てにす ルル | ナノ



▼ ことのあらまし

 私は一度死んだ。刺されて死んだ。前世の記憶ってやつだと思う。

 あるときにフッとわいたように記憶が蘇って、それ以来、フラッシュバックに襲われることがある。

 体験したことのない記憶に私は悩まされた。


 街を歩いていたら、知らない人に刺される。

 何回も何回も、執拗に、冷たい刃物が私の体に突き刺さってくる。

 肉が裂かれる。抉られる。肺からヒュウヒュウとすきま風。喉から血が込み上げて、吐き出す。すごく痛くて苦しいのに、その瞬間だけは全部を忘れて自分の状態にびっくりした。

 死ぬんだ。

 って。

 死ぬことなんて生きている間にはわからない。怖いことだ。ましてや健常で覚悟なんかしていないときに、いきなり死ぬなんて、憤るばかりで、頭の中が恐怖で白くなってしまうばかりで、自分という存在をアイデンティティーを忘れてしまうくらいにのたうち回ることしかできない。

 誰とも知らない悪意に晒されて生きることを奪われる。


 その記憶のせいで、私はいろんなことが怖くなった。

 通りすがる人がみんな殺してくるみたいに思えた。みんな、ポケットにナイフを隠している。そう思った。

 フラッシュバックも辛い。予兆もなく、刺された痛みと怖さが鮮明に再現されてしまうから。


 ……でも、カウンセリングを受けて、薬を飲んで、だましだまし、かくしかくし、学校に通っていた。

 そんな目に会うことは滅多になくて、私は本当に運が悪かった。だから、二回目はあり得ない。故に、まだ生きることができている。

 若君と出会ったのは、ちょうど薬を飲もうとしていた、具合の悪いときだった。フラッシュバックの予期不安だ。

 人の少ないところでこっそり薬を飲む。保健室は、なんだか具合の悪い人に度が増してしまいそうで避けていた。だから、屋上に鞄と水筒を持ち込んで、薬を飲むことにしていた。


 私が入った少しあとに若君はやってきた。


「……具合悪そうですが、大丈夫ですか?」


 スクープ狙い中の若君は、隅っこの日陰に座る私に気を使って声をかけてくれた。


「薬飲んだから大丈夫。ありがとう」

「保健室に行かなくてよろしいんですか? 一人で行くのが難しいようなら俺がお供しますよ」

「ううん、へいき。でも、ちょっとだけ眠らせて……」


 薬を飲むと眠くなるのだ。私は持ち込んだブランケットをかけて、鞄を枕に、丸まった。


 起きたのは一時間後。体育会系の部活があるし、天文部が活動することもあるから、学校が閉まるにはまだ余裕がある。だとしても。


 若君はまだ屋上にいた。


 空が夕日で真っ赤になっていた。血の色を思い出して少し怖くなったけれど、不思議と若君の背中を見たら安心した。それは多分、彼が私を心配してずっといてくれたんだと、勝手に思い込んだからだ。


「……あなた、まだいたの?」


 だけど、初対面だし、本当のところはわからないから、わざとそんな聞き方をしてみた。


「……これくらいの時間の方が出るんですよ。被写体」

「被写体?」

「幽霊とかUFO。委員会の仕事ですよ。スクープ狙っているんです」


 変なの。

 カメラ片手に空を眺めている彼を見て、率直にそう思った。


「オカルト好きなんだ」

「悪いですか?」


 多分、オカルト好きをバカにされたことがあるのだろう。少し攻撃的な聞き返しをされた。

 だけど、私はオカルトで痛い目を見ているから、オカルトを舐めない。なんてったって、前世の記憶だもん。


「悪くないよ。好きに罪はないし。それに……」


 少しだけ、ためらった。初対面の人に話すこと。だけど、つっけんどんで素直になれない、それなのに、好きなことは相手に否定される可能性があっても言ってしまえる、そんな人柄に安心を覚えた。


「……私、面白いかわからないけど、ネタあるよ」


 若君は私の話を聞いてくれた。疑いながらだったし、途中までは電波さんと思われていたみたいだし、今でも電波さんだと思われているみたいだ。だけど、私もちょっとそう思っている。だから構わない。それでも一緒にいてくれるし、面白半分だけど記事にならない話を聞いてくれて、私が具合悪いときは本気で心配してくれて、なんだかんだで側にいてくれて、付き合ってくれているから。


「若君、夕日がきれいだね」


 あの日みたいに若君は夕日を見上げている。だけど私は、隣に寄り添っている。若君の肩に自分の肩をくっつけている。すごく近くなった。


「……UFOは出ませんねぇ」

「『乃子さんの方がきれいですよ』とか言ってくれないの?」

「ガラじゃないんで」

「でも、これは許しちゃうんだ?」


 ちょっと肩を押してみる。若君は照れたように空を見続けている。


「……学校ですよ」

「うん。困らせないよ」


 若君は真面目だ。どんなにいい雰囲気でも、学校に関わる場面ではそういうことをしない。でも、そういうことがしたくないわけでもなくて、親がいないときに私の家に呼んで遊んでたらキスしてくれた。キス止まりだけどね。中学生だし、それも節度なのかもしれない。


「……若君、好き」


 UFOウォッチングも幽霊探しも、今となっては全部口実になってしまった。こうやっている時間が幸せなだけ。


「……先に言うのは狡いですよ」


 照れ隠しで拗ねながら、若君は呟いた。

 委員会で若君の大好きな下剋上ができないのは私のせいなのかもね。ごめんね。でも大好き。

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