とうらぶ 小夜隊長 | ナノ



▼ 白刀

「僕を隊長にするなんて、よほどのことがあったんだね」

 審神者の部屋では一応格式張った姿勢を取る彼等だが、足を崩していいと言うと、小夜君はぶすっとした顔で胡坐をかいた。小さな膝小僧に手をついて、肩の力を軽く抜く。

「どうやってやり返そうか」

 低いところで雲が渦巻くような暗い口調だった。その中に、あれこれと手段を想像する喜びに似たものが垣間見える。

「復讐ではありませんよ。純粋に、あなたを隊長に選びました」

「……なぜ? 理由がわからない。殺すことに長けているから?」

 眉間に皺が寄った。怪訝に私を見つめる。細くなった双眸が、まるで彼の切れ味そのもののように鋭く突き刺さってきた。

「確かに刀の目的は切ることですね。まことに結構です。ですが、それでもありません」

 それだけなら、彼以外でもいいのだ。むしろ大振りな刀のほうがいいかもしれない。
 責任のある仕事だろう。私は覚悟を決めて一呼吸。何も考えていなければ脅えてしまいそうな眼光をまっすぐ見つめ返し、笑う。

「小夜君を手元に置きたいから、ですよ」

 面食らったのか、小夜君は瞼を思い切り持ち上げてから、長いまつげを揺らしてぱちぱちと瞬きをした。どうにも私の言葉が意図しているところを理解できないらしい。ぽかっと開いた薄い唇が、細い声を漏らした。

「どういう意味?」

「小夜君にはもう少し心にゆとりを持って欲しいのです」

「……わけがわからない」

 小夜君は、首を小さく横に振る。もこもこしたポニーテールも一緒に揺れる。まるで猫の尻尾みたいだ。

「いずれ、わかってもらえるようになったら嬉しいですね」

 今回の動機を一言で述べるのならば――、保護欲、かしら? 言い換えればただのおせっかい。彼にとってみたら、もしかするといい迷惑なのかもしれない。

 私は膝においていた手を上げる。小夜君の頭を撫でてみたくなったのだ。

 自分の頭より高い位置に上がった手を見て、小夜君は、びくりと身を竦めた。驚かせてしまったことは申し訳ないけれど、そのことがとても可哀相に思えた。

 小夜君の頭に、手の平をポンと置く。小夜君は、緊張が天辺まで上り詰めたようで、肩を縮めて固めた身が軽く跳ねた。しかし、私に敵意がないことに気がつくと、途端にふっと力が抜けていった。

 ただただ不思議そうに見上げてくる三白眼。その目に冷たい殺意はなく、真っ白な頭の中身だけが映し出されていた。

 偽善かもしれない。だけど、小夜君がこうやって不意に見せてくれる顔はかわいい。だから私は何かできることがないか、探す。


*****


 仕事を終えて帰省したみんなの顔は晴れ晴れとしていた。隊長の見事な采配で、誰一人傷つけることなく敵を討ち取ったのだ。

「あいつすごいな。冷静だし、度胸あるし。場数踏んでるのかな」

 部隊の一人が言った。同行していた他の数人も頷いた。

「でも、兵の切り捨ても見事だったね」

「馬鹿言え、戦場だぞ。しょうがないよ」

「まあ、そうだけど」

 小夜君が私の元へ報告に行っていると油断をしているのだろう。それぞれの噂が横切って、手入れへと消えていった。

「休まなくてもよかったのに」

 包帯を巻いた腕にチラと視線を落とし、聞き逃してしまいそうな声でぽつりとつぶやく小夜君。

 感情は難しい。彼等も、小夜君も。裏腹なことを含んでしまう。わかっているけど認められないこともあるし、認めていないのに成さねばならないこともある。

 何も言えなくて、私は小夜君の頭をぽんぽんと撫でる。小夜君は抵抗さえしないけれど、避けるように歩き出してしまう。

「報告書を書かないといけない」

 私の足音がついてこないことに気がついて、小夜君は足を止めた。振り向かないで、背中から声をかける。感情を押し殺した声はいつものことだ。

 私は慌てて後を追った。心なし、小夜君の肩はほっとした様子だ。確かにみんなにここにいることを知られてしまうのは気まずいだろう。配慮が足りなかった。みんなに届かないように小さく声をかける。

「初陣、お疲れ様です。手ごたえはどうですか。大成功だと思いますよ」

 帰省のときにおおいに誉めた。手放しで喜んだ。だけど、小夜君はちっとも顔色を変えない。たった今、噂話に動揺したのが本日の最初の心の機微とでも言うように。

「それならばよかった」

 人事の冷たい口調だ。突き放したように小夜君は言い捨てる。帰ってくるときもそんな調子だから、何を考えているかわからない冷たいヤツだと思われたのかもしれない。

「勝利は、嬉しくないですか」

「……嬉しくない」

 低い声。ふてくされているわけではない。くすぶった感情がぐつぐつと胃の中で煮えて苦しく唸るような、苦悶の熱が滲んでいる。

「何故だろう……嬉しいとは思えないんだ」

 足音を立てないで歩く子だ。すべるように足が止まる。予想外の動作に私の足がもつれそうになったけれど、なんとか転ばずバランスをとる。

 振り向いた小夜君は、感情を凪がせたようでいながら、瞳は血に飢えた獣みたいにギラついていた。

「あなたは、誰かを恨んでいないの」

 いない、と言えば、嘘を吐け、と言って切り捨てられてしまいそうだった。発散しきれない殺気のやり場を求めて、鼠を探す飼い猫。私は飼い主なのか鼠なのかわからない心地だ。胃がきゅっと縮んで冷えてしまう。

 それでも、私は彼に脅えるわけにはいかない。いつも通り、彼等に見せている顔と同じ、曖昧な微笑を向ける。

「いいえ、ちっとも。歴史の不届き者につきましても、改変されたらそれはそれで、そのような未来がやってくるだけだと思っております。時間に対する倫理観も思想もございませんから。ですから、誰かを恨むような気持ちはなにも」

 ふん、と、せせら笑うように、小夜君の鼻から息が漏れた。笑ってはいなかった。

「人を恨まない人間はいない。あなたは嘘を吐いている。あなたの肌は白いけれど、腹の内側は例外なく黒く、切って開けば赤い。ドス黒い血が心の闇の如く溢れてくることを、僕は知っている」

 威嚇した物言いに恐怖を抱くことはなかった。そう言えば私が怖がるだろう、という、私をなめてかかった彼の計算が見えた。

 忠実に働くつもりはあれども、自分の思惑も貫きたいのだろう。それならば主が思惑の方向へ進むように教育をすればいい。彼の考え方は理にかなっていた。

「切ってみますか。私のお腹を。ご存知ないかと思いますが、審神者のお腹の中は真っ白なんですよ」

 心と心の戦いならば白刃戦でも負けはしない。私の腹の中には白い刀があるのだ。

 見るからに不愉快そうに顔をしかめる小夜君。ひんまがらせた唇を開く。

「冗談を楽しむつもりはない。もっとまともな嘘を吐いてよ」

「あら。嘘じゃないのに」

「そう。じゃあ、僕が読み間違いをして、部隊を全滅させる。そして、僕だけのうのうと帰ってくる。それでも恨まない?」

 挑発が続く。小夜君は私を試すように私をまっすぐ睨み付けて、ほんのわずかだけ唇の端を上げていた。淡い笑みは虚勢だろう。

「全滅は悲しいですし、考えたくもありません。でも、全力を尽くしているのならば、しょうがないことです。小夜君が帰ってきてくれるだけで幸いです」

「それがわざとだったら?」

 小夜君の声のトーンが下がる。付け入る隙を求めたギラついた目に気押されることはない。

 本当は、隊長職に自信がなかったのだろうか。不安だったのだろうか。私は彼に隊長を任せてよかったのだろうか。もしも荷が重かったとしたら。でも、私は小夜君を今のまま放っておきたくなかった。たんなるエゴだけど。

「どうしてそうする必要があるのかしら。理由がわからないから、わざとであることなんかありません。私はそういう風に信じていますよ」

 わずかな沈黙が落ちてきた。少し離れた壁の向こうから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。きっと誰かが小気味のいい冗談でも言ったのだろう。小夜君はその輪の中に入れない、少なくとも今は。

「……わからない。あなたの思惑が」

 ため息を吐いた後、小夜君は小さく首を振った。上げた髪の毛が乾いた葉っぱのようにかさかさ揺れる。頭と肩が落ちてしまう。ぐったりしているとも、しょんぼりしているとも、私にはどちらにも見えてしまった。

「刀は冴えても、心は冴えず……」

 足元をに目を落として、小夜君はつぶやいた。私には彼のつむじしか見えない。

「休んできてもけっこうですよ」

「必要ない。働くよ」

「小夜君は頑張り屋さんですね」

 先に歩き出すのはやっぱり小夜君だった。私がぼんやりしているだけなのかもしれない。大またで早足な小夜君を追いかけて小走りすると、小夜君は口を横一文字に結んで私のことを振り返った。
 

*****


 みんなが寝静まる夜に出歩く。ただのお手洗いだ。妖精さん以外は男性の多い場所なので気恥ずかしさから息を殺して歩く。

 審神者の部屋の前の縁側は、庭師の妖精さんが心のケアを考えて手入れをしてくれているため景色がとてもいい。月の夜はまっすぐに光が差し込んでくるほどだ。

 小夜君は寝巻き姿で縁側の淵に腰掛け、塀にたたずむ猫のように空を眺めていた。

「あら、小夜君、こんばんは」

 小夜君は黙ったままチラと視線を向けて、逸らした。先日から避けられている、というのは、少し子供っぽい表現なので彼に失礼だろう。感情のやりとりを拒否されている。

 私は隣に座り込む。木が小さく軋む。小夜君は微動だにしない。

「夜は静かでいいですね。歴史が改変されてもこんな夜が続けば別にかまわないのですけれど。そういうわけにはいかないんでしょうね」

「審神者として、その考え方はどうなの」

「ふふ。みんなには内緒にしてくださいね」

 私は一人笑う。小夜君はあきれているのか黙り込んでしまう。言葉が返ってこないなら、夜は静かだ。

 しんしんと時間の過ぎていく気配を感じて、私は半分眠い頭のまま、ぽうっと金色に光って紺色の空に浮かぶ月を見上げていた。

 小さく、息を吸う音。

「夢に見るんだ……僕が敵討ちを為すまでの間、僕に殺された人々の、恨みの声を。それで、目が覚めた」

 ぼそぼそとした単調な喋り方。気持ちが滅入っているのだろう。横顔は無表情を勤めているが、どうしても、眉に心細さを感じてしまう。

「夜に眠れないのは体によくありませんね」

 彼の心に踏み込みすぎるのはよくないだろう。でも、踏み込まないわけにいかないし、何かしてあげたい。私は横にある頭に手を置いて、髪の流れに沿って撫でてあげる。どちらかというと痛んでごわごわした髪の毛だ。

「……それ、やめて。調子狂う」

 居心地悪そうに肩を竦める小夜君。唇を尖らせてそっぽを向く。眉間に皺が寄っていても、月に白く照らされるはずの顔が少し赤く見える。 

「あなたは一体、どうしたいんだ」

「少なくとも、復讐したいとも、無闇に人を殺めたいとも、思っていません。それより小夜君はどうしたいのでしょうか」

「わからない。刀に意思はない、はずだよ」

 手短な言葉。数秒黙って、暗い顔のまま、手を胸に当てる。

「……でも、胸の奥に染み付いた、黒い澱みは……いつになったら、何をしたら晴れるのかと、考える」

 小夜君は、震えてしまいそうに見えた。小さくて細い体にぎゅっと力をこめて縮まっている。そうやって気を張らないとバランスが取れないのだろう。

 少なくとも、今日明日でさっぱり晴れる気楽な問題ではないだろう。その答えは誰にも出せないし、彼も出せるかわからない。だけど、もしも刀に使う人間の心が映されるのだとすれば。私は彼等のまとめ役である審神者として、心を白く持たねばいけないだろう。それだけははっきりとわかった。

「私は小夜君の傍にずっといます。だから、いつか答えが見つかったら、教えてくださいね」

 心がねじ切れんばかりに締め付けられる。彼を今いる場所から引っ張り出すのは、果たして、いいことなのか、悪いことなのか。わからないから責任を持たなくてはいけない。泣きたいのは小夜君なのに、なんだか私が泣きたくなってしまった。

 たまらなくなって、抱きしめる。痩せた小さい体は息を詰まらせて硬直している。彼等は刀だけれど、今は人間に等しい。じんわりと伝わってきた体温が証明している。刀にも意思はある。

「なんで、こんなことするんだ」

 小夜君は声も体も震えている。腕の中でこわばっている。

「どうしてでしょう。わからないので、いつか見つけたら、教えますね」

 言葉は返ってこない。

 私は小夜君の背中をあやすように、とん、とん、と、叩いた。一つ叩く毎に小夜君は脱力していく。そのうち、頭がもたれかかって、肩にかかる重みが増していた。眠ってはいないようだけど、息はゆっくりとしている。

「今日は一緒に寝ましょうか」

 胸のところでつぶれた声は、素直で手短で恥ずかしそうな「うん」という言葉だった。


*****


「今回もお手柄でした。どうぞゆっくり休んでください」

 報告を終えた小夜君にねぎらいの言葉をかける。敵も少しずつ強くなっている今、みんな帰ってくるとぐったりしている。隊長の小夜君だって例外ではないはずだ。帰ってくると、やはりいつもより動作が鈍くなっている。

「もう少しだけ、ここにいたい」

 じっと畳の床に視線を落とす。滝に打たれているみたい。

 戦歴はどんどんと上がっている。それに伴い、まるで強くなることが不安とでも言うように小夜君は甘えん坊になっていった。いや。彼は今、正義の味方になろうとしている。心が安らぐ場を得ようとしている。だからこそ、罪悪感が芽生えてくるのだろう。自分の罪をまっとうに見つめてしまう彼である、最初からわかっていたことだ。

「かまいませんよ」

 私はのんびりお茶を飲む。小夜君は出されたお茶にちっとも手をつけない。いつかお茶を一緒に楽しめるときが来ればいいのだけれど。

 黙っている時間は、ずいぶんと長かった。気持ちを言葉にするのはとても疲れる作業だ。気持ちを心に留めたままにするのも、とても疲れることだ。

「おかしいんだ……強くなっても、まるで気が晴れないんだ……敵を殺しても、いくら殺しても、殺しても殺しても、少しも満たされない……!」

 拳に力をこめすぎたせいか、小夜君はぶるぶると震えていた。感情を押し殺そうと必死だ。それでも、腹の内でのたうつ黒い霧が溢れてくるのだろう。

「駄目なんだ。ただの命のやり取りじゃない。目的も心も欠けた戦いに、意義が見出せない。冷え冷えとした深い闇のような怨念が……足りない……」

 苦悶がこちらの視界すら覆う勢いで空気を伝わっていく。私は、青白くなってしまった小夜君の柔らかそうな丸い頬をじっと見つめる。

「最早復讐が果たされているのに……僕はっ、復讐を求めてしまう……!」

 かける言葉が見当たらない。何を言ってもきれいごとにしか感じられないし、それで彼の心をまとめてしまうのも嫌だ。だけど、どうすれば彼の気持ちが少し落ち着くか、ということは、心得ていた。

「大丈夫だよ」

 何が大丈夫なのだろうか。小夜君の傍にそっと寄り添って、頭にやんわりと手を置く。

 こちらから抱きしめない限り、小夜君は絶対に抱きついてきたりしない。それは彼なりの遠慮だということも理解している。みんなも私のことを信頼しているのだから、隊長だからといって自分が特別になってはいけないのだ、という、責任感にも近い意思だ。頑張りやさんの意思ならば、私もきちんと汲む必要がある。

「小夜君は、いい子だね」

 背中から、ぎゅっと抱きしめる。頭に頭を寄せて、少しでも私の適当さで辛いことが中和されるように願う。

「……そんなの、嘘だ」

 大好きな難しい言葉も使わず、単純な表現で黙りこくってしまう。語尾が悲しげに熱く震えていた。小夜君は泣かない、強い子だ。


*****


 主力の第一部隊は出撃。第二部隊は遠征。まだまだ内番や稽古から初めて体を慣らしているのが、第三部隊。実践経験が少なかったり、あまり戦いが得意ではない性質の子たちもそちらに含まれる。

 そんな第三部隊だけが残っていたときに本丸を攻められるとは思わなかった。

「完全に片手落ちでしたね。敵さんもお見事です」

 第二部隊はおびき寄せられた、というのが正しいのかもしれない。化け物風情が手薄にしたところで大将を叩くという頭脳を持っていたことに驚きだ。

 審神室の外では、不届き者に立ち向かうべく、普段は手入れをしている妖精さんまでおのおの武器を持ち出して陣形を組んでいた。悲しいかな、それでも彼等の力は微々たるものだ。だんだんと音の数が減っていく。

「どどど、どうしましょう」

 五虎退君が震えながら刀を握り締めている。泣き出しそうだった。小さい虎も緊張で毛を逆立てて主を守ろうと襖の外へ警戒を向けていた。

「落ち着いて下さい。こういうときこそ、冷静さを欠いてはいけません」

 前田君が早口で窘める。勇ましく神経を研ぎ澄ましているようだが、やはり彼も怖いらしい。いつも堂々としている声も肩も、小さく震えていた。

「その扉が開いたら、一斉にかかりましょう。……死んでもお守りするのです」

 平野君は一足先に覚悟を決めたようだ。青白い顔色が逃げようのない現状を物語っている。

「じきに第一部隊が戻ってきます。それまで、持ちこたえてください」

 私は祈ることと、覚悟をすることしかできない。慌てたり泣き喚くこともできない。彼等の支柱という自覚がある。大将は何があっても動じてはならないのだ。たとえ死ぬとしても。

 戦況は凄惨な物音で知らされる。冷や汗をたらすことすらできず、心臓の音すらかき消されるほど。いずれここも見つかる。

 そして、それもまた、音によって打ち砕かれる。馬がこちらに駆けて来る。気合いの入った雄たけびも聞こえてくる。近づいてくる。

 帰ってきた。間に合った。

 ホッと、肩の力が抜けた。

「第一部隊が帰ってきた……!」

 五虎退君が、少し大きな声で、喜んだ。

 気持ちはわかる。だけど私たちは隠れている身だ。安心した次の瞬間に空気が冷たく引き締まり血の気が引いた。

 声を聞きつけた敵が、壁や障子を突き破る勢いで、こちらに飛び込んできた。

「っ……僕の間合いですっ!」

 真っ先に平野君が向かっていった。

 確かに刃は敵を傷つけた。片目を鋭く引き裂いて、視界を奪った。これはダメージが大きい。だけど、それで殺せるわけではない。

 振り払うように平野君はあっさり突き飛ばされた。壁に当たってフラつきながら立ち上がろうとするけれど、そこをさらに横殴りされてしまい、もう、起き上がれなかった。

「倒れなさい!」

 平野君の作った隙に乗じて、前田君が切りかかる。背中から、人間ならば心臓の上辺りに、思い切り刀を突き立てる。力をこめて捻りながら引き抜くと血が溢れて、きれいに切りそろえた髪に吹きかかった。

 振り向きざまだった。シャッとなぎ倒すように敵の腕が横へ一陣。小さな血の粒が飛び散って、前田君がうめきながら地面に転がった。

 かばうように五彪退君の虎が飛びついた。私の盾になった華奢で小さな五彪退君は、今はもう震えることもなく、振り返ることもなく、敵へまっすぐに刀を向けている。

「……いざ!」

 五虎退君が刃をつきたてた。虎と同じように小さな体はもてあそばれてしまうけれど、なんとか必死でしがみついている。しがみつくからこそ、壁に叩きつけられてしまう。悲痛なうめき声が一叩き毎にだんだんと弱まっていき、腕の力が弱まって、すべり落ちてしまう。

 そろそろ限界か。――覚悟を決める。

 が、私の覚悟も簡単に揺らいだ。力強い足音がこちらに向かってくる。

「僕の主に触れるなぁぁぁっ!」

 小夜君が鉄砲玉のように敵へ飛び掛って突き飛ばし、もつれて転がる。転がりながら体勢を整えて、勢いと感情を叩きつけつように、小夜君はまた飛び跳ねて、深く刃をつきたてた。

「僕の主を煩わせる奴は全員殺してやるっ! 僕を怒らせたんだからしょうがないよね!! 死ね!! 死ねっ!!」

 両手で握った刀は、確かに敵に突き刺さる。肉をえぐり、血を溢れさせる。何度も突き刺せば肉は柔らかくなり、細切れになった破片がぽろぽろろ勢いで飛んでいく。くわっと目を見開いて獣のように荒く呼吸をする小夜君にそれらが飛び散る。体毛の付着した肉片が頬に張り付いてもお構いなく、敵がびくびくと痙攣しても関係なく、動かぬ破壊された肉塊になるまで、小夜君は刀を振り下ろし続ける。

 荒れた室内には、傷つき息も絶え絶えな三人と、血まみれの小夜君。死体が一つ。座って待つだけの私が、一人。生々しい血潮の獣くさい香りに包まれていた。

 肩で息をする小夜君。頬の肉片を手の甲でぬぐい、まだ殺気と興奮で落ち着かないギラついた目を私へと向ける。

「……復讐は、自分のためのものなんだ。人の復讐に感化されて従うだけでは、本当に、ただのモノでしかない。どうして僕はそんなことに気がつかなかったんだろう」

 自嘲だろう。彼はフと口の端から見落としそうなほどかすかな笑いをこぼした。ぬぐった血は、引っ張られるままに伸びて尾を引く。まるで口が裂けたかのようだ。小夜君は、笑っているらしい。

「僕の刃、受け止めてよ」

「ええ。そのために、私はここにいます」

 深い夜の中で、ぼんやりと発光する狂気の月のような瞳。

 私はまっすぐに見つめ返す。小夜君もまた、まっすぐに私を射抜く。

「じゃあ、残りもきちんと殺してくるよ」

 愛想なく、小気味よく、小夜君は嬉々として廊下へ駆け出していった。

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