▼ (2)馬当番
みんなの様子を見守るのは好きだ。楽しそうな様子は、見ているこちらまで楽しくなる。上司がいちいち監視をしているとなると部下は嫌なものかもしれないけれど。少なくとも私は嫌だ。
「やっほー! さーにわー! 見て見て! こっち見て! 俺見て!」
道場から加州君が思い切り手を振ってきた。上司と思われていないだけかも。
「えい」
安定君が極めてクールな表情で加州君のわき腹を竹刀でつついた。崩れ落ちるように膝をつく加州君。もしや鳩尾では?
「わっ……大丈夫?」
「少なくとも戦場じゃ死んでたね」
安定君はケロリと言い放つ。静かに見えて何をしでかすかわからないタイプなので要警戒だ。現状は謀反を起こすこともなさそうだし、加州君がストッパーになっているし、大丈夫だとは思う。……たぶん大丈夫。そういう分別はついている子のように思う。
「ひ、ひどくね……?」
加州君の潰れた蛙みたいな声。
「安定君は正論だと思うよ」
「俺のこと可哀相がってくれよぉ……愛されてない……」
「愛してる愛してる。超大好きだよ。がんばってー」
棒読みな私。
「ばっちり! がんばれるぜっ! オーラオラオラーっ!」
加州君は、ぱっと顔を輝かせて飛び起きる。張り切って竹刀を振り回し、安定君に叩き込んだ。
「チョロいなぁっ……」
若干押されてはいたけれど、安定君は皮肉をぼやきながらも見事に全て受けた上で効率よく受け流していた。
「これ、が! 本気だっ!」
一撃目で安定君の竹刀を叩き落し、安定君は「ってぇな!」とややキレ気味。
「これ、が! さっきの恨みぃっ!」
二撃目で安定君のわき腹を突いた。
「がはっ」と、今度は安定君がお腹を押さえて崩れ落ちる番。あーあーあー……なんてことを……。
「おっと、そうだ。今日は小夜と宗三が馬当番してるぜ。あっちも見てきてやってよ」
ふっと思い出したらしく、加州君が爽やかな笑顔を私に向けてきた。二人のことは気遣ってくれているらしい。ありがたい。
「そうだね、行ってくる。二人とも、練習だからほどほどにねー」
私も逃げ腰で笑顔を返した。そろり、と背中を向ける。
加州君が「うわっ」と悲鳴をあげた。安定君が何かしたらしい。
「っいったいなぁ! 何するんだよ!」
「ふ……はは……殺してやるよ! 子猫ちゃん!」
「くそー! オラオラオラオラオラオラァ!」
「オラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!」
後ろで繰り広げられる猛烈なオラオララッシュはいつものことなのでスルーだ。最初はすごいと思ったけれど、今はちょっと怖いだけなので見たくない。特に安定君が怖い。
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