とうらぶ 宗三 | ナノ



▼ (12)起床

 瞼を上げると、泣きそうな安定君が大アップだった。

「うわっ」

 思わず布団を上げて身を隠してしまう。びっくり。

「さにわ、大丈夫? 本当に貧血なだけ? 変なところない? ちょっとでもおかしかったら言ってよ! 大きな病気かもしれないじゃないか! 医者を呼ぼう! 病気なら早いうちから対処しないと!」

 安定君の声はちっとも落ち着きがなかった。布団越しにわんわん降りかかってくる大声。ゆっくりと鼻の上まで布団の境界を下げる。安定君の顔色は真っ青だ。きっと思い出すことがあるのだろう。ついつい愛想笑いに似た苦い顔をしてしまう。

「大丈夫。心配かけてごめん」

「本当に? 咳は出ない? 胸は苦しくない? お腹はどう? そうだ、女の子はそういうところの病気が……」

「安心してよ。病気じゃないって」

「さにわは無理するところがあるから! 手遅れになってからじゃ遅いんだよ!」

 がっと、押し付けるように力いっぱいに肩をつかまれた。普段は一歩引いているやつがここまで錯乱するなんて、可哀相な限りである。安定君は可哀相だと思うけれど、やっぱり表現のいちいちが私にとっては怖いものだ。真っ青な顔は怖がっているのか怒っているのかわからない。

「ウザい! 落ち着けよ! さにわ、困ってるだろ」

 加州君が安定君を掴み、私から引き剥がすようにとめる。あまりにも安定君が前のめり過ぎて居たことに気がつけなかった。私はホッとして息を吐く。引きつってしまった顔、ごまかすように頬に手を当てて押す。

 唇をむっと結ぶ安定君。細い神経が彼の目つきを鋭い敵意へと変えてしまう。

「お前は捨てられたからわかんないだろうな! 捨てられたから捨てることだってできる、主だって簡単に変えられる!」

「……うるっさいな! さにわにお前の不安を押し付けんなよ!」

「黙れ! 沖田君の悔しさを知らないお前なんかに――」

 私は体を起こした。安定君のツンとした小さい鼻を摘み、左右に振る。元気なときなら殴っていたけれど、今はこれが全力だ。

「んーっ」と安定君が呻いた。加州君は眉間に皺をぎゅっと寄せ、暗い顔をして俯いていた。

「二人とも、私の大事な仲間だよ。喧嘩しないで」

「ごめんね」

 最初に謝ったのは加州君だった。はにかんだように笑ってはいるけれど、あんなことを言われて傷つかないわけはなく、悲しそうに眉が下がっていた。

 安定君の鼻を離してあげたら、両手で押さえて黙って睨みつけられた。だけど、バツが悪そうだ。

 安定君にとっての沖田総司は、絶対だ。死んでからこんなにも長い時間が経っているのに、ずっとその背中を追い続けている。きっと志半ばで倒れたからこそ、最後まで共にいた彼に色々な思いが乗り移っているのだろう。私もまた、彼等の誰にとっての絶対になってしまうことはあるのだろうか。なんだかそれは呪いみたいだ。

「……落ち着いたかい。まったく感心しない連中だ。これだから野良者は……おっと君達は身ボロの壬生浪だったか」

 いたのか歌仙。疲れた様子だ。ずっとついていてくれたのだろうか。

「歌仙、後で道場裏に来い。後でな……殺してやるよ……」

 安定君が地の底から響くような低い声で言った。人一倍おしゃれに気を使っている加州君もプンと唇を尖らせる。まったく……歌仙に悪気があるのかないのか……自分に素直なんだろうけど、頭の痛い問題児だ。

 フン、と軽くあしらうように鼻で受け流すと、歌仙は私へダルそうな目を向けた。

「帳簿は終わったよ。計算ごとは苦手なんだけどね……ああ疲れた。まったく憂さ憂さする仕事だよ」

「……え、やだ。本当? ありがとう」

 私は目を丸くして礼を言うが、歌仙は肩をすくめるだけだ。恩を着せたいのかそうじゃないのか、はっきりしてくれよ。たぶんいい人なんだろう。話を切り替えるように人差し指を立てて無意味にゆらゆら振る。

「じいさんが君の代わりに指揮をとっているよ。さすが長老というところだ。小夜は大怪我して帰ってきた。たぶん、まだ寝ているだろう」

 伺うような視線を向けられた。駄目だ、気持ちが明け透けになってしまう。表情を作る余裕がない。眠ってから起きるまでの一連が鮮明に頭の中で立ち上がってくる。……そういう夢を見た。小夜君の見ている夢を私も見た。

 私はさっさとすることをしなくてはいけない。

「わかった。小夜君のところに行ってくる」

 体は薬が残っていてダルイ。頭もモヤモヤしていて、立ち上がるのにも、もたついてしまう。しかしこれしき大したことではないのだ。

「まだ寝てなよ」

 安定君が不安定に引き止める。加州君が追いかけて「俺もその方がいいと思う」と頷いた。歌仙はあまりよくない物思いに耽るように、眉間に皺を寄せてそっぽを向いてしまった。

「もう大丈夫。大丈夫だから……ありがとう」

 笑ったつもりなのに、どうやら私は有無を言わせない強い口調になっていたようだ。強がっていたからだろうか。二人はそれ以上何もいえないように困った顔をしてしまった。安定君と加州君は、一緒においておけば大丈夫だろう。喧嘩をしながらも、なんやかんや一番の理解者なのだ。

 立ち上がる。呼ばれているのだ。行かなくちゃ。

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