とうらぶ 宗三 | ナノ



▼ (間章)元気になるおまじない

 竹刀を振り回していくら打ち込んだところで、実戦においての僕は短刀に過ぎない。広い合戦場で槍や大太刀にどうやって敵うというのか?

「くそ、くそ、くそ、くそ」

 叩き込む。叩き込む。叩き込む。叩き込む。跳ね返る。衝撃が手をしびれさせる。刀じゃないから、肉じゃないから、めり込んでいくことはない。どうせ僕の刀で叩ききることなどできるはずもない。

「はっはっは。威勢がいいなぁ。結構、結構」

 遠くない。すぐ近く。集中していたのか、それとも、相手が気配を消していたのか。ヒヤリとした苛立ちが腹の中で渦巻いた。

「あなたか。何」

 ゆったりとした出で立ちで、腕を組みながら笑う三日月。ほどほどに内番の手を抜いているようで、あまり作業着が汚れていない。

 こいつの顔を見るとむしゃくしゃする。大きな体、余裕ぶった笑み。――強いやつに、腹が立つ。嫉妬だ。他所から与えられたドス黒い感情が形状を変えていく。人が復讐談に美を見出すのならば、さにわは、僕の嫉妬に美を感じてくれるだろうか? そんなわけがないとわかっている。だから、自分がますます小さく思えて、どんどん嫌いになっていく。

「いや、きちんと話していなかったからな……宗三についてな」

 飄々としながらも、わずかに気を使ってはいるのだろう。声が潜められる。こいつに気を使われることが無性に気に食わなかった。どうあがいても嫉妬だ。

「あなたと話すことはないよ。元通りに打ち直されれば『最初の状態に戻る』。形が変われば『別人になる』。ただそれだけだ」

「ふむ、そうか。お前は聡い。心配もないか」

 徹頭徹尾ニヤついて一つ頷いたりする三日月。こいつは何かわざとらしい。勘に障る。

「だが、そう怖い顔を続けていたら、さにわが心配するぞ?」

「身内が折れたんだ。あなたみたいにヘラヘラできないだけだよ」

 皮肉を返しながら言葉をかみ締める。さにわが心配する。――確かに。

 さにわは僕と兄さんに負い目を感じてしまったようで、最近、ビクビクしていた。神経質で繊細な怖れだ。だけど僕は何にもできない。上手にさにわを励ますこともできなければ、まともに戦うことも大してできない。

 さっきから同じ顔をしているつもりだった。それなのに、こいつは見透かしたように鷹揚な笑みを浮かべる。

「そうか。俺は焦っているように見受けたが……見当違いだったかな。お前達兄弟は、優しいけれど、人一倍我も強いからな」

 嫌なやつだ。チ、と舌打ちをする。宗三兄さんも困った性格だけれど、こいつは嫌な性格のベクトルが違う。

「おい、一本、手合わせでもしないか?」

「嫌だよ。どうせ負ける」

「んん。らしくないな」

 三日月は、軽く小首を傾げる。

「今日一日、どんな手を使っても、俺に一撃を食らわせれば、お前の勝ちと認めてやろう。勝てそうな気がしてきただろう」

「……勝っても嬉しくないよ」

「なるほどな。じゃあ、さにわを喜ばせる方法を教えてやろう。それも、ものすごーく、簡単にな」

 きっとこいつは、さにわと僕達がギクシャクしていることを見越した上で、そういうことを言っている。超越的で本当にムカつく。しかし。

「……嘘は言わないね?」

「はっは。勿論だ。止まった的よりは面白いはずだぞ」

*****

 笑って擦り寄って頬に口付け。……なんだか馬鹿みたいな答えに思わず脱力してしまったけれど、ここに来てしばらくの頃の僕みたいにビクビク顔色を伺ってくるさにわと一緒にいると、阿呆な話が頭の中でぐるぐる回った。

「さにわ」

 笑うのは無理だ。愛想なんて振り方をしらない。ただ擦り寄っていって、頬に唇をぶつけてみた。さにわは甘い匂いがして、肌がすべすべしていて、必要以上に近づくのはとても緊張するし、だけど、一回触れると離れがたい。

「さにわは僕が守るから。……お願いだから、もう泣かないで」

 散々言葉で庇っても、さにわは罪悪感でとても卑屈になっていたから、どう言っても悪い方向にしか受け取らなくなっていた。だから、そうとしか言えないし、結局のところ、気持ちはそこに収束する。

「……ありがとう」

 わっと抱きつかれる。力いっぱい抱きしめられる。ふるふると体が震えている。どうやら泣いているらしい。手を伸ばして、頭を撫でてみる。いつもと違って、今は、僕がさにわを励まして、傍にいて、何かをする方なのだ。何をしたらいいかわからない。ただ、さにわにそうされると嬉しいから、頭を撫でる。

 だけど、宗三兄さんが同じことをやったら、きっと、こういう風にはならないのだろう。江雪兄さんも、三日月のじいさんも。そう思うと悔しくて、どうして自分は幼くて小さいのだろうと、どうしようもないことにむしゃくしゃしてイライラした。僕が大きければ、もっと違うはずだ。

 もしも記憶がなくなっても、せめて脇差くらいまで大きい刀にしてもらえるというのなら。僕はどうするのだろうか。――そう考えたら、宗三兄さんが哀れになった。こんな幸せな気持ちを忘れてしまうなんて。そして、とても、うらやましい。こんな切ない気持ちを、永遠を信じられない恐怖を忘れることができるなんて。

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