とうらぶ 宗三 | ナノ



▼ (24)鳥の帰還

 小夜君がリタイアし、宗三が最後尾についた。繰り上がりで部隊に入ったのは隊長の歌仙だ。隊長の公布が遅れても本丸は問題なく運営されていた。運営方針が功を成したといえるだろう。……ただ、不在になる隊長が私ということは想定外だったけれど。

 私達の本業は戦である。部隊は今日も戦場へ向かった。お留守番は、三人仲良く左文字三兄弟だ。江雪さんと小夜君には見回りをお願いした。宗三と私は執務室で連絡を待つ係だ。

 都合がいい日といえば、そう。

「ああ……空はあんなに高いんだなぁ……」

 宗三は憧憬と諦念を織り交ぜて、切なく呟いた。手持ち無沙汰な気まずい時間は、あてどなく空を見て過ごすにはちょうどいいだろう。

「宗さんは空が好きなんだね」

「別に、そういうわけでは……前の僕はそのようなことを言いましたか?」

 皮肉だろうか。それとも、伺っているのか。どちらにしても距離感のある冷たい響きの言葉だ。

「そうだね……空は虚しい色をしていて、天下統一の夢も、人の命も、儚く虚しくて、哀れだって、言ってた」

 人間と神様は違い過ぎる。格式も、在り方も、器も、生きる時間も。悲劇はたやすく想像できる。痛いのも、悲しいのも、傷つくことは全て怖いのだ。

 再度、自分に問う。これは本当に正しいことなのか?

 小夜君と近づけたとき、お互いに苦しかった。自分が正しかったのか、本当にこれでよかったのか、馬鹿なくらいに悩んだし、心が痛かった。だけど、今はよかったのだと思える。これから先のことはわからないけれど、よかったのだと言えるためには、それなりにお互い努力しなくてはいけないのだろう。私はこれからも小夜君とがんばるつもりだし、小夜君も、きっとそう思ってくれている。言葉に出さなくても信じている。

 宗三は一度、神様として距離を置いた。だけど、もう一度、人間として私に近づいてくれた。それはとても苦しいことで、今は、苦しみから逃れられる機会だというのに。

 ああ、違う。私はなんて馬鹿なんだ。何が、自分に問う、だ。本当に正しいこと、だ。格好つけて逃げ腰になっているのは私なんだ。馬鹿だ、馬鹿だ。勘違いして、偉ぶって、人の気持ちがわからなくて、優しくなくて、傷つけて、軽んじてばっかりで。本当に、馬鹿だ。

「……別に、再刃しても人格が変わるわけではないのですね」

 小さく頷いて、宗三はため息を吐き出した。江雪さんは宗三に何を言うでもなかったようだ。自力で何とか乗り越えられるだろうと、弟のことを信じているのかもしれない。

「少しは気になっていますよ。以前の僕がどのようだったのか。まあ、今と大差ないでしょうが」

「そうかもね」

 確かに変わらない。根本は一緒だ。ただ、過ごした時間が全部リセットされてしまっただけ。

 宗三は薄い肩を竦める。視線はぼんやり遠くを見たままだ。

「でも……なぜだか知りませんが、先日、あなたと歌仙が二人で話しているのは、不思議と気持ちが霧掛かったようにモヤモヤしました。どうしてでしょうね」

 どうしてって。……なんでだろう。そんなことはないはずだ。理屈はちっともわからない。だけど、もしも、宗三が私のところに戻りたい、と思って、その気持ちが少しでも残っていたとするならば。

「あのね、宗さん」

 気持ちを落ち着けたくて、小さな深呼吸をした。言葉の続きを促すように、視線がこちらへ向いた。

 もしかすると辛いかもしれないけれど。精神会話をしてみる。
 感情も記憶も過去も、情報だとすると。共有することができればバックアップは可能だ。私の記憶は宗三の記憶ではない。だけど、宗三と過ごした私の記憶は確かに存在している。そして、そこに残った私の気持ちも、ぜんぶ、筒抜けになる。あとは記憶を受け入れてさえもらえれば。

 宗三は冴えない顔色で痛そうに頭を抑えていた。多量の記憶が流れ込んでくるのは苦痛だろう。受験の範囲を一晩で覚えこむようなものだ。

「なるほど……こういう使い方もあるんですね」

 宗三は疲れたように、ふー、と長い息を吐いた。私は自分の弱虫をさらけ出してしまって居心地が悪い。視界に入れないように目をそらす。

「おかえりなさい」

「ええ、ただ今戻りました」

 穏やかな落ち着いた声だった。チラと伺うと、宗三は見慣れた気だるい笑みを、どこかすがすがしいように浮かべている。

「どんなに無様を晒しても、僕はあなたの所に帰ってくるしかないんです。戻るところも、行きたいところも、ここ以外にはありませんからね」

 もう、何も言うことはあるまい。……それも逃げだろうか。どうせ全部筒抜けだ。顔が熱くて死にそうなのは、ホッとしたのか嬉しいのか涙が出てきたせいか、それとも、照れているだけか。自分でも自分の気持ちがぐちゃぐちゃしてよくわからない。

「何を泣いているんですか」

 仕方ないように口の端から緩く笑みを溢して、宗三はすっと私によってきた。何かと思ったら、着物の袖口でポンポンと涙をぬぐってくれた。

「なんか、なんか……どうしていいかわかんない」

「じゃあ、じっとしててください」

 両手が広げられた。ふわりと包まれる。じわじわ体温が伝わってくる。ここにあることを確認するみたいに、ぎゅっと、力がこめられた。私はただ、身を縮めながら、じっと、されるがままになる。

「どうやらあなたも覚悟が決まったようで」

 聞こえてくる心臓の音は人間そのものだ。ここにいるのはただの二人。神様と人間でも、同じ時間を共有している二人。これまでもこれからも、過ごした時間は、幻でもなければ嘘でもない。

 好きです。なんとか声をひねり出す。

 宗三はおかしそうに笑って、小さく肩を震わせると、愛してますよ、と、囁いた。

 立つ鳥は戻ってきた。ここに籠はない。

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