▼ おませさん
黙考。手だけを動かせばいいから畑仕事は嫌いじゃない。
「小夜、なんか悩み事か?」
同じく草むしりに励んでいた薬研が、額の汗を拭いながら僕を見た。会話を言い訳に少し休みたい、というところか。まったく、立ち回りのうまいやつだ。
「別に。普段通りだよ」
「またまた。歌仙から聞いたぜ」
意地悪い笑いを含んだ声。コソコソと不穏な内緒話をするような囁き。
「……あいつ、そんなに口が軽いのか」
がっかりだ。裏切られたとは思わないけれど、失望した。そんなに評価しているつもりもないが。少なくとも歌仙とは薬研より付き合いが長いつもりなので、その分、気にしていただけだ。
「おっ?引っかかったな」
ニタニタと薬研が唇を横へ引っ張る。なんだ、嘘か。薄っすら安心してしまったが、騙されたことへの悔しさが勝る。
「……謀ったね。なんで歌仙と?」
「朝飯ん時『なんかあるな』って思ったんだよ」
勘のいいやつだ。それとも、僕がわかりやす過ぎるのだろうか。
「僕、顔に出てるか……?」
「いや。あんまりよくわからんな。いっつもむっつりしてるから、秋田とか怖がってるぜ」
「そう」
「……まぁ、笑いたくなきゃ構わないけどよ。ちったぁ尻尾振っとかねーと審神者にも愛想尽かされるんじゃねえか?」
「あの人は黙っていても『可愛い』だのなんだの子供扱いしてくるから。嫌になる」
「ちぇっ、惚気かよ。いいじゃねぇか。美人のお姉さんに甘えたい放題。俺っちも甘やかされてぇな」
「そんなんじゃないって。だいたい、大人と扱いが違うのは……嬉しくないものだよ」
思い出す。歌仙への接し方と、僕への接し方は、何か違う。
どこかジリジリするような遣り取り。受け答えの見惚れるような艶っぽさ。
全部をニコニコしながら受け止めてくれるいつもの感じはとても安心する。けれど、歌仙と話しているときの審神者は、とても綺麗だと思った。異性として認識されなければ見れないものもあるのだと気がついて、それはなんだかものすごく悔しい。
「……閃いた!」
薬研がパチンと指を鳴らす。目が輝いていた。変なことを思いついたのだろう。
「何を」
思わず顔をしかめてしまう。どうせろくでもないことだ。
薬研は真顔で鳴らした指を僕の鼻先にむける。失礼な。
「子供扱いが嫌なら、大人になればいい」
「君が何を言いたいのかよくわからないよ」
「だからな!こないだ、審神者が子どもになる薬を作っただろ。あれの逆の薬を作りゃいいんだよ!」
「……嫌な予感しかしないのだけど」
「他に何か手段はあるか?」
「………………ないね」
やっぱりやめておけばよかったんだ。切腹するよりかはマシだけど死にそうだった。
「へへ……実験には失敗がつきものなんだぜ……」
普段から青白いけれど、薬研は顔をさらに青くしながら勇ましく笑った。懲りてほしい。
「死んでよ……」
「ここで薬研特製の胃痛薬をだな……」
「嫌だ」
今日の仕事が終わったとは言え、武人がこんなことでのたうち回るなんて情けない。明日に響いてしまったらどうしよう。無理してでも働くが、支障がないに越したことはない。
「……ひとまず落ち着きましたね」
江雪兄さんがふぅと息を吐き出した。
悶えていた僕たちを一番最初に発見したのが宗三兄さんで、妙に大事にされてしまいそうな気がした。慌てて「審神者には言わないで」と言ったら、江雪兄さんが出てきた。
「小夜に変なものを飲ませないでください。迷惑です」
ひどく不機嫌に、宗三兄さんは薬研に小言を垂れる。しかし薬研だけしかられるのはお門違いだ。
「……僕の責任でもある」
時に事実を認めることは辛くもある。実に馬鹿だった。
「なぜ、口にしたのでしょうか。普段の小夜ならば、迂闊に飲まないと思うのですが……」
薬研と目を見合わせる。江雪兄さんを見る。心配、怪訝、威圧。……この人には隠してもしょうがない。言うか。
かれこれしかじか。掻い摘んで説明する。なぜかとても恥ずかしい。いつも以上に言葉がぶっきらぼうになる。最初から話すと、それなりの長い話になってしまった。
「……ということなんだ」
長々と一人で喋るのには慣れていない。少し気疲れをする。
江雪兄さんは唇を結び、眉間へ皺を寄せて岩のようにじっとしていた。やっぱりこの人は顔が怖い。どちらかといえば僕の顔は江雪兄さん似のようなので、審神者が縮んだ時、怖がったのも無理はないような気がしてきた。
再三思う。馬鹿なことをした。
「……わかりました。審神者には、黙っておきましょう……」
怒っているわけではなく、難しい顔をした、というところか。江雪兄さんは静かな声で告げた。ホッとした。こんな格好の悪いこと、知られたくない。
江雪兄さんは眉間に深くシワを寄せ、唇を固く結んだ。いつも通りと言えばそうだが、今は、なにやら悩んでいる様子だった。
*****
江雪さんに「少しお話が」と呼び止められた。怖かった。先日の夕食の件を、自分の中ではまだ少し引きずっている。怒られるのかな、嫌だな、なんて思いながら正座をする。
「夜の近侍の警護は必要だと思いますが、形式をお考えになってはいかがでしょうか……小夜も年頃ですので……兄としては単に見守るだけとも、なかなか……」
「ん?なんですか、それ」
「なんですか、とは……小夜から、近侍は闇討ちの可能性に備えて審神者と部屋を同じくすると聞いておりましたが……」
「……まあ」
「……おや」
「そういうことにしておきましょう」
「わかりました。そういうことに……」
隊長の体面を守るのも大変だ。
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