あぁ、乙女動作。私にはできない。

「強いんだ……」

 小夜君は寂しそうに眉を下げて、弱々しく呟いた。頭を垂れさせたら、挨拶もなくとぼとぼと静かな方へ歩き出した。

「……やっぱ、悩んでんだな。いっつも仏頂面してるからわかんなかったけど」

 獅子王君は困ったように頭を掻く。

 実力が追いつかなくなってきている。それは本人が一番苦しんでいることだろう。闘争に命をかけているなら尚のこと。生きている価値を問うかもしれない。

「私、追いかけてくる」

 足を進めようとしたけれど、次郎さんが私の肩を掴んだ。振り返ると、いつものおちゃらけたニヤニヤ顔じゃなくて、ひきしまって真剣な瞳があった。男性とか女性とかを超越したまっすぐで太い瞳だ。

「……どうなんだろうね。アンタの優しさはあの子を救うかもしれないし、考え方を一つ与えてやればあの子は頭がいいから色々考えることができるだろう。でもさ、ちょっと距離をとったほうがいいかもよ」

 次郎さんの声が低い。表情と相まって迫力があった。

「今、小夜君を一人にさせたくない。だって寂しいよ! 辛いよ!」

 私にはわかる。人を殺したことはないし、人の手を転々としたり、身を売られたこともない。だけど、誰にも理解してもらえない悩みを一人で抱える辛さはよくよくわかる。霊能力者とはそういうものだ。その力が強くなればなるほど、生きることに不向きになっていく。

「寄りかかられて支える覚悟はあるのかい?」

 食い込んで少し痛いくらいに、次郎さんの手に力がこめられた。この人が本気を出したら私の肩なんて砕かれてしまうのかも。初めて、次郎さんが、怖い。だけど、引きたくない。負けないように正面から見つめ返す。

「私は、小夜君に笑って欲しいよ。あんな、頭がよくて、本当は人の心にすごく敏感ないい子が、悲しい顔をずっとしてるなんて、嫌だよ。悲しいよ」

「じゃあ、宗三は? あいつも今、同じように落ち込んでいるさ」

「え」

 宗三が? なんで。なんて思ったのは頭がカッとしていたからで、すぐにわかった。確かに宗三もなかなか実力の伸びない子だ。伸び代もそう高くないように思う。飾られているだけの時期があまりにも長すぎたのだろう。刀は使わないと刀自身がなまるのだ。それは小夜君が伸びないのと違った、生い立ちの上での、不幸な伸び代。

「あ、あんま追い詰めてやんなよ。可哀相だろ」

 私が黙った間を取って、獅子王が情けない声で庇ってくれた。次郎さんの気迫に押されているのでは私だけではなかったようだ。

「アンタは黙ってな」

 一刀両断されてしまう。しゅん、と肩幅を縮めて、獅子王は口をつぐんだ。

 次郎さんの目が厳しく私を射抜く。

「そんなことにも気がつけないようじゃ駄目だ。追いかける資格はないね。あんたはまだまだ人生経験が足りないのさ。抱え込むと潰れる。今はじっくり考えな。急いで事を仕損じるのは仕事のできる女のやることじゃないよ」

 私は奥歯をかみ締める。……辛い。二人も同時に寂しい思いにさせているのだ。私は自分の仕事が上手にできていないのだ。……悲しい。ままならないことは、苦しい。みんなに苦労をかけている。私は何かをしたいのに、何もできない。 

 不意に、次郎さんはニッと唇を横へ引っ張り、表情を和らげる。 

「でもね、あんたは本当に好かれてる。なんせこの次郎さんの一番の女友達だからねっ! そのことだけは自信を持ちなよ」

 また、肩にぐっと力が入れられた。だけど今度は痛くない。じんわりと暖かい。次郎さんの心みたいだ。

「……ありがとう……」
 うっかり涙が出そうになった。鼻が熱くなって、視界が歪んでしまう。泣いたら駄目だ。唇をかみ締めてぐっと踏ん張る。次郎さんの優しい笑みを見ていたら泣いてしまいそうで、軽くうつむいて深呼吸をする。

「えっと……俺も、さにわのこと好き、だぜ……?」

 どう言うか迷いながら、獅子王は落ち着かない調子でぽつぽつと切れ切れな言葉をかけてくれた。彼らしい不器用さが、なんだかおかしい。やっと余裕ができて、顔を上げる。

「ありがとう、獅子王」

 数秒置いて、獅子王が沸騰した。顔を抑えて悶え始める。

「っあー! なんだこれ! 照れる! 違うんだよ! そういうんじゃなくてさぁ! 友達! 俺も友達としてな! そう言ってるんだけど! あ゛ーっ!」

「うるさいね」

 そう言いながら次郎さんも笑ってた。

 部下なのか、友達なのか。私には友達に思える。いい部下と、いい友達と、いい先輩に恵まれている。私はとても幸せだ。

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