▼ わりと普通
書類は顧問の先生に提出しなくちゃいけないらしい。榊先生はテニスコートにいるらしく、三人揃って気まずいお出かけ。
「わ! コート超ひろーい!!」
琴梨ちゃんがびっくりしてすっとんきょうな声を出した。
「200人も部員抱えてるからねぇ。すごいよねぇ」
「ホントにすごーい! なにこれー!」
「レギュラー専用コートなんてやつもあるんだよ。先生はそっちにいるのかな……」
部員がレギュラーとそれ以外で別れているように、マネージャーもレギュラー専用とそれ以外とランク性になっているんだよね。すごいシステム。やっぱり花形だから人は集まってくるね。
「………………」
さっきから雀は黙りっぱなしだ。そんなに話したくないのか。
やっぱりレギュラー専用コートに先生いた。一目でわかるね。
「あっ……」
雀が小さな声を漏らした。
コートでは、ちょうど亮君と若君の練習試合が行われていた。どうやら簡単なラリーみたいだからレギュラーの資格には関係ないみたい。
あ。若君、いい球打った。キィーンって鳴った。だけど亮君は足が早いからギリギリのコースを狙っても追い付いちゃうんだよね。
む。亮君の返球が甘い! これはチャンス。決めるしかない。
その時、雀が大きく息を吸い込む音がした。
「亮――っ!! 後輩に負けたら激ダサよ!!」
観戦していたレギュラーはみんな私たちの方を向いて。
若君も振り返りそうになっていて。
「わかってらぁ――っ!!」
亮君はポイント決めた。
隙を突かれたにしても、完璧な打球だったと思う。まるで瞬発的に本気になったみたいに。
「やった……!」
雀はまるで自分のことのようなガッツポーズ。そして、みんなの視線に気がつく。ハッとして、赤くなって、ふくれた。
若君は舌打ちしたんだと思う。聞こえないけど。
剣呑な表情で振り返ったら、私と目が合った。途端に何とも言いがたい表情になった。
亮君はラケットを持ったまま駆け寄ってきた。タイムしてないし、今のが最後だったのかな。
「あー……その。なんだ」
駆け寄ってきたわりには、うにゃうにゃした言い方だった。雀もうにゃうにゃしている。
「……なによ」
「……勝ったぜ」
「良かったわね。オメデト」
「あぁ……。ありがとよ」
「……」
「……お前のお陰っつーか……」
やたらと間延びした青臭い会話が続いてるからほっとこ。完全に二人の世界だからお邪魔しちゃ悪いし。
ポカンとして無口になった琴梨ちゃんを促して、先生のところに連れていく。
「先生、マネージャー希望の子です」
「あ……よろしくお願いします」
私に背中をつつかれて琴梨ちゃんはプリントを提出した。頭が回ってないみたい。確かに、期待に胸が踊るか、冷やかすか、頭が真っ白になるかのどれかだよね、あれ見たら。
「そうか」
先生は手短に頷いてプリントに目を通す。
「マネージャーは北側に専用の部室がある。詳しくは統括の瀬尾に聞くといい」
「あ……はい」
「では、行ってよし」
お決まりのポーズで指示。のち、先生は立ち上がった。と思ったら、青春している二人に近づいていった。この歳になると怖いもの知らずになるのかしらん。
「宍戸」
「はいっ!?」
亮君も雀もびくりとしてこっちの世界に戻ってきた。
「お互いの成長に繋がるいい男女交際をしているな」
「あ……ありがとうございます……」
二人揃って先生にぺこり。親御さんへの挨拶に見える。
先生は「うむ」と頷いて。
「しかし、場所はわきまえた方がいい。氷帝の生徒として相応しい態度で過ごすように」
「はい……すみません……」
「よろしい。行ってよし!」
ビシッ。
……と決めたあとに、跡部君に指示を出して帰ってしまった。忙しい人だ。
「……あの二人、付き合ってるんだ」
琴梨ちゃんがカランとした乾いた口調で言った。
「うん。跡部君と亮君が三角関係して、亮君が勝ったの」
「えっ!?」
「跡部君は部長さんでね、ほら、あの子。お金持ちだし何でもできてすごいんだよ。でも雀は亮君だったんだよねぇ」
人の心って不思議。損得勘定じゃないんだから。
琴梨ちゃんはやけに挙動不審になって、泣き出しそうな顔をしていた。
「どうかした?」
雀のモテっぷりに怖れ戦いたのかしら。
「……あの。乃子、さん……」
若君がおずおずと声をかけてきた。
私はにっこりと微笑んで、多くを語らない。
「その……アレですよ……間が悪かったっていうか、運が悪かったっていうか……決して油断してたわけでもなくて……俺が優位だったっていうか、ほら、あの……一球勝負だったので…………」
次第に若君の声が小さくなっていく。消え入りそうな言い訳だ。
ちょいちょいと手招き。寄ってきたところ、耳に口を近づけてこっそり。
「勝ったらご褒美あげるから、次は負けないでね」
「な、ななっ……」
真っ赤になって飛び退く若君。
「俺はそんなもの欲しさに勝ったりなんかしませんから! 勘違いしないでくださっ……」
「何? なんだってー?」
にやにや笑いながら、向日君が文字通り飛び込んできた。ジャンプしながら。
「ええやん。うらやましいわー。やるなぁ日吉。俺なんか勝ってもなんも貰えへんわー」
忍足君も。
「で、何を貰うんだって?」
肩を掴んで逃がさないようにしている。忍足・向日ペア、息ぴったりだね。さすが。
「何ってそんな指定とか……ひ、人の恋路を詮索しないで下さい!」
向日君がピュウと口笛を吹いて冷やかした。
「おーおー、そんなけったいなもん貰うつもりやったんかー。ん? どうなん? 乃子ちゃん的にはありなん?」
忍足君のにやにやが私に向く。このダブルス、もう片方のダブルスと違って冗談が通じるから、悪ノリしても大丈夫。
「若君が欲しいっていうなら……いいよ……?」
「「おおーっ!」」
「だから乃子さんあなたもそういうことを言うのは止めて下さい! あとそこのお二方! 止めて下さい! 本当に!!」
照れを通り越してほぼ泣きそうな若君。可愛い。
「てめぇら何グダグダやってんだよ!!」
跡部君の怒り狂った声がコートに鋭く響いた。
「テメェらは何部だ? 恋愛部か? 違う! テニス部だろうが!! 恋愛なんざにかまけて氷帝学園硬式テニス部の品格落としたらただじゃおかねぇぞ!!」
「跡部が吠えとる」
「負け犬」
息ぴったり忍足・向日ペア。言い返せずに跡部の言葉が詰まる。
「やだなぁ、跡部さん。さっきの宍戸さんを見てればわかるじゃないですか」
嫌味なく笑顔でいい放たれる鳳君の悪意ない結果として嫌味。高見の見物を決め込んでおきながら、こんな場面で切り込んできますか。本当にいい性格をしている。悪気がないから質が悪い。そしてこれは立ち直り難い。
「うるせぇっ……全員校庭100周してこい!!」
「ちょ……それ手塚やん。ウチは青学のコートの何倍あると思ってん」
「黙れ黙れ黙れ――!! さっさと走れ部長命令だ!!!!」
「せめて10周にしてくれへん?」
忍足君、値切った。
「それでいい!!」
いいんだ……。
真っ先に走り出したのは跡部君だった。走りたい気分だったのかもね。
忍足・向日ペアは跡部君にウザ絡みするつもりなんだろう。楽しそうに駆け出していった。
亮君は苦笑して、雀は申し訳なさそうにしてた。そんな雀の頭を亮君がちょんと小突いて微笑むと、なんともラブラブな感じで瞬間のアイコンタクト。それから亮君はランニングに参加した。もちろん鳳君と合流して。
「……あの……乃子さん……」
「なぁに?」
若君がもじもじしているなんて珍しい。
「その……次、勝ったら……」
お?
「……やっぱりなんでもないです忘れて下さい。それじゃあ」
逃げるように行ってしまった。
……その気になってきたのかぁ。なんか、感慨深いかも。ドキドキしてきちゃう。
「……付き合ってるの?」
琴梨ちゃんがいることすっかり忘れてた。唖然としたように聞いてくる。
「うん。ごらんの通りに」
琴梨ちゃんは、なんか知らないけど放心している。つっついても立ち尽くしている。でも背中を押したら歩いたので、マネージャーの部室までつれていってあげた。
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