▼ 隊長
小夜君が眠っていないことは、気配でわかった。恐らく小夜君も私が起きていることに気がついているだろう。実に馬鹿げた芝居を二人で打っている。しかし、そうせざるを得なかった。
小夜君はまだ子供だ。だから大丈夫だ。……だけど、本当に大人の自覚のようなものが芽生えてしまったら、こんなことは、悪影響でしかない。もしも、ただの自覚から一歩踏み出してしまったら。お赤飯ものだけど……それは、江雪君の言う「単に見守るだけとも……なかなか……」な状況である。
早急な打開策が必要だった。明日からでも。夜が長い。
*****
翌日、いの一番に江雪君へ相談した。しかし理由は言わない。言えない。
「小夜が、何か……?」
「とくになにも」
不安そうに江雪君に尋ねられてしまう。私は即座に首を振って否定したが、失敗したことに気がついた。何かあるから早速の対策をとっているわけである。嘘を吐く必要もないのだ。
「……あなたにとって大事になっていなければ、それで」
江雪君は見て見ぬフリをした。お茶をすする間を置いて、作戦会議が始まった。もちろん目的は平穏無事な和睦だ。
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その日のうちに隊長当番制の公布が行われた。
「最初の隊長は僕だろう?本丸に雅な改革を!」
「お、俺は、あんたの役に立ちたいっ……!」
ある意味気のあっている二人が勢い込んで挙手してきた。山姥切国広君はなんやかんやいい子なので受け流したくはないけれど、歌仙はいつもの調子と言わせていただく。
「二人ともごめんなさい。今回は、一番付き合いの長い加州君にお願いしたいと思います。以後、平等に入隊順といたします」
「えー、俺が隊長?」
加州君は自分の顎を人差し指でさした。赤いネイルが面倒臭そうな表情によく映える。
「嫌そうな顔しないでくださいよー」
「だってめんどくさーい」
プリクラに写るみたいな満面の笑みで嫌がる加州君。そういうことを言っているんじゃない。
短刀達が、ふふ、みたいに小さく笑った。意図したわけでもないのに掛け合い漫才になってしまったようだ。
「まったく……」
肩をすくめる。一番最初がこれでは締まりがない。小夜君なら威厳をもって進めてくれるのに。和気藹々してしまって、それで、一体誰がストッパーになってくれるというのか。江雪君は頼りになるけど、でも、私の意志をしっかり反映してくれるというと、やっぱり。
チラッと小夜君を横目で捕らえる。小夜君は呆れ顔の宗三君の隣でむっつりしていた。普段から表情がないと言えばそうだけど、意図的に真顔を作っているような。
そう思うと、この兄弟は似ている気がする。江雪君は意図的に笑わないようにしている気がするし、宗三は意図的に笑っているように見せている気がする。最近は、そんなことないとも思うけれど。
……正しかったのかなぁ。なんて、疑問がこみ上げてきた。
*****
ただ会議をしているだけでは手持ち無沙汰らしく、加州君は書き損じて丸めた半紙をお手玉にして遊んでいた。じっとしていられないタイプ。それとも、資材運用に意見を言うつもりはなく、確認程度の話なのだろうか。
「でさー、小夜となんかあったの?」
「いいえ。人員が増えたからこその方向転換です」
「ふーん……」
信じていない様子。そりゃそうかも。建前はそうでも、結局、べったりだった私と小夜君に距離ができていたら、そう思うだろう。
「小夜、すごく寂しそうだったよ」
ぐさりと言葉が刺さる。加州君は、私の顔色をうかがうように見つめてくる。
「……心を鬼にしました」
「鬼ねえ」
加州君のアヒル口。笑っていない。何か思考を巡らせて、視線がそれた。
「小夜が鬼退治しに来たりして……なーんてな」
笑わない言葉だけの冗談だった。半紙をゴミ箱に投げ入れて、加州君はすっくと立ち上がった。
「さって。じゃ、予定通り俺は出陣するけど、後は安定に任せてあるから」
軽く柔軟。座りっぱなしは性に合わないのだ。
「大丈夫ですよ。そんなことしなくても」
なんだか小夜君が疑われているみたいで、嫌だ。ここまで一緒にやってきた仲間なのに、なんてことを考えているのだろう。
……そんな一つ一つが私自信に戻ってくる。私だって、疑っているわけじゃないのだ。でも、近づきすぎたら離れなくてはいけないこともあって。近づいていることを喜んでいたのに、どうして、こんなことになるのだろうか。
「俺らだってずーっとここにいるんだよ? なーんにもわかってないわけじゃない」
加州君はしゃがんで、私の暗い顔へ笑いかけた。
「ま、俺達なりに心配してるってこった」
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