▼ (4)じじい-2
数箇所回って声をかけたら、あっという間にほとんどが集まってしまった。
「じいさん、次は俺とも手合わせしてくれよ!」
獅子王が明るく声を投げかける。この子は単純にいい子なので抵抗感がない。
「次郎さんもよろしくね〜」
距離なんてほとんどないのに、胸の前で手を振る次郎さん。見事な女子力だがデカい。たぶん三日月さんと同じくらいある。デカいけど女子っぽいので次郎さんは怖くない。
「あいわかった」
愛想よく返事をする三日月さん。獅子王なんかは、最初、次郎さんを化け物と称して怖がっていたものだが、おじいちゃんはまったく動じない。素敵だ。
「そんな余裕していていいんですか?」
勝ってやる、という気合いなのだろう。宗三は構えて挑発を飛ばす。三日月さんは言葉で答えることはなく、黙って微笑んだ。
「さあ、どこからでもご随意に」
「よろしく頼むぞ。……はい」
わりと前フリはなかったように感じた。
三日月さんはものすごく自然に木刀を振り下ろす。びゅんっと空気を切る重く鋭い音がした。身構えてはいたけれど、少し驚いた顔で刀を横にして受け止める宗三。
――は、まさにあっという間になぎ払われてしまった。容易く吹っ飛んだ。
「嘘っ!? 宗さん!」
三日月さんは冗談抜きで強かった。私はあわてて駆け寄って、何が起こったのかわからないけれど痛い、という精神的にまっさらなしかめ面を抱き起こした。
「……え、今のは……僕、負けました……?」
呆然としている。怖いとか悲しいとか後回しで、わけがわからないのだ。
「力の加減ができないな。どう調整したものか」
舞うようにひゅんひゅん木刀を振り回す三日月さん。おそらくこの本丸でぶっちぎり強いのがこの人だ。肌でわかる。
「実に雅だな。気が合いそうだ」
歌仙君が嬉しそうに呟く。雅なのは確かだが、見るところはそこじゃない。ズレてるなぁ。
「……ヤバ、俺、勝てないかも」
赤いネイルをした手で口を隠す加州君。顔色は真っ青だ。
「いや、僕は勝つ気で行くよ……気分切り替えるぞ、おらぁっ!」
安定君が頬をぱちっと叩いて、目つきを変えた。怖い……。
「さあ。どんどんかかってくるといいぞ。別に俺の負けでもいいが……」
チラリと私を見た三日月さんは、穏やかながらも確実な力量を感じさせる微笑みを向けてきた。戦いの場だからか、妙に色っぽく見える。
「せっかくだからな、少しいいところを見せるのもよいかもしれない。はっはっは」
高らかな笑い。本丸の中に戦慄が走った。
「うむ。まあまあの強さだった」
満足そうに笑ってうなづく三日月さん。周囲は数十分のうちに死屍累々となっていた。死んでないけど。
「さにわよ、俺を表す今様の言葉を教えてくれないか」
今様。流行って意味の言葉だっけ?
「……イニシアチブを握った、とか」
「イニシアチブ」
歌仙君が耳ざとくリピート。実に勉強熱心だ。
「いにしあちぶ、とな?」
中途半端に近代化したがっている歌仙と違って、つたない言い方がちょっと可愛い。
「主導権みたいなもの……かな……」
初日にして絶対的なパワーバランスを確立するなんて、とんでもない人だ。まあ、宗三みたいに舐めてかかる人はいなくなって、平穏はえられるだろうけど。
三日月さんは笑うにしても難しい微妙な顔をした。
「んー、別にそういうつもりではなかったのだが。そう見えたか」
……それ以外の何かがあるのか。若い女の子にいいところを見せてモテたいことだけを考えていたなんて、十一世紀生まれにしてはずいぶんと俗っぽくて面白いじゃないか。
「エロじじい」
安定君がぼそりと恨みがましく呟いた。
「エロじじい!」
加州君が噛み付くみたいに指を指して喚いた。
「ははは、こりゃ参ったな」
まったく参ってない様子。あっけらかんと笑う姿は舌でも出しそうだ。いやはや、お茶目で頼りになるおじいちゃんである。
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