てにす ルル | ナノ



▼ 心配しているから

 私ったら超名探偵。だから刺されて死んじゃったのよ。現実には、若返りさせる薬なんかあるはじもないし。……私だってこれくらい有名な漫画なら知っている。

 謎は全てとけた。

 だから犯人を呼び出した。

 in屋上。


「いい天気! 気持ちいいね!」

「そうね。風が爽やか」


 雀は風に押されて乱れた髪の毛を直します。乙女な仕草。


「こんなに天気がいいと、うっかり飛び降りたくなっちゃうね」


 にっこりと笑いかけます。私はこういうキャラなんです。


「ならないわよ……まかり間違って飛び降りたくなっても、心は晴れないし爽やかじゃないわ」


 呆れ顔。電波ちゃんっぽい発言に付き合うだけでも偉いけど。


「雀もそうなった?」

「何を、どう、なるの?」

「気持ち晴れないとき」

「……かもね。でも、もう解決したわ」


 フェンスによりかかる雀。どこか達観したような顔をしている。

 ――まだ早いよ。


「雀の悩みって、本当の自分と、偽物の自分、好きっていう感情は、一体自分の何を指してか、ってこと?」

「……乃子だって、自分の顔とか胸だけ見て好きになられたら嫌でしょ」


 別にそうでもない。若君がそれで私を好きになってくれるなら全然いいし……若君はそういう子じゃないし、私達は内面から歩み寄ったわけだから、本末転倒な話だけど。

 まぁまぁまぁ、置いといて。

 警戒する雀。変わらない表情を作りながら、私は続ける。


「雀は違うもんね。人から愛される力を神様にもらったんでしょ? だから、自分が本当に愛されているのか、本当に自分が好きなのか、疑っちゃった」

「……宮北に聞いたの?」

「それしかないじゃん。他に知ってる人、いる? それならそっちにもお話を伺いたいなぁ」

「……ふん。だから? 私がそういう星の下にいることが、何か?」


 敵意むき出し。……仲良くしていたのにこれはないんじゃないかなぁ。雀も大概、病気だったんだね。


「雀が星の下にいることが問題じゃないの。なんか、生け贄が必要なんだってね、そういうのって。一体何をしたのかなぁって」

「あんたもやりたいの?」

「じゃあ、そういう前提で」

「つか、なんで聞いてくるのよ。探偵気取りもほどほどにして。神様とか出てくるから激ファンタジーだし」

「ただの、妄想。付き合って? どうせ嘘だから」


 苦い顔。

 ……あ、そっか。逆だ。友達だと思っているから、油断しているんだ。じゃなきゃ、こんなに話さない。まともな話じゃないし、まして、電波女(笑)の私だから。相手にする方が馬鹿馬鹿しいじゃないの。


「付き合ってあげてるだけだからね、本気にしないでよ」


 と、雀は


「まぁ、冗談なんだけど」


 用心深く前置きをして。


「人を刺したよ。背中からぶっすり。生け贄だから確実に殺さなくちゃいけないし、怖くて錯乱していたし、何回も念入りに刺したよ」

「へぇ」


 雀は機械的な目をした。考えることを止めた目だ。感情のキャパシティがある線を越えたとき、ふっつりと何も考えなくなったり、自分を称えたり、死にたくなったりする。そうしないと自分を守れないから。彼女の口元がひきつるのも、自己防衛。


 あるはずのない傷がうずく。血が逆流していくような、体全体の、壮絶なまでの、ざわつき。臓物がキリキリと軋む。冷たいナイフに体を掻き回されている感覚。その恐怖を、私は知っている。


「雀が刺したの、私かもね」


 心臓が恐怖に脈打ち、息が上がる。目の前がクラクラする。喉の奥が、臓物ごと、ひんやりとしてくる。


 怖い怖い怖い怖い。死ぬことが怖い。死んだことが怖い。体が痛くて痛くて、理不尽に人格を蹂躙されていくような、着実に迫る闇が怖い。目の前にくる死が怖い。

 だけど、間違っても怖いのは雀じゃない。

 だって、殺される前に殺せばいいし、誰が刺してくるかわかるなら、刺されないようにすればいい。


「……まさか。妄想に巻き込まないで」

「まさかって私こそまさかって言いたいよ! まさかまさかまさかまさかまさかー!!」


 いや、これじゃ気が晴れないよね……。馬鹿っぽい。今はぶりっこしなくていいんだよ。

 きょとんとしている雀に、照れ隠しのため息をつく私。

「私、前世は刺されて死んだの。覚えているの。すごく……死ぬほど、痛くて怖かったの。今でも苦しいの。怖いの」

「私じゃない。私じゃないわ……」


 自分の内側に、言い聞かせるような口調。

 お前だろうがお前じゃなかろうがどうでもいい。そのことに早く気がつくべき。気がつかれても困るけど。


「呪ってやる」

「呪いなんか……やってみなさい……私には神様がついている……」

「本物なんだ」


 自分でも、もはや、話の中身が本当なのか嘘なのかわからない。でも、どっちでもいいのだ。嘘を本当にしてしまえばいい。私はともかく今日までの十五年よりは少ない日々、ずっと誰かを呪い続けていたのだ。若君に会えたから許してやってもいい、なんてことはない。それはそれ、これはこれ。雀が私を殺したわけじゃなくても、私は人をいきなり刺し殺すようなやつ絶対に許せない。私が刺されたわけじゃなければ興味すらないだろうけど……。

 雀は、目をぎゅっと瞑った。両手を胸の前で組んで祈るようなポーズをとる。

 マジで神様? 笑える。ていうか、琴梨ちゃんも知っているくらいなのに、なんで私は見ていないんだろう。


「ふんぐぬい むるぐうなふ くとぅる るるいえ うがふなくる ふぐたん……」

「は?」


 何をぶつぶつ言ってるんだろう? 聞いたことのない言語だけど……ラテン語とかかな?


「ふんぐぬい むるぐうなふ くとぅる るるいえ うがふなくる ふぐたん……」

「ちょっと」

「ふんぐぬい……」


 終わらなさそう。何よ、あんたこそが電波ちゃんだったの? 私の立場はどうなるのよ……。


「私、帰るね。ずっとぶつぶつやってたらいいよ。私は神様がいるなんて思えないから……」


 雀を置いて、さっさと帰る。屋上と学校を繋ぐ扉を開けて、薄暗い階段を見下ろす。


 闇が蠢いた、気がした。

 何かが這うように階段を上がっている。


 ……ん? あの黒いのは

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