とうらぶ 小夜隊長 | ナノ



▼ 収集のつかない夕食の話

夕食時はみんなで卓を囲んで話しながら、と決めている。自然と初期メンバーは私の付近に、新規メンバーは好きな場所へ、なんて感じで、定位置はない。ただ、私の隣は隊長になってから小夜君がずーっと陣取っている。

最近、その場所にちょっとした変動が。

「何をしているのですか」

宗三君がピシッと小夜君の手を叩いた。周囲の空気までピリッと強張る。

「煮物は上から食べなさい。ひっくり返すなんて品のない。そんなことで立派な武士になれると思っているのですか」

「……わかったよ兄さん」

「間違えたときは『ごめんなさい』でしょう」

「…………ごめんなさい兄さん」

ボソボソと低い声で小夜君が呟く。苛立ち他諸々の感情を押し殺していることが震える声から伝わってきた。

ぎっ、と宗三君の鋭い視線が私にも向く。

「審神者、椎茸もきちんとお食べなさい」

「ハイ、ゴメンナサイ」

機会音声みたいな真っ直ぐの声で私は答える。嫌いな椎茸の切れ端を摘み、ほぼ噛まずに飲み込む。臭いも食感も嫌いなんだよなぁ……今まで小夜君に食べてもらってたんだけど。

私と小夜君の間に、宗三君。

一生懸命呼びかけをしたことにより、宗三君は心を開いて小夜君を弟と認めた。のは、いいのだけれど、今度は可愛くてしょうがなくなってしまったようだ。

結果、これ。小夜君も困っているけれど、宗三君が小夜君を想ってやっていることと理解しているため、拒否ることもできず。完全に教育ママと化していた。私にとってはお姑さんかしら。

ご飯を食べている気、全然、しない……苦痛……。

「宗三、その辺りに……」

空気が悪くなったことを気にしたか、それとも私たちの顔色を気遣ってくれたか、なんとも言えないような、逆に恥ずかしい気持ちになったのか。江雪君が控えめな声で制止する。わりと近くに座っているのも、彼のこっそりとした心労を感じさせた。

「いいえ、兄さん。小夜も左文字。少々遅いですが、自覚を持ち、立派な武士を目指さなければなりません。そして今の主たる審神者にも相応の品格を持っていただかねば僕達の格式を落としかねない」

「二人とも今のままでも十分かと……」

「兄さんは甘いんですよ!いいですか、天下を取るということは一朝一夕で成せるものではありません。日々のたゆまぬ積み重ねこそが天下人の一歩なのです。そんなのんびりとした緩い考え方で天下など取れるはずがありません」

一つ言えば三倍に膨らませて返される。おっとり喋る江雪君が、早口でペラペラとまくし立てる宗三君に口で敵うはずもない。口喧嘩はスピードが大事なのだ。

「ブラコン拗らせちゃったね。面倒臭い人だな」

安定君がポツリと零す。あまり作法のよくない彼らは宗三君のスパルタ教育を見ているだけで居心地が悪いらしい。

宗三君が敵意を含んだ瞳で睨みつける。喧嘩になりそうだったら、流石に止めないと。

「しかし、僕は彼の考え方に賛成だ。主の癖に椎茸の一つも食べられないんだからな、まったく情けない」

歌仙君は小馬鹿にしてフンと鼻で笑ってくる。いい仕事してますね、と言いたい気もするけれど、ムカつく。気遣って矛先をそらしてくれたわけではない、というあたりが原因だろうか。

「……歌仙君は納豆が嫌いじゃないですか」

「あれは腐っているだろう」

「腐ってません、発酵です」

「同じようなものだ」

不機嫌に唇を尖らせた歌仙君がぷいとそっぽを向いた歌仙君。……勝った!キレさせずに勝った!

「……僕も納豆は苦手です。さやえんどうも苦手です……」

「俺っち人参が……」

「ぼ、僕も、人参は嫌い……です……」

固まって座っている短刀君達がぽそぽそ小さい声で囁きあっている。みんな苦手なものをつまんで、秋田君のお皿へポイしている。

「だからって、みーんな僕に回すのはやめて欲しいな」

秋田君は困った顔をしながらも「まあ食べるけど……」と箸を動かす。太りやすい体質らしく、気を抜くとプニプニからコロコロという体型になってくるのだけれど、可愛いので止めない。

「あれは審神者が注意なさい。あなたの仕事です」

呆れ顔の宗三君。

小夜君はもそ……もそ……という暗い食べ方で背中を丸めていた。目が死んでいる。恥と感じたか、周りの音をシャットアウトし、無我の境地へ足を踏み入れているようだ。

ちょっと賑やかなことはいいくらいだ。でも、楽しくない子がいることはよくない。今こそが私の仕事の時間だ。

「好き嫌いの一つや二ついいじゃないですか。作法もそうです。おいしく食べられないなら、そんなこと学んだって意味ありません」

「……なるほど。僕に口答えをするというのですね?」

視線は冷たいが、微かに宗三君の口元が笑んだ。

どの目線からその言葉が出てくるのか。確かにど偉い人たちの側にいたかもしれないし、私なんかよりも偉い神様なわけだから。間違っちゃいないけどね。でもカチンとくる。

カタン。箸を置く音。山姥切国広君が暗い声を少し張り上げた。

「写しの俺が出過ぎた真似かもしれないが……」

「自覚があるならば黙っていなさい」

すっぱりと切り捨てる宗三君。刀なだけに?面白くない。沸点の低い山姥切国広君がキレちゃうからだ。

「きっ……貴様ぁぁぁ!天下人の象徴だろうが、俺と主をコケにするのは断固として許さない!宗三左文字、表へ出ろ!」

だんっと床を踏み鳴らし、山姥切国広君は立ち上がる。あちゃぁ……。庇ってくれたのは嬉しいけれど、収拾がつかなくなってきた。宗三君も「ええ、いいですよ」なんてノリノリだ。

そのとき、ダムッ、と、床を叩く音。

「……いい加減にしなさい!」

江雪君が大きな声を出した。ビクッとして固まることしかできなかった。

「争いはおやめなさい……我々は命の犠牲の上で食することができるのです……このような食事は命の尊さを軽んじることと同じ……」

「君が何を言いたいかよくわからないよ」

しんとした部屋の中、歌仙君がやけに冷めた声で言い返した。

「黙って食べろと言いたいなら、格好付けずにそう言ってくれないかい?婉曲すぎてまどろっこしいね。装飾過多で品がないよ」

本人は派手な服装を好むのに侘び寂びを解すとは。茶室を金色に染めたい派なのかと思っていた。

はぁ……という、江雪君の重いため息。謎の威圧感が心臓を圧迫するかのようだ。空気の密度が変わったというか。

「……わかりました。人が『怒る』とは、こういうことです」

江雪君が立ち上がった。戦帰りの返り血が多い日なんかはこんな目をしていることがある。

「審神者」

跳ねるように立ち上がった小夜君は、私の手をグイグイ引いて廊下へと連れ出す。

逃げたところで始まる、なんか、騒音。みんながギャーギャー言ってるのが聞こえる。

「と、止めないと」

「いや、このままにしよう。力関係がはっきりする。抑止力にはなるさ」

小夜君はドライに言った。宗三君が小姑になったことにより崩れかけたパラーバランスが、長男を頂点として再び形成されるのだろう。例えるなら、小夜君は警察官、江雪さんは裁判官、みたいなものか。

「……ごもっとも」

握った権力と実際の武力を切り離して極めて客観的に考えるなんて。あえて言おう、恐ろしい子供だ。

「審神者はあいつらに好き勝手させ過ぎじゃないか?時には規律も必要だよ」

「で、でも……せっかくご一緒できたのだから、楽しくお仕事したいし……」

「……頼りない審神者だな」

呆れたように小夜君は呟く。肩幅の縮まる想いだ。こんな状態になれば尚更。

しゅんと萎れた私にきつい三白眼が向いた。口元は、ほんのり優しげに緩んでいる。

「だけど、審神者のそういうところ、好きだよ。僕がしっかりするから、審神者はそのままでいいよ」

「……嬉しいし、頼りがいあるなぁって思うんだけど……なんか……」

……より一層、情けない気分に?

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