▼ (21)飴と鞭
「もうさ、そんな死にそうな顔しないでおくれよ!」
次郎さんが泣きそうになって私の頬を両手で包んだ。そんな乱暴なことをする人じゃないのに、なぜだかとても強い力で引かれている気がして、脳みそがぐらぐらした。
「こんなげっそりして! お肌も髪もぼろぼろになって! せっかくの美人なのにさぁ!」
「えー……そんな酷い顔してるかな……」
やっと布団から起きあがる気力が出た。たんまり寝たから元気なはずなのだ。起きあがるときは眩暈がするけれど。
「してるさ! ほとんどご飯も食べない、夜も寝ない、こんなんじゃ死んじゃうよ! まさか自殺しようなんて思ってないかい?」
「ないない……胃が縮んだだけだよ」
「あんたがそんなだとさぁ、もうっ、本当に元気でないんだから!」
言うだけ言って、懐に包まれてしまった。男性なのに母性溢れる。
「ごめんね」とか「苦しいよ」とか言って、愛想笑いをしながら、でも、涙が出てきそうだった。
「まったくだ。大将がこれでは先が思いやられるなぁ」
上から声が投げられた。外からやってきた三日月さんは、縁側に腰掛ける。こちらを見ない。広い背中が冷たく思えた。次郎さんが私を抱きしめたまま黙りこくって何も言わないのは、結局、三日月さんがこの本丸で一番偉いから他ならない。
「失敗はあるだろう。痛手を負うこともある。痛いのは可哀相だからな。こうやって甘やかしてくれるやつがいてよかったな。部下から心配されて、慰められて、甘やかされて、嬉しいか?」
次郎さんの顔がこわばった。私の胃がキリキリいった。
「ここの本丸もたかが知れたな。やれやれ、老体は手を抜いて遊ぶか」
大きく伸びをする三日月さん。
「……気にするこたないよ。誰だって惚れてた人がいなくなったら悲しいさ」
「惚れ……」
惚れる? 惚れていた? なんとなく、そんな気にはなっていた。だけど、人からそう言われてしまうと、すごく恥ずかしい。きっと今までなら「ない」って否定していた気がする。今は、否定も肯定もしないで受け止める。
「……明日、再刃する」
「言われないとできないなんて、やっぱり、まだまだ、だな……」
もっと強くならないといけないのに。
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