▼ あの人
「僕に下働きをさせて歴代の主に勝ったつもりですか」
落ち着いた声音でチクリと嫌味を言われる。宗三君の不幸そうな力のない目というのは、温度を失うと、確かに彼が名刀であると実感させる迫力があった。
しかし、さすがにカチンと来た。ぐっと奥歯を噛み締めて、関係を悪化させそうな言葉を踏みとどめる。
「新入りは必ず内番をやる決まりなんだ。我慢してよ」
小夜君が静かに窘める。庇われた。そして、その言葉は他の人へ向けるときより少しだけ柔らかい。あぁ、肉親という実感があるのだな、と、ほほえましい気持ちになった。
宗三君は「フン」と小さく吐き捨てるように鼻で笑い、背中を向けてしまう。仕事はやるつもりなのだろう……しぶしぶでも。
「あの人は自分のことしか考えてないから。ごめんね」
「あの人、なんて。お兄さんでしょう」
「育ちが違うと実感はない」
私のこわばった顔を横目で伺いながら、小夜君は小さく口を開いて、ぽそぽそと言葉を紡ぐ。
難しい問題だ。迂闊に口を挟みたくない。
「でも、兄弟だろうとなかろうと、今は主を同じくする者同士だ」
小夜君は、一つ、自分に頷く。
「刀は持ち主の心を映すさ。あの人も、そのうちここに馴染んでくるよ」
突き放すような言葉の裏に、小夜君の瞳のようなまっすぐした決意が見えた。復讐の裏に人の情あり。小夜君の激しい憎悪も、裏返せば、深い情愛になるのかもしれない。
「いつになることやら」
私は肩を竦めて苦笑した。
「安心してよ。あの人はわがままだから、僕が引き受ける。審神者は僕だけ構ってよ」
小夜君は顔色を変えない。無表情に、淡々と、何を考えているかわからない調子で言い放つ。
私は着物の袖で口を押さえる。
「なんて、冗談だよ」
「大人をからかうもんじゃありません。生意気言うと怖い夢を見ても一緒に寝てあげませんから」
小夜君の唇がとんがって、頬がぷくっと膨れた。油断してくれているのか、私の前では結構、表情は豊か。
まだまだ子供だ。そのことにほっとして、反面、少しだけ残念でもあった。
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