とうらぶ 宗三 | ナノ



▼ (20)戦

 獅子王は隊長をやりたかったみたいなので不満そうだったが、それ以外の面はみんな納得してくれた。戦の出立の見送りは、お留守番の小夜君、江雪さん、歌仙と一緒に。

 しばらく避けていた宗三にはどう対応していいかわからないままだったけれど、ほかの皆への挨拶にまぎれてしまうならば、大丈夫、たぶん大丈夫。からかうような笑みをご指名でいただいてしまったけれど大丈夫。

「どうぞ戦績をお楽しみに」

「いやぁ、雅だな」

 顎に手を当てて歌仙が頷いた。

 お前に言ったわけじゃない、と、宗三が思い切り顔をしかめた。気がついたのは三日月さんと小夜君だけらしい。三日月さんは肩を揺らして忍び笑い、小夜君は呆れた目で歌仙を見上げた。

 宗三は、不機嫌そうにフンと鼻で笑い捨ててそっぽを向く。不意に、最初に会ったときのことを思い出す。そんなに前のことでもないはずなのに、なんだかとても、懐かしく思えた。


*****


 小夜君と江雪さんには、手薄になりがちな周辺を見張ってもらうことになった。小夜君と歌仙は顔見知りらしいのになぜか空気がギスギスするので一緒にできない。江雪さんと歌仙は可もなく不可もない、けれど、二人ともズレているところがあるから心配だった。……幼い小夜君が一番しっかりしていると判断する私も私だけれど。

「たまにはこうしてのんびりするのもいいね」

 執務室で茶を飲む歌仙。開け放った外の景色を眺めてまったりと微笑んでいる。倒れてから態度が柔らかくなった。少なくともわがままを言って突然キレることがなくなったのでほっとしている。

「皆が働いているときに堕落を貪る……これもまた雅だ。趣があるなぁ」

「ちょっと経ったら暇に飽きてね。頼むからさ」

 こいつニートになりそうだ。こちとら連絡待ちでピリピリしているのに嫌になっちゃうな。優雅過ぎて腹が立ってきそうだ。

「まあまあ。そんなに怖い顔をする必要もないだろう。貧相に見えるよ」

「喧嘩売ってんのかい……? 優しいさにわちゃんもそろそろ怒っちゃうぞ?」

「主は少し怒りっぽい。女性らしく心を穏やかにしてみたらどうだい?」

「……君がそれを言うかなぁ?」

「皆も僕と同じように思っているさ」

 うーん。前言撤回。喧嘩を売っているつもりではないということは、歌仙の顔色を見ればわかるけれど。なおさら質が悪いね。

 頭から噛み付くように暴言を吐いて喧嘩を買ってやりたいところだが、今は他にかばってくれる人がいない。プッツンされても困るので、ぐっとこらえよう。唇を結ぶとへの形になってしまった。まったく。

『大和守だよ』

 不意な通信に「ん」と口から声を漏らしてしまう。頭を切り替えて『はい、お疲れさま』と答える。

『敵六体。跳び物いっぱい。小賢しい蚊だよ。払い落してやる』

 安定君の声が鋭い。舌打ちするような苛立ちを感じる。どうやら鉄砲の硝煙が気に障るらしく、ツンとした火薬の香りと、ビリビリした鼓膜の感覚が伝わってきた。神経がざらついた布に包まれるような不快感。

『了解。気をつけて』

 手元にメモを取る。

「六体で銃装備だって。敵さんも本腰入れてきた感じ」

「品のない話だね」

 何をどう表現したいのかわからなかったけれど、相手に対しての不愉快さを示しているらしい。歌仙は眉をひそめた。

『大和守。敵六体。跳び物ばっかり。ムカつく』

『了解。落ち着いて、深呼吸ね』

『わかってるっ!』

 イラついたような短い返事。ダメージは感じないけれど、思うように行かない内面の焦りが伝わってきた。苦戦している。相当強い敵なのだろう。

『三日月さん、安定君が不安定。フォローお願いします』

『あいわかった。安定、加州、宗三が、少し押され気味だな。相手の一撃が大きいぞ。一発食らったら途中でも退陣したほうがいいかもしれない』

 三日月さんの言葉はゆったり落ち着いている。こちらまで落ち着いて、一息つける。冷静な分析も助かる。あぁ、この人がいてくれてよかった。

『了解。気をつけてください』

 ふぅ、と、息を吐き出す。楽な戦場なんてどこにもないけれど、なんだか嫌な予感がする。せっかく精神的なゆとりをいただいたのに眉間に皺が寄る。

「厳しそうかい」

「うん。ヤバイっぽい」 

「……力になれないのがもどかしいね。別に君のためでもないけれどね。刀の本分だ」

 肩をすくめる歌仙。

「何を。君も力になっているよ。小夜君も江雪さんも」

 私は小さい声で答える。全員が戦場にいなくてもみんなで戦っている。誰か一人でも近くについていてくれないと、何かあったとき困ってしまう。片手落ちになる可能性があるから見回り遠征も必要だ。誰一人として余らせてはいない。むしろ足りないくらいかもしれない。

『くそっ!』

 ぎいんっと安定君の声が響く。私は思わず呻いて息を詰まらせる。

『装備をあらかた持って行かれた! 畜生! 片っ端から首を叩き切ってやる!』

 感情が荒い。少ししんどい。『お願い、落ち着いて、慎重になって』と語りかけると、逆ギレしたようにブツンと通信を切られてしまう。だが、続いて不安そうだけど落ち着いた感情が流れ込んできた。

『こちら加州。じいさんと次郎が安定に装備あげたから静まった』

『了解。助かった。進めそう?』

『一応大丈夫かな。ただ、さっき宗三が食らってるみたいに見えたよ。強がって状態がわかんない。聞いてみて』

 あまりこちらだけに集中することもできないようだ。加州君は手短に言葉を切る。イライラしやすい宗三に接続できるかと疑問だったけれど、あっさりつながった。その上で右腹が斜めにまっすぐ痛くなる。切られている。

『宗さん、怪我してるでしょ!』
『こんなもの怪我に入りません』

 ツンとした口調には意固地さが満ちている。心の焦りまでが伝わってきた。今ここで引いてしまったら使えないと思われてしまう。戦果をあげなければ見捨てられてしまう。そんな恐怖感が根っこにある。

『駄目だよ! 痛いから帰って!』

 そんなことない。そんなことないよ、と、心で伝える。それでも従わないのは彼のプライドだった。ずっと戦うことがなかったからこそのプライドだ。恐れだ。

『僕はそんなにヤワでは……』

 きつく言い返される。問答が無駄だと気づく。撤退命令だ。宗三は押さえつけてでも退陣させろと指令を出そう。

 意識を集中させる。同時に全員へつなぐのは少ししんどい。一呼吸をして――何事も、起こるときは一瞬、なのだと知る。

 ブツンと大きな血管が切れるような感覚。意識がブラックアウトする。


*****


「まぁ、結果的にはよかったんじゃないですか。後腐れがないでしょう」

「二度焼けて、再刃されて、でも、その次はない。あぁ、これで自由です」

「あなたを失う恐怖からも自由になる。これでいいんです」

「ですが……目覚めたら僕を再刃しなさい。なに。そのときにわかることでしょう」

「僕は手元に置くだけでも箔がつきますよ。どうぞ、末永く……」

「……愛想を尽かさないでくださいね」


*****


 歌仙に抱え起こされていた。ずっと呼ばれ続けていたようでさにわさにわと鼓膜が揺れ続けていた。目を開けると、歌仙はホッと肩を撫で下ろして表情を緩めた。

「よかった……この間みたいになったらどうしようかと……」

 彼なりに心配してくれているのだ。初めてのお留守番任務が心細かったのかもしれない。……私が頼りないから?

 頭が働かなくてぼうっと見つめ返してしまった。何が起こったのかよくわからない。体が酷く重くて、手すら持ち上がらなかった。

『さにわ。宗三が破壊された。大将を片付け次第、帰る』

 三日月さんの低い声が鋭く響く。いつも飄々としている人なのに、怒っていることがあからさまに伝わってくる。きっと面と向かったら怖い形相になっていることだろう。

 私は気力をふりしぼる。

『そのまま帰ってきて』

『断る。俺とて宗三を無駄にするつもりはない。今は殺る気だ。任せろ』

 断固とした意思。

 私じゃ制御不能だなぁ。そもそも、三日月さんみたいな人を制御しようとするのが間違いか。隊員を死なせた上に暴走させてしまうなんて……ぜんぜん駄目だ。

「おい。どうしたんだい。……大丈夫か? おい」

 歌仙が肩をゆすってくる。私の反応がぴくりともないからだろう。息をすることすら苦しくて、少し力んだら、涙が溢れてきた。


*****


 第一部隊よりも先に遠征部隊が戻ってきた。

 小夜君はしばらくぽかんとしたあと、俯いて肩を震わせた。床にはたはたっと涙が落ちていった。

 江雪さんは厳しい表情のまま、つっと頬に一筋の涙を流した。

「だから戦いは嫌いなんです」

 鼻のつまりそうな掠れ声でつぶやいて、黙り込んでしまった。

 私は地面に頭を擦り付けて謝った。謝っても謝っても謝りきれない。それでも彼らは、私に顔を上げて欲しいと、仕方のないことだと、許してくれた。責められるほうが楽だなんて、知らなかった。

「……復讐」

 小夜君がポツリとつぶやく。刀を握って、駆け出さんばかりにギラギラと目を薄暗く光らせていた。

「仇討ちだ……殺さないと」

「お止めなさい」

 薄い肩を掴んで引き止める江雪さん。今、言葉だけでは小夜君を止められないことに気がついているのだろう。放っておけば弾丸のように飛び出していって、袋叩きに合ってしまうかもしれない。それだけは絶対にいけない。

「あぁ。復讐は必要ない。俺達が済ませてきたぞ」

 いつもの安心する声。強い人の声。いつ戻ってきたのか、今さっきか。三日月さんが穏やかさの潜んだ険しい顔でこちらへと歩いてくる。華やかな狩衣のあちこちが切れ、血が飛び、泥で汚れていた。怖い表情をしていると本来持っている美しさが研ぎ澄まされて恐ろしいほどに圧迫感を与える。思わず萎縮してしまう。

「傷の深い連中は手入れ部屋に入れておいた。審神者から来てくれ」

「ありがとうございます。本当に……お疲れ様です……」

 言葉がまともに出てこなかった。冗談抜きでダメージを受けているんだなぁ、と、実感する。喋ってもお腹に力が入らない。

「俺も休む。ただ、先にこれだけは渡さないとな。手を出せ」

 怒っているわけでもないのに、三日月さんから顔の鋭さが抜けない。きっと今、笑える人はいない。

 私は言われるがままに両手を出した。深紫の生地で風呂敷包みされた、それ。ずしりと重たくて、中から、鉄の擦れる音が聞こえた。


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