とうらぶ 小夜隊長 | ナノ



▼ 高等遊民

 台所担当の妖精さんから串団子の差し入れをいただいた。妖精さんは私のことを気に入っているらしく、時々こうやって内緒の贈り物をされる。

「また隠れておやつを食べているね。太るよ」

 小夜君は気配なく部屋の扉を開けていた。思わず中途半端な大きさのまま「んぐっ」と飲み込んでしまい、喉にひっかかってしまう。トントンと胸を叩いて通りを良くする。

「の、ノックくらいしてください」

「そのうちする」

「そのうちじゃなくて、次からしてください!」

 面倒くさいのか、小夜君は視線だけそっぽを向いて、肩を竦めて受け流す。信頼されるようになったのはいいのだけれど、だんだんと適当に逆らわれるようになってきたのは問題だ。職務上は困らないし、舐められているわけではないと思うのだけれど。

「距離のあることを言われるのは、寂しいな。手元に置きたいと言ったのはあなたなのに」

 ぽつりとつぶやかれてしまう。そう言われるとぐうの音も出ない。寂しいなんていわれた日には、可哀相なような、甘えられている気がして可愛いような。

「ごめんなさい。そうですね、今度は一緒におやつを食べましょう」

 たとえ着替えの最中だったとしても相手は子供だ。何を気にすることがあるのか。いや、ない。

「よかったよ。あなたに裏切られたら、僕は復讐に走らなければいけないところだった」

 ホッとしたように口の端をうっすら安らがせる小夜君。もしかすると私は安心できないのではないだろうか。もちろん疑い深い彼と信頼を築く上での覚悟はしていたけれど、日常のこんなつまらない場面で見せられるとは思わなかった。

 怖いので、この口をふさいでおくことにした。串団子を持って、口の前に差し出す。小夜君は素直にぱくっと食いついた。団子が一つふっくらした頬の下に収まり、ぷくりと膨らむ。目を細めておいしそうに咀嚼するのが可愛くて、ついつい頭を撫でてしまう。

「ところで、僕がここに来た理由なのだけど」

 もそもそ口の中にものが入ったまま喋るのはちょっとお行儀が悪い。

 小夜君の言葉を遮るように襖が開いた。

「やぁ、主――」

 ご機嫌で滑らかな低い声が、即座に変調、不機嫌になる。

「――おい、なんで小夜がいる」

「遅かったね、歌仙」

 口の中の団子を飲み込んで、ぺろりと唇を舐めながら、小夜君は歌仙君に冷たい視線を向けた。


 日に二つほど、刀を作るための祈祷をする。運がいいと妖精さんが新入りを連れてきてくれる。

 歌仙兼定君は、つい先日、仲間になったばかりだ。どうやらある程度は見知った仲らしい。知り合いもいるし、歌仙君自体は神経が太いみたいだし、比較的あっさりと周囲に打ち解けてくれた。けれど、同時に問題も多い子であった。


「馬の世話をしないと五虎退に泣きつかれた。歌仙のことを秋田が涙目で探し回っていたから、安心して仕事に戻るように言っておいたよ」

 小夜君は少し顔を傾けて、二つ目のお団子に食らいついた。報告は淡々と続く。

「その先日は、平野と前田に相談された。土がつくから嫌だと木陰で本を読んでいたそうだね」

「食べながら喋るのはやめたまえ。これだから山賊育ちは品がない」

 顔をしかめて派手な柄の着物の袖で口元を隠す歌仙君。女物の着物をうまく着崩しているのは素敵だと思うけど。

「名前からもわかるように僕は雅なんだ」

「新入りは平等に内番からはじめるしきたりがあるよ」

「そういうのは年功序列でしか昇進できない脳みそが筋肉な体育会系の考え方だね。文系はあくまでも実力主義。文学は純粋な力だけがものを言う世界だ。つまり、僕は土いじりや動物の面倒を見るような泥臭い仕事をする必要はないのさ。主もそう思うだろう?」

 しなやかな動作で歌仙君は私の傍へと擦り寄ってきた。花でも差し出さんばかりだ。近づくと、甘い香の柔らかな匂いが漂ってきた。

「困ってしまいましたね」

「主もしきたりに困っているのか。そうだろうそうだろう」

 中途半端に長い前髪を揺らして、調子よくうなづく歌仙君。もちろん私は歌仙君に困っている。勝手にしきたりを作ったのは私だ。もう苦笑するしかない。

「こんなそこら辺に転がっているような洟垂れの坊主なんかではなくて、僕を一番隊の隊長にするのが有意義な人選だと思うよ。そうしたら僕は本丸を雅に改革をしてみせようじゃないか。その方が主にも似合うはずだ。そうだ、まずは歌会でもやってみないかい? 連歌など皆で嗜めば雅さも上昇することだろう!」

 すっかり盛り上がった歌仙君は舞台俳優のように手を広げてべらべらと饒舌になった。

 小夜君は私から串団子を奪い、最後の一つをさっと抜き取った。そのまま流れるように歌仙君の頭を掴んで床へ叩きつけて馬乗りになると、眼球に串の先端を突きつける。あまりにも一連の動作が突拍子もなく、また自然で、私は「ひっ」と小さな声を漏らすだけで喋ることができなくなってしまった。

「黙って働こうよ」

「退けたまえっ!その串を早く退けろーっ!」

「手入れをすれば一週間程度で完治するはずさ。しばらくは眼帯をつけないといけないだろうけど、ものもらいができたとでも言っておけばいいよ」

「わかった!わかった!働くっ!働くから!」

 小夜君は歌仙君の頬をぐっと抑える。あまり暴れても串が刺さりそうで怖いのか、抵抗葉慎重だった。故に逃げられなかった。小夜君は黙って、じりじりと、ゆっくりゆっくり、串を眼球へ向けて下ろしていく。

「いやあああああああーっ!!!!」

 なりふり構わず裏声で叫ぶ歌仙君。私は思わず耳を押さえる。

「やめてください! 痛いからやめてーっ!」

「やめる」

 ピタリと手を止めて、そのまま横に下ろす。と、歌仙君は小夜君を突き飛ばして飛び跳ねるように起き上がった。顔は真っ青、いなせな着物も髪型もぐしゃぐしゃで台無しだ。

「主……その猛犬を手元に置いたのは正解だ。しっかり見張ってくれ。もしくは手打ちにしてくれ」

 やっぱり苦笑しかできない私。感情的な歌仙君が切りかかりすらしないということは、よほど怖かったのだろう。小夜君の抑止力はなかなかのものらしい。

 歌仙君は着物の襟を軽く正して、手串で髪を整えた。冷や汗のあとはあれど、元通りといって差し支えはないだろう。ようやく落ち着いたらしく、歌仙君は引きつった笑みを小夜君へ投げかけた。

「このことは絶対に忘れないからな。夜、ゆっくり眠れると思うなよ」

 小さく低い声で言い捨てて、私には「失礼する」と軽く頭を下げる。逃げ足は速かった。足音が小走りですすすっと遠のいていく。

「今日はこっちで寝るよ。夜はゆっくり眠りたいからね」

 顔色を変えず、小夜君は小さく肩を竦めた。

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