▼ なんだっけ
「……で、あの子の名前、なんだっけ」
「宮北琴梨ちゃんだってば」
トモダチの雀は呆れたようにそう言った。神経を研ぎ澄ましている子だから聞き逃しとかないし、ノートは綺麗だから本当に便利。
「乃子はちょっと忘れっぽくない?」
「私忘れっぽいかな?」
「そうよ」
「そっか。でもそれはいいことだよ。だって、人間の美徳だよ」
「迷惑かけなきゃね。……ま、私は気にしないけどサ」
雀の視線がそれる。彼女の黒目は宮北さんをとらえた。そんな雀を見た私は、つまり宮北さんまで目が向かったということだ。
「あの子、なんか癪に障るっていうか」
雀の尖った声。
「そう?」
「そうよ。男子ばっか侍らしてさぁ。私ら女子はガン無視だもん」
「男の子が好きなんだね。でも、女の子が好きなのよりはぜんぜんフツウだと思うよ。健全だよ」
「そういう問題じゃないでしょ」
「そうかな? うわっつらだけの恋愛なんて、一回ヤッちゃえば飽きるんじゃないかな?」
「一回でもヤッちゃったら嫌でしょ!!」
ヒソヒソ話の小声なのに、怒鳴った様。
「雀怖いよぅ」
「御免」
苛立ちをため息で吐き出して。眉を潜めながら宮北さんを睨み付ける雀。
「……男子テニス部のマネになるとか言ってんの、アイツ」
「テニス好きなのかな?」
「大概どこの学校でも花形だから好きなんじゃないの?」
「あ、わかったぁ。ドラッカーだよ」
「それは野球部! もぉっ!!」
雀の怒りが私に向いた。理不尽だ。
「今はあんたと話してるとイライラする!! ズレてんのよ!! ゆーっくり喋るの待つのとかマジ面倒だし!」
「……ごめんね。悪気はないの」
……多分ね? ぜんぜん、キャラなんか作ってないと思う、たぶん。この申し訳なさそうな、ごめんねって表情も、きっと私の素なんだよ。
「……マジごめん。許して」
今度は雀が申し訳なさそうな顔をする番だった。
「ううん。私が悪いの。謝らないで」
「そんなことない! ……私、ちょっとカリカリしてたっていうか。亮にちょっかい出されたら嫌っていうか……」
ゴニョゴニョと語尾が消えていった。
雀は宍戸君の彼女だ。熱血漢で男前な性格の宍戸君と、さっぱりしたしっかり者の雀の二人はお似合いだと思う。
お互い、素直になりきらないところがあるから、煮え切らない面もあるけど。
付き合っているんだから、そんなものはなし崩しにしてしまえばいいのに。変なの。そういう真面目で子供っぽいところ、二人らしいと思うけど。
「……乃子だって嫌じゃない?」
ばつが悪そうに雀の唇が3の字になる。
「なんで?」
「……カレシ取られないか心配になんない?」
「ならないよぅ。信頼してるもん。雀は宍戸君のこと、信じてないの?」
「してるけどっ……。……でも、だとしても、近付かれたらヤダくない?」
嫌に決まってるじゃない。
男の子なんて可愛い女の子がいたら一発はヤりたい生き物だし。いいムードで勃っちゃったら止めようもないし。
でも、そんな悩みに決着をつけるのは簡単なこと。
彼氏が彼女にめいっぱい惚れていればいいだけなんだから。
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