▼ (間章)細い線
手入れ部屋の数は限られている。どうにも僕等は持ち主の関連か二人一緒に見られがちで、加州と同時にぶち込まれた。怪我は痛いし、褒められる戦績ではないし、気が張ってイライラして空気が肌を刺してくるようにピリピリする。それは僕の機嫌が悪いせいか。いや。どうしてそんなに僕のせいにしたがる? いつもはお喋りな加州が黙っているせいだ。仕方ないから、僕から話を振ってやる。
「宗三は折れたけど、僕はそんなに自分を悪いとは思っていないよ」
「みりゃわかる」
「冷たいとか思ってる?」
「……いや。刀は消耗品だよ」
口先で切り捨てるように加州は言った。痛みのせいか、顔がぐっとしかめられた。その痛みは僕の痛みではない。しかし、ボロボロになるまで使われて幸せだったか? なんて、聞けない。
加州の最後まで、沖田君は一緒にいた。沖田君の最後まで、僕は一緒にいた。沖田君は悩んで悩んで心底惜しんで加州を捨てた。沖田君は足掻いて足掻いて、だけど病には敵わずに死んでいった。見送られる方と見送る方。どちらが苦しいのだろうか。僕は加州がうらやましいのかもしれない。そして加州も僕がうらやましいのだろう。
「それに俺ら、今はいくらでも打ち直しできるんだろ。俺は必要なら折れたっていいよ。痛いのもボロボロになるのも嫌だけど……さにわなら、きっと、どうなっても、俺のことを大事にしてくれるもん」
加州はうっすらはにかむ。僕は靡き易い加州を横目で冷たく眺める。
「……僕は折れたくない。ボロボロになって捨てられるような惨めな最期は嫌だ」
途端に加州の顔色は真っ白になってしまった。返事はない。そう思っているからだ。反論すらしてこない。本当は僕がそう思っていないことを知っているからだ。優越と嫉妬が心の中で渦巻いている。加州には優越感はないだろうけれど、その代わり、哀れみのようなものがあるかもしれない。
僕は頭を抱える。切られた頬の傷がチリと痛む。大したことじゃない。
「大事にするって、なんだろう。愛するって、何だ。僕ら、どうされたときが、一番そう思っていたんだろう」
こちらを見もしない加州は、暇そうに毛先を指先でいじっている。暇なんかじゃない。イライラしているのだ。
「聞くなよ。お前だってわかってるだろ」
そうだ。わかっている。ただ使われるだけじゃない。ただ愛でられるだけじゃない。沖田君の手から一つ繋がりに僕が存在しているような一体感。沖田君の意思の先に、手の先に、技術の先に、僕が存在している。僕はただの人殺しの道具じゃない。たとえ人を切るための存在だとしても、その人殺しの先に、確かに信じているものがあった。だから僕という刀はどんどん冴え渡り鋭く研がれていった。大和守安定は沖田総司の愛刀である。沖田君の意志を誰よりも忠実に写した刀なのだ。その満足感が、僕にとっての愛。
「さにわは沖田じゃない」
言い聞かせるように加州は言う。馬鹿なことを言う。その首を叩き落とすことを薄っすら考えてしまうほどだ。
「知ってる。さにわが沖田君なわけがない」
「さにわにはさにわのやり方がある。俺は、嫌いじゃない」
「沖田君はもっと僕のことを上手に扱ってくれた」
「愛情不足なら泣きついてこいよ。今ならなんでも許してくれるよ、たぶんね」
「なんでも、ってなんだよ。僕がそんな情けないことするとでも言いたいのか」
「今、十分情けなくね。マジウザいぞ」
うるさい。……言い返せない。僕は奥歯を食いしばる。加州の涼しい横顔が気に食わない。神経を逆なでしてくる。
「お前、誰に嫉妬してんの。ジジイ? 小夜? 宗三?」
「……そんなのわかんないよ」
「そっか。自分にイラついてるわけだ」
加州は一つ頷く。今度は指に髪をくるくる巻きつけて遊んでいた。唇が尖っていた。僕は頭を抱えて背中を丸めている。
「……僕は、彼女にとって、いい刀なのかな」
「さあね。直接聞いて解決するなら、聞いてみれば」
加州はふっと息を吐き出した。さにわには絶対に見せないような暗い顔をして、俯いた。
「沖田のこと忘れたら、俺ら、楽になるのかな」
「そんなの僕らじゃない。大和守安定じゃない。加州清光じゃない。だって僕らは沖田君が使ってこその僕らなんだ。こんな扱いづらい刀、沖田君くらいしか扱えない」
「知ってる……知ってるよ……」
そうだ。口に出す必要のないことをわざわざ声に出して再確認をするだけのつまらない会話だ。聞きたくなければこれ以上、聞く必要はないだろう。加州は額を押さえて声を潰す。
「……だけど、俺は……さにわのこと、大好きだよ」
「わかってるよ! 僕もだよ!」
さにわは一生懸命にやっている。計算高くても人を心配する気持ちは嘘じゃない。時々、女性として可愛らしいこともある。できる限りの応援はしたいと思う。しかし、きっとこれは人間の情。僕らは刀だ。
「「でも」」
声が重なった。視線を合わせて顔を歪める。笑うに至らない。言うまでもないことだった。
僕らは刀で、人間として生きようとする自覚には欠けていた。
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