▼ (16)安定
ご飯の後に眠り薬を飲ませた。これで明日の朝までぐっすり眠れることだろう。「起きたらきっと元気になるね」なんて言って、眠るまで傍についているのは、なんだか心穏やかなことである。
「僕等も夕飯だよ」
安定君が呼びに来てくれた。ぽんぽんと小夜君の布団を撫でている私に呆れ顔を向けてくる。
「ずいぶんと大きなお子さんをお持ちで」
「うちのこ可愛いでしょ……なんちゃって」
これくらいの毒は冗談の内だ。けろりと笑って乗っていく。江雪さんは目と眉を離したぽーっとした顔でやり取りを眺めていた。
安定君は、やれやれと肩を竦めて鼻からフッと短い息を吐き出した。何かを言おうと口をわずかに開いたとき、江雪さんが言葉を重ねてきた。
「……もしや審神者は……左文字に、嫁ぐ気では……?」
まじまじ真顔で尋ねられてしまった。ま、まぁ、義理の姉になれば『うちのこ』というのも大きくは間違っていないだろうけれど……些細だが、左文字と家名にあたりそうな言葉を使ったことが引っかかってしまう。
「はあ?」と不愉快そうに一蹴する安定君。言葉をさえぎられたのがよほどカチンと来たようだ。怒らなければ物静かだけど、気が強いことには変わらない。
「彼女、八方美人だから騙されない方がいいよ」
「おぅ……そういう言い方しなくてもいいんじゃない?」
「それ以外になんて言えばいいかわからないよ」
クールに鼻で笑われてしまった。これこそ、そういう言い方しなくてもいいんじゃない? だよ。江雪さんは軽く口を開いてぽかーんとしている。
「まったく、人の鼻をつねるし、寝てろって言ったのに起きてくし、僕も加州もすごく心配なのに……付き合いきれないね」
安定君は、照れたようにモゴモゴと言葉を潜めた。だけどはっきり耳に届いてくる。視線がそっぽを向いた。
「さっきはごめん。みんな心配するから、もう倒れないでよ」
「うん。私も、ごめんね。もう倒れないって約束するよ」
「裏切りは士道に背いたとして切腹だからね」
睨むように釘を押されてしまった。けれど、照れ隠しだということもよくわかった。
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