とうらぶ 宗三 | ナノ



▼ (9)じじいの後光

 時間は夜でも、接待はお茶とお菓子。三日月さん相手では何をされるかわからないから、アルコールはNGだ。

「江雪さんって、少し難しい。私、どう接すればいいか、ちょっとわかんないや……」

 そんなつまらない相談を、お風呂上りに気楽に部屋着でできるなんて恵まれた環境だ。相手は国宝級の重鎮である。一言では足りないくらいにありがたい。

 作務衣姿でくつろぐ三日月さんは暖かい目で私を見ると「そうだな」と静かに笑った。

「刀の本文は殺傷だ。刀身が小さければ自らを守り刀として主に使われないことを望むこともあるだろう。小夜左文字は、もしかするとそうであったのかもしれないな」

 三日月さんの目は憂いを含んで細められた。

「宗三左文字はその逆か。いや? しかし、嫁入りについていき、伴侶の手に渡り、そして新しい主へと渡った……ならば、小夜と同じく、斬りたいのではなく守りたかったのかもしれない。まあ、本当のところはわからんが」

 さきほどより、三日月さんは淡白な言い方をしていた。小夜君よりは可哀相に思っていないようだ。それは刀身が大きくなるにつれて自分と境遇が近づいてくるからだろうか。私にしてみれば二人とも可哀相だ。とても想像しきれるものではないだろうけれど、気持ちを考えるだけで、切なくなってしまう。

 三日月さんは私の顔色を見て、ふっと口元に笑みを浮かべる。

「可哀相と思ったか。ははは。さにわらしい甘い考え方だな。嫌いじゃない。しかしそう思うなら今度はお前がすべきことをしてやるのみだ。励め」

 言葉は率直できついくらいだ。しかし、お前ならできるさ、と、元気付けるような優しい視線が向いた。

「……はい」

 なんだか心がムズ痒くなってしまう。敬語しか出てこない。飄々としたエロいおじいちゃんだなぁ、なんて面白がりながら警戒しているけれど、やっぱり、すごいものはすごいのだ。

 私が落ち着いたことを見計らい、三日月さんは唇を尖らせるようにおどけながら顔を引き締める。

「だが、江雪左文字はどうだ。和平を説く人間がご大層なものを持つじゃあないか。随分と物騒な話だ」

「……その、鞘とか、色々……使い込まれた感じが、しました……」

「だな」

 三日月さんは、口を休めるようにすっとお茶をすする。

「俺達は基本的に戦うことが楽しい。大きな刀の本能みたいなものだな。だが、その本能を理性で捻じ曲げるように押さえつけようとしているから無理が生じる。江雪は自分の矛盾に気がついているのだろうか。……どうにも図りかねるが、俺は、あいつは単純に疲れているだけとは思えない」

 三日月さんはおかしそうに笑った。

 十一世紀からすれば彼等の悩みも通り過ぎてきたところなのだろうか。超越的過ぎて、彼がどこにいて一体何を考えているのか、ということが私にはちっとも見えない。

「三日月さんご自身は、どうなんですか。とても美しいけれど、やはり、戦うために、と思うのですか?」

「ずいぶんと畏まるな。結構結構。俺はどちらであってどちらでもない。どちらにもなれる。俺の定義を決めるのは時代だ。今は主のお前が決めること……違うか?」

「全て仰る通りです。誠心誠意、努めさせていただきます」

 私は畳に手をついて、深々と頭を下げる。私が主なのではない。使わせていただいているのだ。たぶん、現存する人間の誰がやってもそうなる。十一世紀の後光だ。

「うむ。よきにはからえ。面を上げろ。可愛い顔を見せてくれ。はっはっは」

 鷹揚な笑い声は大岡越前を思い出す。あまり長々畏まっていてもしょうがない。言われるままに顔をあげるにしても、適度にちゃかしてくれるから気楽になれる。これをセクハラとかいう女がいたら自意識過剰だ。

「しかし、年のせいか夜の茶は目が冴えるなぁ。おいさにわ。俺が眠くなるまで世話を見てもらうぞ。まあ、もう少し近う寄れ」

空いているぞ、というように、三日月さんは膝をポンポンと叩いて、手を広げる。

「下の世話以外なら喜んでお世話させていただきますよ、おじいちゃん」

「はっはっは。よいよい。夜らしい言い回し、実に結構。少々残念だがな」

 これはセクハラって言ってもいいかな。

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