とうらぶ 小夜隊長 | ナノ



▼ 小夜衣

風呂上がり、肩にかけたバスタオルで髪を拭きながら廊下を歩く。

前方、歌仙君が縁側で瞑想していた。

「風流ですね」

と、声をかけたら、こちらを振り返る。

「ぶふっ」

思わず吹き出してしまう。淑女として認めがたい汚い笑い声が出てしまった。両手で口をおさえる。

むっと口を結んだ歌仙君の額に、大きなたんこぶがあった。

夕食の一騒動、どうやら江雪君がげんこつを落として、こんこんとお説教をして、終わったらしい。本当に怖かった、とは、秋田君の報告。

「人の顔を見て笑うとは、随分とあじな真似をしてくれるねぇ。首を差し出すつもりはあるかい?」

いかにも不愉快そうに歌仙君は眉間を寄せるが、口元は笑むように引きつっている。今日は喧嘩をしてもキレない日だろう。最近、キレずに済むことが多くて助かる。

「す、すみません……ふっ、くくく……」

「謝るのか笑うのか、どっちかにして欲しいな」

「本音を言いますと、ざまあみろと思ってます。ふふふっ。いい気味」

「とんだ女だ……」

歌仙君は憎々しげに私を横目で見る。肩を怒らせて腕を組むと、ぶつぶつ低い声で文句を言った。

「なんで僕が正座させられて殴られなくちゃいけないのかちっともわからないね。もとはと言えば宗三と小夜の責任だろう」

「それは、直接、江雪君に仰ったらいかがですか?」

「……できないことをわかって言っているね?」

ふふふ、と笑って肯定する。私の舐めた態度にいらっとしたのが、歌仙君は眉をぎゅっと寄せた。

「そもそも君がきちんと取りまとめをしていればこんなことにはならないんだよ。しっかりしてくれ」

本日二度目のお叱りだ。最後に江雪君から御神託を受けそうな気がしているので、なるべく会わないように逃げ隠れしているところ。真っ直ぐ部屋に帰らない理由である。

私は庭を指差した。

「あ。蛍ですよ〜風流ですね〜。夏は夜、月の頃は更なり、ですよ」

「君は真面目に僕の話を聞く気があるのかい?その耳、いらないならそぎ落としてしまおうか」

少し視線がキツくなる。マジでやる気ではない様子だけど、歌仙君なので洒落にならない。思わず庇うように耳をおさえた。

「おやめになって」

「……ふん」

意表をつかれたらしい。歌仙君は驚いたような瞬きをしたあと、ふいとそっぽを向いた。

「気取った喋り方して。気に食わない」

どうやら私の言い方が気に入ったようだ。男の子って、好みの反応を計算して返すと途端に態度が柔らかくなる。チョロい。

「……まあ、ここの暮らしも悪くはないんだけどね。いかんせん歌を詠んで贈る相手がいない。張り合いがないよ」

「ラブレターですか?」

「陳腐な言い方をするな。恋もまた文学の友人なんだよ」

「あらあら。名言狙いですね?」

歌仙君はじっと黙った。そして、フツフツとわく怒りを切り捨てるように、鼻で笑った。

「……君はモテないとみた」

「媚びませんので」

「媚びられても嬉しくないんだけどね」

「本当ですか〜?」

私がニヤニヤ口元を隠して笑うと、ひどくうざったそうに歌仙君は顔をしかめる。

「まったく君は。嫌なやつだな」

たんこぶが気になるのか、前髪を指先でいじって隠すように撫で付けた。歌仙君は、何か思いついたように小さく口を開く。

「しのぶれど……」

「ただひたすらにしのぶのみ。死して屍拾う者なし」

小夜君が足音もなく背後に立っていた。するりと私たちの間に滑り込んで、無理やり座る。ちょっと肩を押されたので、軽くお尻の位置を横にずらした。

「なんだそれは!めちゃくちゃだ!」

せっかく閃いた歌を無駄にされたせいか、それとも、歌として適当なせいか。歌仙君的には非常に気持ちが悪いらしい。だけど、こんなに咄嗟に言葉を汲んで五七五調にしてしまうなんて……小夜君、計り知れない。

「早く部屋に戻らないと風邪引くよ」

「……江雪君とか、待ってたりしない?」

「なんで江雪兄さんが待ってる必要があるの」

「……そうよね」

真っ直ぐ見つめてそう言われると、確かにそうだと思う。部屋で待ってまで叱られることなんてないよね。うん、そうそう。

「ねえなんで」

小夜君が袖を引っ張った。少し口調が強い。

「……怒られるんじゃないかなって思ったの。江雪君って大きくて迫力あるから、怖い顔したら、怖いでしょ?」

「そんなことか。口利きしておいたから大丈夫だよ」

「完璧です……さすが小夜君です」

これで部屋に帰ってゴロゴロできる。小夜君をたくさん褒めてあげないと。

「それじゃあ」

私は立ち上がり、別に歌を気にしていたわけでもないので歌仙君に一声かけた。小夜君も追って立ち上がる。

「むばたまの、夢にぞみつる小夜衣、あらぬ袂をかさねけりとは」

おかしそうにニヤニヤ笑った歌仙君は、ボソリと囁いて席を立つ。高い身長から見下げた先は小夜君だった。

「違う!」

小夜君は声を大にして飛び跳ねるように肩を怒らせた。こんな風に感情的になるなんて、なんて珍しい。

「何の歌ですか?」

和歌を聞いて即座に正しく理解できるわけではない。素直にたずねる。歌仙君は先生になることが嫌いではないようで、教養を鼻にかけるようにご機嫌な笑みを浮かべた。

「『あなたが私ではない他の男と同衾する夢を見た』。簡単に言えば嫉妬だよ。……じゃあ、おやすみ」

軽く頭を下げて、ゆったり歩き始める歌仙君。やり返せて満足したらしい。

小夜君は俯いて固まっている。

「もう。可愛いんだから」

嬉しくてついにやけてしまう。時々ヒヤッとさせられるけれど、やっぱり可愛いのだ。

なのに、小夜君は冷や汗をかきながら小さく首を振って必死に訴えてくる。

「違うよ。そうじゃないんだ。僕はそういうつもりじゃない」

何をそんなに一生懸命否定しているのか。私がきょとんとしていると、小夜君も言葉が通じていないことに気がついて、少しホッとしたらしい。気まずそうに視線を逸らすと、唇を尖らせた。

「……なんでもない。忘れて」

もしかして、やらしい気持ちがないと言いたかったのだろうか。そうなると、逆に、必死に否定したことが怪しいわけで。……でもちょっと嬉しい気もする。嫌な気はしないのだ。

いやはや、困っちゃうな。そう思いながら、私はニコニコしてしまう。

さりとて彼は子供。その気持ちは、ただ、嬉しいだけでピタリと止まる。

「寒くなっちゃいました。お部屋行きましょ」

小夜君の手を取ると暖かかった。小夜君はびっくりしたように「冷たい」と言って、心配そうに私の顔を見上げた。

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