▼ (4)じじい
障子からひょっこりと顔をのぞかせる人が、一人。見知らぬ顔がずいぶんと高い位置にあった。目が合うと、鷹揚に、にっこりと笑った。刀はいわゆるイケメンが多いけれど、これはイケメンというのは少し俗すぎるような、高尚に整った顔立ちだ。陳腐な形容しか出てこない私にはとてもとても例えられない。しいて言うなら、超、優しそう。
「ここが審神者の部屋か?」
「あ、うん、そうです。……誰?」
「三日月宗近。打ち除けが多い故、三日月と呼ばれる。よろしくたのむ」
三日月さんはのんびりとした調子で部屋に足を踏み入れ……でかい。
「また新しい刀を集めてきたのですか?」
私へ冷たい視線を送る宗三は、嫌味っぽい調子でため息のように言った。私も持ちうる限りの冷たさで宗三を睨みつける。
「連れて来るの、隊長の仕事なんだけどな。ごめんなさいね、三日月さん。今の隊長が怠慢で。どうぞどうぞ、座ってください」
小間使いをやる気が一向にない宗三の代わりに座布団を持ってくる。前の三人は何にも言わなくてもやってくれたのになぁ、もう。
「おお、すまんな。だが謝るのはこっちの方だ。ここに来るまでずいぶんと迷ってしまってな、主と隊長への挨拶が最後になったのだ」
「ひゃあ! 本当に申し訳ない!」
「はっはっは。こちらこそ無礼した。いやしかし、今度の主は若くて可愛い。じじいもやる気を出さねばな」
「あらいやだ、冗談がお上手。そんなお年にも見えませんよ」
「じじいさ。十一世紀の末に生まれた」
「えーっ!? マジですか!?」
思わず手で口を押さえて叫んでしまう。なんかすごい人だ。いや、そういう意味ではみんなすごいんだけど。
「はっはっは。まじだぞ」
言いなれていなさそうな私の言葉を織り込んでおかしそうに笑っている姿の貫禄といったら、もう、頼りがいの塊のよう。
「化けの皮がはがれましたね。なぜ彼には気取った敬語なのですか?」
フン、と宗三が鼻でせせら笑った。妙に尖った態度だ。
「大きくて強そうだから……ていうか気取ってないし。化けてないし」
「へらへらしているように見えますがね」
やたらチクチクと言葉を指してくる。しらっとしたオッドアイが攻撃的だ。
「ふむ。なるほどな」
三日月さんは一度うなづいてニヤニヤ笑った。含みのある態度に宗三は食いつく。
「なんですか」
「なんでもない。けっこうけっこう。はっはっは」
おかしそうに笑っているが、何が結構なものか。
刀はその性質的に主を求めるものらしく、母親を取り合う兄弟みたいな感じで、腕の引っ張り合いをされることはしょっちゅうだ。今の宗三の態度、おそらく焼きもち。そして私の一目置いたような態度と、いかにも強そうな三日月さんへの嫉妬。基本的にプライドの塊なのである。
宗三はむっとして黙ってしまった。子供みたいだ。
「ところで審神者、誰かと手合わせさせてもらえないか。少し調子がつかめなくてな」
三日月さんの提案に、すっと立ち上がる宗三。
「僕がお付き合いいたしましょう。足を引っ張られては困りますからね」
かねがね思っていたが、ある意味、大物かもしれない。天下人の手を渡り歩いてきただけあって、度胸が違う。
隊長の経験を少し積み、実戦に自信を持って、楽しさを見出しはじめてきたところだ。戦場育ちの連中と比べれば総合的な力はお上品にまとまってしまっているが、彼は確実に前向きになってきている。だから、いいのだと思う。
「はっはっは。それはありがたいな。早速だが、今からどうだ?」
「よろしいですよ。さあ、行きましょう」
二人は立ち上がる。壁みたい。
「私はみんなを呼んでくるね」
私も立ち上がって、せっかくだし歓迎試合なんてものをしてみても面白いかも、なんて考える。血気盛んな連中だから、大型新人の実力が見られるとなると、勇んで駆けつけることだろう。
そして、宗三は右へ行き、三日月さんはなぜか左へ向かう。
「は?」
宗三の、驚きつつしかめた顔。
「おじいちゃん、どこ行くの」
「おや。……反対か。あっはっは」
けろっと笑い飛ばされた。たぶんこの人は天然だ。
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