▼ 池田屋
当番制になったとはいえ、結局呼び出されるのは僕なのか。まったく仕方ない審神者だな、と思って審神者の部屋に行くと、先に薬研がいた。……なんだ。くさくさした気分で薬研に並ぶ。
「そう不機嫌な顔すんなよ」
薬研がからかうように肩をぶつけて小突いてきた。少し揺れるが、やり返すつもりもない。「やめてよ」と軽く睨みつけたら、肩を竦めて苦笑された。
審神者は相変わらず日和見主義だ。僕たちのやりとりを微笑みながら見守っても、大して何も言わない。僕らが自発的に黙って視線を向けるのを待って、事情を話し始めた。
審神者曰く、なにやら暗くて狭い場所での戦らしい。
「……ということで、短刀を中心に部隊を組んで出陣しなくちゃいけないの」
「そうすると、アレか。俺だろ、小夜だろ、平野、前田、秋田、五虎退の編成か」
薬研は自分をさし、僕をさし、それから指折り数える。
「なら、隊長は小夜だな」
「薬研だろう。君の兄弟ばかりじゃないか」
「なんか知らんが平野も前田も五虎退もお前に懐いてるんだよ。一緒に仕事できるって知ったら喜ぶぜ。だからお前が隊長だ」
審神者が視線を逸らした。城攻めにあったことは、今だ公にはしていない。当時の連中に頭を下げて回っただけあって口は固く、現状に至る。不足分の修繕費は自腹を切ったそうだ。不祥事をきちんと上告すれば経費で落とせるのに……まったく、呆れるほどの見栄っ張りだ。
「……また隊長か」
この間、退任したばかりだというのに。
「嫌か?」
「別に」
チラと審神者へ視線を向ける。
「えっと、それで、通常部隊と夜戦部隊の二つを同時進行することになったので……通常部隊は江雪君が隊長ですよ」
「そう。なら、間違いはないかな」
別に、つまらなくはない。
*****
出陣の支度は、ひとまとまり、同じ部屋でやった。あまり出陣回数の多くない連中の面倒を見なければなるまい。
「ご一緒できて光栄です」
平野は嬉しそうに笑った。誰に対しても丁寧だが、流石に『光栄』は大仰じゃないか?
「お力添えいたします!」
前田は目を輝かせている。前田は前に出たがるところがあるけれど、認めた相手はきちんと立てる。認められている、ということだろう。
「ぼ、僕、僕、小夜君の足を引っ張らないように頑張るので……!」
五虎退は肩に力を込めてぐぐぐっと詰め寄ってきた。
「……よろしく」
流石に持ち上げすぎだ。少しやりにくい。目を逸らす。
薬研は顎に手を当てて「はーっ!」とかうるさく頷いた。
「かりすま、ってやつか?」
「かりすま? 仮で済ます、の略か何か?」
「いやいや。人を魅きつける力?魅力?みたいなもんか?」
「……やめて。大したもんじゃない」
からかっているのか?探っているのか?薬研の理知的な瞳はときどき読みかねる。
「でもっ!あのときの小夜君は、本当に格好良かったです……!」
「しっ!審神者が泣いてしまいますよ」
今日の五虎退はやけに前のめりだ。人差し指を立てた前田へ、ビクついて困った視線を向けながらも、どこかそわそわしている。言いたくてしょうがないのだろう。
「せっかくの部隊です。仲間外れなのは、どうなのでしょうか」
少し悩んで小首を傾げてから、平野が言った。
「ですが……」と、前田は中途半端に止める。こいつも本当は言いたいのだろう。
「ただの見栄っ張りのつまらない隠し事だ。気を使うこともないよ」
僕は肩を竦めた。大したものでもないが、奴らに責任を負わせるわけにもいかない。
「前、城攻めにあったんだよ」
「本当か!?」
まあ、驚くだろう。声がひっくり返った。秋田も「ええっ!?」と声を上げる。
「敵の陽動だろうけど、大方が出払ってるときに。中が荒れた程度で済んだけど、かなりの大失態だから門外不出なんだ」
「いや、そいつぁ驚いたぜ……どうりで稼働率が低いわけだ」
「相当怖かったんだろうね。今度は成績が下がって苦しんでいるようだけど……」
「二部隊同時進軍ってのは、多分、かなり付け焼き刃な策なんだろうな。大丈夫なのか?」
「さて……それはどうかわからないけど、結果さえ出せば辻褄は合うさ。僕らの仕事は斬ることだ」
思うところはあってしょうがないだろう。薬研は胸の前で腕を組み「まあな」と言う。
実際、審神者はかなり頼りない。僕らの顕現と世話を彼女に任せて、誰か他の優秀な策士を付けた方がいいのでは、と思うくらいだ。頭が悪いのではなく、ともかく向いていないのだ。
戦については僕達がフォローすればいいけれど、それ以外は内部の密書が多すぎた。結局、見せない方が早いと言うほどであり、審神者の事情について、僕達は触れることができない。
「小夜君、かっこいいです……!」
いきなり五虎退が手を取ってきた。目をキラキラ輝かせて、一体、なんだ。
「僕、小夜君が助けに来てくれた時から、ずっと憧れていて……!」
「確かに。私も同感です」
前田が言い、平野も頷く。
「小夜君が助けに?どんな話ですか?」
食いつく秋田。さすがに噂好きなだけある。厄介だ。
「はいっ!小夜君が走って来て、『僕の主に』……」
「もういいだろう、別にそんな話は。支度な終わったんだ。行くよ」
耐えられなくなって、手を振り払い、言葉を遮る。きっと薬研と秋田はうまいこと聞き出すのだろうけれど、この際、見えないところなら何を言われてもいい。そして聞かなかったことにして欲しい。
「みなさん、いかがですか?」
ひょっこりと審神者が顔を覗かせる。柱に手を添えて、小首を傾げた。
「もう行くところ」
……視線。
薬研を見たら、なにやらニヤニヤしていた。糞。やっぱり秘密にしておくべきだったか……。
prev / next