とうらぶ 宗三 | ナノ



▼ (間章)かげろう

 静かな足音が聞こえてきました。さにわは、まるで柳の陰から姿を見せる幽霊のように青白い顔をしていました。二日ほどまともに食事をとらず、痩せたというよりやつれた様子。そもそもから細く小柄な方なので、このまま死んでしまわないか、と、見ていて心配になるほどです。

「……花、どう?」

 力は入らないようですが、それでも口調には気力が戻っていました。ようやく気持ちに一区切りついたのでしょうか。

「これから、ですね……毎日、少しずつ水をやれば、きっと咲きます」

 私は足元に視線を落とします。先日、気慰めで畑に種を植えました。芽が出るまでには起きてくるだろうと思っていれば、心は穏やかに保てると。

 さにわはしゃがみこんで、まだ何も姿を見せない地面へ向けて手を伸ばしました。

「咲けー」

「……何を?」

 数秒。返事はありません。少し頬が赤くなってきました。

「……意味のないことをしたいときもあるよ」

「はあ……」

 ときどき不思議なさにわです。ですが、穏やかながらも朗らかな気持ちになるので、好ましいです。

「少し、元気になられたようですね」

「うん……いつまでもへこんでいられないしね」

 そう言って、さにわは何かを思い出したのか、ふふ、と口の端にニヤけた笑みを浮かべて、頬を押さえました。満足そうにため息をついて、そのすぐ後、表情を暗く変えます。

「でも、まだ、怖いんだ。責任、重い。私が力不足だからこうなるんだって思うと」

 そして、ぽつりと。

「逃げたい」

 切ない声で呟きました。彼女らしからぬ芯の揺らいだ声は陽炎のよう。その輪郭を手で触れて確かめたら、そのままゆらりと消えてしまいそうでした。

「この世は地獄……和睦の道を探せども、見つかりません」

「うん……そうかもね……」

「ならば……あなたが逃げたいと言うのでしたら……私も、ご一緒いたしましょう」

 一体、この世のどこへ逃げると言うのでしょうか。他の刀剣たちはどうなるのでしょうか。全員が全員、争いを好まない平和な世界を目指すというのならば幸いですが。きっとそうはいかないとわかっています。

 それならば、さにわと二人で、全てを投げ捨てて、静かな場所でひっそり暮らすというのは。畑など耕して、花を植えて、動物を育てて。慎ましく穏やかに時間が過ぎていきそうです。それではまるで夫婦。きっと彼女は自分の子供にも小夜へ向けるような深い愛情を持つことでしょう。瞬間、白昼夢にとらわれて、意識がぼうっとしてしまいました。

「……へへ。駄目だな」

 彼女は妙に男っぽい笑い方をします。ずいぶんと久しぶりに聞いた気がしました。粗野で子供のようにも思えますが、かえって安心感があります。

「雪さんならきっと、そう言ってくれるって思って、私、こんなこと言ってんだ。甘えてるよね」

「甘え……ですか」

 甘えられる。悪い気は、しません。三日月さんでも次郎さんでもなく私を選んだ。そのことが心のとろけるような甘美な喜びをもたらしました。

「元気出た。きちんと働かないと!」

 膝を伸ばしてすっと立ち上がります。そして、フラリとバランスを崩しました。まっすぐ立てた竹箒が倒れるようで、あわてて肩を引き寄せて支えます。指先がふわりと沈む感覚に、力をこめるのが恐ろしくなりました。肉の下へ埋まった薄い骨が折れてしまう気がしたのです。

「大丈夫ですか?」

「あ、あはは……たちくらみ……」

 焦点のあわない真っ青な顔で、浅くゆっくりと呼吸をするさにわ。ぐったりと体重が腕にかかってきました。

 眩暈の抜け切らない気だるい笑みがこちらへ向きました。彼女は強いでしょう。でも、同時にか弱くて、一人では生きていけないのです。誰かが彼女を守らないとならない。

「ありがとう。もう大丈夫」

 こんなにも近くにいるのだと思うと、不思議と、もっと近づいて触れたくなりました。……同時に、宗三のことを出し抜くようで、心が痛みました。

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