▼ 帰ってくるまでが遠征ですよ!
歌仙君は満面の笑みで、牡丹柄の風呂敷に包んだ四角いものを差し出した。なぜそんなに嬉しそうに笑っているのかは不明だ。
「これを持って行くといいよ」
「……お弁当は妖精さんに頼んだはずですが?」
「細かいことはいいじゃないか」
後に続く言葉は、僕がそうしたかったから、とか、そんな感じだろう。つくづくわがままなヤツである。
まぁ、気持ちは受けとっておこう。そして今度、台所さんに謝らなければ。
「……やけにニヤニヤしてますね?」
これを『蕩けそうな笑顔』と評した審神者がいるとか、いないとか。気分屋の笑顔はいつ曇るかわからないから安心できない、というのが正直なところ。
「いやぁ、嬉しいじゃないか。親友としては赤飯ものだよ。彼が逢引とは……」
小夜君はどう思っているのか不明なため、自称親友――は袖で口元を抑え、こみ上げてきた笑いを押し殺した。祝っているふりでバカにしてるのだろうか。
「逢引ってねぇ。大袈裟ですよ。ピクニックに行くだけです」
「君は酷い奴だな。小夜がどれほど今日のことを楽しみにしていたと思っているんだ。申し出る前にどれだけ言うか言わぬか悩んだのかもね」
そう言われてしまうと。
数日前、小夜君が「花が綺麗に咲いているんだ」と恥ずかしそうに誘いかけてくれたことを思い出す。きっかけの助言を貰うならば、確かに歌仙君か。宗三君に言ったら企画がなくなる可能性もなきにしもあらず。
「……ありがとうございます」
私は歌仙君からお弁当を受け取った。歌仙君はうんうんと訳知り顔で二つ頷く。
「楽しんでくるといい」
廊下から、ペタペタと歩く小さな足音が聞こえてきた。歌仙君が廊下に向けて声をかける。
「小夜かい。審神者ならここにいるよ」
「そう」
心なしか小夜君の返事が暗い。重い足取りで、俯きがちに入ってきた。
小夜君は首からウサギの絵柄の可愛い水筒を下げていた。そして防犯ブザーを片手に持っていた。一体どこで手に入れたのか……万屋か。
「ははははは!なんだいその可愛い水筒は!」
腹から笑う歌仙君。悪気がないことを最近知った。いい意味でも、悪い意味でも、素直なのだ。
「宗三兄さんが……むりやり……」
「小夜君、写真とっていい?」
「嫌だ」
頑として拒否された。ちょっと残念。
「歌仙は何してるの」
「これさ」
風呂敷を指す歌仙君。小夜君は嫌そうな顔をするでもなく、照れたように視線をそらした。
「そう。ありがとう。……じゃ、行こうか」
小夜君が戸惑いながら私を見上げる。「ええ」と笑いかけたら、短な眉が下がって、そっぽを向いてしまった。
廊下に出たら柱の影から宗三君が睨みつけてきた。怖いので見なかったことにしよう。
「……目を合わせちゃダメだよ」
小夜君が宗三君に聞こえないように小声で言った。
「十分程度と言っても何が起こるかわからないからね。手を離したらいけないよ」
と、小夜君がそっけなく言って、手を引いてくれる。まだまだ寒いけれど、小さくてカサカサの手が少し汗ばんでいた。
「怖いですねぇ。検非違使なんて物騒な人たちも出るようになってしまいましたし」
なんて言いながら、小夜君の手をぎゅっと握る。
小夜君は、痛いくらいに私の手を握り返す。
「安心して。何が来ても、あなたは僕が守る」
意志の強い言葉で、鋭い瞳で、真っ直ぐに私を見上げる。大丈夫、小夜君は肉切り包丁じゃない。信念を持った男の子だ。
「ええ。頼りにしています。小夜隊長がいれば、この先も安泰ですね」
「……言い過ぎだよ」
照れてしまったようで、小夜君は少し俯いて頬を赤らめた。居心地悪そうに肩幅を縮めて、唇を尖らせる。
不意に、春風が吹き抜ける。桜の花びらがフワリと舞った。甘い香りが漂って、見上げれば、咲き始めた桜達。
「綺麗ですね」
立ち止まって、遠くから眺めるのも一興。
「審神者の方が綺麗だよ」
小夜君ははにかんだように、小さな声で言った。誰に入れ知恵されたのだろうか、歌仙君か、薬研君か、加州君か……恥ずかしいのに馬鹿正直に実行しているのが、とても可愛らしい。思わず笑ってしまう。
「ま。おませさん」
「子ども扱いは嫌だ……」
照れ隠しもあるのだろう。小夜君はむっつりと唇を結んで拗ねてしまう。
「水筒が愛らしくて、つい」
「好きで持ってるわけじゃない……もういい」
どうやら繊細な心を傷つけてしまったらしい。すっかり拗ねてそっぽを向いてしまった。一世一代の口説き文句だったのだろうか。甘えん坊だし、プロポーズしたこともあるくせに。口説くのは背伸びだったのかもしれない。出会った頃より大人になったのだろうか。私も一つ、歳をとるように。
「ごめんなさいね。どうしたら許してくれる?」
しゃがみ込んで、視線を合わせる。顎はそっぽを向きながら、三白眼の視線はこちらを見る。
「……く」
蚊の鳴くような、小さくて震える声だ。「く?」と、聞き返す。
「口吸いしてくれるなら……許すよ」
古めかしい言葉。言った方が照れていた。そのくせどこか開き直って視線を逸らさない。まるで、目をそらした方が負けだと言うように。
そうだ。時々忘れてしまうけれど、小夜君は大人として見なくてはいけない。子供みたいに扱われても目立った不服を申し立てないのは、彼が理知的で弁えているから、というだけであって。
小夜君は小さな男の子の姿をしていて、ところどころ年相応だったりアンバランスだったりして、本当のことはわからない。でも、そんなことは差し置いて。可愛くてかっこいい男の子、もしくは男性として、とても魅力的に思えた。
「あ……あらあら……いけませんよ」
不甲斐ないことに私はすっかり動転してしまった。
「……じょ」
冗談、と言おうとしたのだろうか。言葉を迷ったとき、声が割って入った。どうやら音源は木の陰やらあちこちに隠れていた模様。
「いけません!小夜には早すぎます!」
宗三君が白い頬を真っ赤にしてこちらへズカズカと歩いてきた。宗三君を止めようと腕を掴むのは薬研君。
「待て宗三!これからがいいところなんだよ!何してんだよ!」
「そうだよ。それに子供扱いしているけど、彼も僕らとほとんど変わらないからねぇ」
あとからついてくるのは歌仙君。
「敵が来るかもしれないから警備してただけだよ。出歯亀じゃない。少なくとも、僕はね」
最後に安定君がやけにそっけない口調で言った。
「……」
小夜君は、ぽかんと口を開けて呆然と立ち尽くした。私は何か早口で言い訳した気がするけれど、何を言ったかよく覚えていない。
「……いつか復讐してやる」
ポツリと低い声でつぶやく小夜君。待って。根に持った?
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