▼ 朝顔の茶会
「大将の寝坊はどうにかなんねぇかなぁ……」
薬研が草むしりをしながらボヤいた。まだ日の登り切らない時間帯だから救われるが、あと一時間もしたら、暑い。ともかく暑い。夏場の畑仕事は早めに片付けるに限る。
「いやな、大将の近侍になって、いろいろ面倒見れて、そりゃあ嬉しい。起こしに行くときの大将の寝顔、寝起きの顔、無防備な姿……潤いのない日々の中で菩薩に出会ったような瑞々しい気持ちになる」
「下心か」
「そう睨むなよ。お前もわか……いや、なんでもない」
「なに」
「お子様にはわからない話だ。知識はあっても、こればかりはな〜」
「短刀の癖に年上ぶって……大して変わらないだろ」
「まあな〜そうだよな〜うんうん」
薬研はニヤニヤと知ったかぶって一人で頷いた。……なんだこいつ。ものすごく不愉快な気分だ。
「それにしても、また二度寝してっからなぁ。もちっとしっかりして欲しいっていうのは俺っちのわがままかなあ」
「いや、そんなことはない。あれじゃ嫁の貰い手もないだろう」
「そんなことねーだろ?」
「……何、その目は」
「べっつに〜」
薬研はくつくつと肩を揺らして笑った。蝉がジワジワと鳴き出した。
「寝苦しくて起きてくるころかな。さっさと終わらせないと地獄だぜ」
もっともだ。しばらくもくもくと作業していたら、桶と柄杓を持った歌仙が歩いてきた。特に理由はないだろうけど、今日は特別に機嫌のいい日なのだろう。江雪兄さんと違って歌仙は顔を見ればわかる。
「おっ、畑仕事、手伝ってくれるのかい?」
「まさか」
「だよな」
ケロリとした歌仙の返事に、薬研は苦笑を返した。無駄なことを聞く必要はないので、僕は黙っていた。
「あっちの方で朝顔を育てているのさ」
「朝顔?」
顎で方向を示す歌仙。薬研は、不思議そうに首を傾げた。確かに歌仙は土いじりと馬当番をとても嫌がる。花を愛でても汚れるからと育てなさそうではあった。
「朝顔の茶会でもやるつもり」
問いかける。「そうだ」と嬉しそうに頷きが返ってきた。わからないのは薬研だけ。仕方ないだろう、豊臣秀吉の話だ。
「朝顔の茶会ってなんだ?」
やめとけ薬研。話が長くなるのに。
「千利休が行った茶会のことだよ。土から離した朝顔は萎れてしまうからね、まだ日の暗い内に茶会をしたのだろう。西鶴の……」
「長い」
「話を遮らないでくれないかい」
「僕らは仕事が遮られている。手短に」
「話すことなんかないさ」
ツン、と歌仙は視線をそらして、大股で歩いて行った。ご機嫌は急転直下のようだが、僕の知ったことではない。
「……朝顔の茶会か」
朝顔の咲くところを一緒に見たいから起きてよ、なんて言ったら、審神者はせめて約束した日くらいは早起きしてくれるのだろうか。
「おう、また審神者のこと考えてるだろ」
見透かしたように、薬研はからかうような笑みを向けてきた。最近こればっかりだ、嫌になってしまう。
prev / next