とうらぶ 宗三 | ナノ



▼ (11)遠征

 次郎さん隊長部隊と、左文字兄弟部隊が、それぞれ遠征。左文字連中は兄弟だけでゆっくり話す時間が必要だろう。せめて小夜君が少し落ち着くくらい彼らの間で信頼を築いてくれたらいいと思う……私は好かれなくてもしょうがない。

 本丸はとても静かになるはずだった。

「僕に馬当番は向かないと思うんだ。イメェジじゃない」

 一語一語を強調してものすごく嫌がってきた。最近は欧風な言葉が彼の中の流行らしいが、なぜか筋肉文系が使うと滑らかな横文字もまっすぐで硬い響きになる。作業着の歌仙君は前髪をあげていた。普段は格好つけて下ろしているけど、実際はうざったいのだろう。戦う時に目へ入ったら困るから切ればいいのに。

 提出する書類と向き合っていた私は、ペンをおいて一旦仕事を中断した。真面目な顔で直訴する彼へ、なるべく神経を逆なでしないように穏やかに微笑みかける。

「馬の手入れは武士的で素敵じゃないかな?」

「小姓にやらせるべき仕事だろう」

「馬の瞳はきらきらしていて趣があると思わない?」

「臭くて汚いけどね」

 ああいえばこういう。切って捨てるように短いセンテンスで返されると、どんどんイライラしてきてしまう。こちとら落ち込むことが続いた上に、審神者以外の仕事がたまっているのだ。進展報告と戦闘計画と経理事務までやっているのだから少しいたわって欲しい。特にあまり好きじゃない経理事務をやっているときは特に優しくして欲しい。

「おじいちゃんも馬当番をやる。みんな平等。平和。万歳」

「僕はちっとも平和ではないね。そんなことよりも次郎達と遠征に行きたかったよ」

 テメーの実力を省みてくれ。まだ第一線で活躍できる練度になっていないんだよ。

「……いいから黙ってやれ」

 思わず中指を立てそうになる。いけないいけない。睨みつけるだけに留まる。

 鋭い目で睨み返される。身長がとても大きいという感じではないけれど、加州君に比べると筋肉質だ。筋肉のある男性は怖いから若干苦手である。しかもこいつは安定君と違う感じで唐突にキレるからちょっと怖い。反面、憎めないところもあるのだけれど。

「悪いが僕は君のことを主と認めていないんだ」

「じゃあどう思ってんの」

「田舎者の小娘」

 歌仙は真顔だ。

 ……カッチーン!

「うるさい勘違い文系。器が小さいな」

「……なんだと?」

 歌仙の声が一つ低くなった。うっかり売り言葉に買い言葉をしてしまったけれど、こいつに対しては危ないことだとハッとする。眉間へ影ができるのはキレる前兆だ。こいつは一度キレると気持ちが落ち着くまで暴れるタイプである。私がびくついても顔色を読んで手を抜く冷静さがない。

 ふと視界に飛び込む、ゆったりとした動作の人。作務衣姿のバンダナを巻いた三日月さんだ。農作業用の手袋が作務衣の前をとめる紐に引っかかっていた。

「お、おじいちゃーん! こっちこっち!」

 私は助けを求めて立ち上がった。そのまま駆け出して、飛びつくように三日月さんの背中へ逃げ込む。でかい! 強い! 安心感!

「あっはっは。また喧嘩か」

 そしておおらかに笑い飛ばす穏やかさ。多少のセクハラ癖も許容できる。三日月さんが手元にいてくれるのならば接待でお酌をする程度安いものだ。

 それに比べてプッツン歌仙は。尖らせた目で睨み付けてくる。

「『勘違い文系』やら『器が小さい』やら……許せん! 首を差し出せ!」

「事実は時として残酷だからな。どうせお前が先に何か言ったのだろう」

 三日月さんは仕方ないように笑って素直に酷いことを言った。これだけ強いと嘘を吐く必要がないんだろうな。

「『田舎者の小娘』って言われた……」

「あっはっはっはっはっは!」

 心底おかしそうに笑い飛ばされた。そんなに笑わなくたっていいじゃん……泣いちゃうぞ。

「まぁ、風流坊もあまり器の小さいことを言ってやるな。男は大きいのが一番だぞ、何事もな」

 ……下ネタ? 言う人が三日月さんだからか、なんだかいやらしく聞こえてしまう。わざわざ口に出して墓穴を掘るような真似はしないけど。

「我こそは之定が一振り、歌仙兼定なり……侮辱する者は誰であろうとも万死に値するぞ!」

 作業のときは刀を持っていないのが救いか。三日月さんは私に軽く振り返って「離れていろ」と言い、すっとファイティングポーズをとった。

「ははは。よいよい。ちょいと稽古をつけてやろう。かかってこい」

 型通りの道場剣術は知っていたが、チャンバラって実戦では刀を振り回すだけじゃないらしい。加州君と安定君の喧嘩は最終的に殴り合いに持ち込まれるし。だからといって三日月さんの拳ファイトが見られるとは思わなかったけれど。庇ってくれたのは嬉しいけれど、話が面倒臭くなった気がする。

「もーっ……!」

 気の進まない嫌いな仕事が更に進まない。地団太を踏みたい気分だ。すると、三日月さんが振り返った。

「さにわもそうカリカリするな。月のものか?」

 ゆったりとした微笑みが、デリカシーのない最低なことを言い放った。私、泣いていいかな……。

「女性に対してなんてことを……」

 流石の歌仙もドン引きして冷静になったらしい。さっきまで赤かった顔が、途端に青くなった。こういうところは実に望ましい感性なんだけどなぁ。なんだろう、私達、気が合わないから喧嘩しちゃうのかな……どうにも最近うまくいかない……。

「あー! もうやだー! 審神者やめるー! やだー!」

 駄々っ子のように泣き言の一つも出てしまう。膝を抱えて丸くなる。おやおや、という視線が二人分向けられていることが空気でわかった。審神者だって拗ねるよ、人間だもの。嫌いな仕事だって、言われて嫌なことだって、うまくいかないことだって、あるよ。

『――――――』

 ――不意に、ザザッとノイズのようなものが流れ込んできた。ノイズのようなものと私が置き換えただけで、本質は違う。とても悲しい、ささくれ立った誰かの感情だ。

「うっ」

 ガツンと頭を殴られた気分。額を押さえる。気を張って拒否しようとしたけれど、気が弱っていたせいか、それとも相手の力が強いせいか、飲み込まれてしまった。

『――わ――にわ、さに――、いやだ――すけ――』

「……ぐっ、ぇ……」

 体が痛い。お腹がものすごく痛い。刺されて、抜かれて、ビリビリとした冷たい痛みの後に、燃えるような苦しみが襲い掛かってくる。吐き気がせりあがってきた。しゃがんでいるにしても、とてもバランスなんてとっていられる状態ではない。膝をついて、こらえきれずに地面へ転がる。

「ど、どうしたんだい!?」

「心配するな。ひとまずは布団まで運ぼう」

 駆け寄ってくる歌仙に、三日月さんは落ち着いているけれど厳しい声を返す。転がる私の肩を抱き起こしてから、膝の裏に腕を通してお姫様抱っこをされた。だけど辛すぎて感情的な感傷なんか持てない。

「さ、され、た……」

 小夜君が刺された。はっきりわかった。どんなにボキャブラリーを増やしても形容できない小夜君の凶暴なくらい悲しくて辛くて暗くて黒い寂しい気持ちまでわぁっと一緒に飛び込んできたのだ。左文字兄弟はピクニック遠征だったけれど、確実に敵と出くわさない、ということはない。

「刺された?」

 ピンと来ないのだろう。歌仙は顔をしかめて聞き返す。

「あいわかった。おい歌仙、水に溶かした眠り薬をもってこい。それから手入れの手配だ。よろしく頼む」

 のんびりした三日月さんに似合わない、てきぱきとして無駄のない指示だった。きっと間違いがないと思わせる貫禄がある。歌仙は意図を測りきれずに目をぱちくりさせていたけれど、一つ視線を送られたら「わかった」と頷いた。

 歌仙は再度頷いて駆け出す。三日月さんはあまり揺らさないように私を部屋へ運ぶと、一旦畳に寝かせて、布団を敷いてくれた。布団に運んでから、小さい声で問いかける。

「誰だ。答えられるか」

「……さよ、くん」

「左様か。まだ痛いか」

「どんどん、痛く、なって、るっ……!」

 じりじりとした痛みが臓物を燃やす。冷や汗と涙と涎がだばだば溢れてきて、今、自分がどんな顔をしているかわからない。

「そうか。辛いな。しかし小夜が帰ってくることの証明だ」

 三日月さんはバンダナを外して、私の汗や涙をトントンとぬぐう。自分ではどうしようもできないくらい辛かった。小夜君はこれだけ痛くて、苦しくて、とても悲しくて、無力感で胸がいっぱいになっている。

「一度はあると思った。思い入れが過ぎるんだ」

 口調は厳しい。瞳には、哀れみが満ちている。三日月さんの気持ちは、私を肯定したいのか、否定したいのか、どちらか取りきれない。私が痛みにもだえているからわからないだけなのかもしれない。

「いいか。かみ締めろ。これが優しさの代償だ。刀は刀なりの人生を歩いている。俺もそうだ。主人との関係も色々ある。わかるだろう。小夜、宗三、加州、大和守、やつらはみんな主に満たされない思いを持っていて、それぞれ、埋めあわせをしようと必死だ。だが、その隙間にぴったり入ってしまうと、こういうことが起きる。あくまで刀は刀、道具だ。俺達を、持ち主を食ってしまう妖刀に変えてくれるな」

 私は辛い。小夜君が辛い。そして、三日月さんも辛い。体も心も辛いから、そのことだけは共感するようにわかった。言わなくていいなら、厳しいことなんか言いたくないのだ。なんで私ってばそんなことを言わせちゃうんだろう。こんなすごくて優しい人を悲しい気持ちにさせてしまうんだろう。自分が嫌いになりそうだ。

「薬、持って来たぞ!」

 歌仙が障子をうるさく開けて飛び込んできた。こんな風に声をひっくり返すなんて珍しい。本当に心配してくれているんだろうなぁ。

「ご苦労……さあ、さにわ、これを飲め。夢見は悪いかもしれないが、寝てしまったほうが楽だろう」

 三日月さんは小さな器を差し出す。半濁した一口程度の液体。私は枕に頭を擦り付けるように首を振った。

「小夜君、苦しいのに……私だけ……嫌……帰ってくる、まで……」

「まずはお前の体を労われ」

「嫌だ」

 はっきりした声が出た。今が小夜君との信頼を取り戻すチャンスだ。私は命を懸けると宣言した。殺されず、死なず、証明できるはずだ。

「お前はここの大将だ。わきまえろ」

 有無を言わさぬ厳しい口調だった。顔を見る元気がないことが救いだった。私は黙って首を振る。駄目だ。小夜君は辛くて苦しいのに、私が寝て逃げてしまうことなんてできない。あの子を一人になんかしたくない。小夜君がはずっと私のことを呼んでいる。きちんと迎えて抱きとめてあげなくちゃいけない。

「やむを得ないな」

 三日月さんはおもむろに薬を口に含んだ。そして、片肘を私の顔の横に立てて、もう片手で私の顎を掴んだ。

「い、一体何を?」

 私の代わりに歌仙があわててくれた。私はそれどころじゃない。大きな手は私の顎を逸らせながら押して、無理やり口を開かせる。立てた手を掴んで押し返そうとしても頑丈でビクともしない。

 顔が近づいてきた。口移しだ。私は逆らうこともできず、目をぎゅっと閉じる。三日月さんはさっきからすごく怖い。鋭くて、厳しくて、とても敵わない、大きい男性だ。私なんて摘んで捨てられてしまう程度のもの。

 柔らかい唇が触れる。口内で温められた粉っぽくて苦い水が、とろっと流れ込んでくる。私は体を強張らせて逆らわないように努めた。考えないように機械的に薬を飲み下す。けれど、飲み込むこと自体が姿勢的に難しくて、少しだけ器官に入り込んでしまった。それでもなんとか最後まで飲みきる。

 三日月さんからの開放と同時に、私は背中を丸めてケンケンと咳をした。口を押さえながらこっそり唇と苦しさの涙をぬぐう。視界の端にチラリと歌仙の姿が映ったけれど、気まずそうに視線を逸らしていた。

「ゆっくり休め」

 ふっと口調がいつものゆったりしたものに戻る。三日月さんは微笑んで、私の肩まで布団を上げてくれた。お腹の痛みははっきりしたものだけれど、プラシーボ効果かもしれない、眠いような気がしてきた。私はどうにも暗示にかかりやすい傾向がある。

「……一体何が起こっているんだい?」

「そのうちわかるだろう。まあ、待て。案じなくとも結果は出る」

 沈黙。小夜君が『痛い』『悲しい』と繰り返している。体はすっかり眠くなっているのに、涙が溢れてきてしまう。そこをまた、三日月さんが拭いてくれた。

「出会ってよかったと思う主にめぐり合うことは幸福だ。しかし、同時に不幸とも言える。……お前もそう思うだろう?」

「まあね……そうだね」

 低い声で、悩んだような返事。歌仙も思うところはあるのだろう。ちゃらんぽらんに見える彼等でも、私よりぜんぜん長いことこの世にいるのだから。

『いたい、さにわ、たすけて、まだしにたくない、かえりたい、さにわ、こわい、こわい、いたい、いやだ、さにわ』

 小夜君が泣いている。それなのに私は、あぁ、眠い。





 暗い。何も見えない。どろどろの粘つく闇が、まとわりついてくる。足を引っ張る。手を引っ張る。体を引きちぎろうとする。振り払おうともがいても、振り払ったと思っても、闇はずるずると体を引きずり込もうとしてくる。誰もいない。誰も助けてくれない。叫んでも誰も届かない、見向きもしない。寒くて寂しくて体が強張る。気が付くと自分が闇に同化している。どろどろの粘つく冷たいものになっている。色々なものを取り込んで巻き込んでいるはずなのに、中身はぽっかりと空洞だ。隙間風のように色々なものの恨みの声が響いている。空洞だからよく響く。わんわんと響く。ずっと聞かされ続ける。あれは僕の声かもしれない。だけど、集中しているときには聞こえてこない。これに敵う集中は命のやり取りをしているときくらいだ。こんなものみたいに、恨みがましく喚くだけの亡霊になんかなりたくない。だから殺す。殺す。殺す。大儀が欲しい。復讐だ。殺してやる。

 だけど、暖かい手が触れた。暖かいものに空っぽな中身をじわじわと埋めていかれた。それはとても怖いことだ。内側から壊されていく。僕は間違っている。僕は弱い。僕は間違っていて弱い。わかっているけれど、認められない。認めたら生きていられない。生きることはとても辛い。

 それでも、どうしても、手にすがらずにはいられなかった。だって、ずっと求めていたものなのだから。

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