▼ わんわん
雀は結局、みんなとわいわいして幸せそうだ。みんなって、テニス部レギュラー陣。クラスメイトとも仲はいいけれど、レギュラー陣のからの贔屓っぷりがよくわかる。まぁ、二人も虜にしてるしな……いや……三人かな……。
「乃子さんは、琴梨さんと仲がおよろしいんですね」
鳳君が、怖い顔をしている。最近の屋上は校舎裏以上にラブ&バイオレンスだね。怖い怖い……暴力は振るわないと思うけど、どういう手段に訴えてくるのかわからない相手だ。
「私、みんなと仲良くしたいから。雀だって友達より彼氏の方が嬉しいんじゃないかな」
チクリ。――嫌味のつもり。
「まさか。雀さんを乃子さんと同じ風に考えないでくださいよ。そんなふしだらじゃありません」
ケラケラ笑う彼の敵意。
そりゃ前世はけっこう遊んでいたかもしれないけど、今は清らかかつ若君一直線だからふしだらなんかじゃありません。むかつくー。
「どうして欲しいの? 私に」
「友達なら友達らしくしてください。雀さんは自信をなくしている。自分なんか相応しくないと言っている。そんなことないんだって、言ってあげてください」
へえ、そんなことを。馬鹿馬鹿しい悩みだ。
――ん?
「――人に愛される力。例えばそれが人に与えられた作り物の力で、元来は持っていないものだとしたら。確かに、相応しくないのかもしれない」
ただの仮定。口に出すのはただの意地悪。
「あなたの発言は意味がわかりません。妄想ばかりだ」
「そうね。ごめんなさい。妄想よ」
「――だけど、妄想は妄想でも、失礼な妄想だということはよくわかります。謝ってください、雀さんに」
清廉潔白を人に押し付けないで欲しい。面倒くさいやつだ。
「雀連れてきてよ。そしたら謝るよ」
「悪意を感じる言い方ですね」
「そっちこそ。私に絡んで何が楽しいの? 私の何が気に入らないの? キミが何をそんなに気にくわないかはよくわかっているけれども、それは私に関係ないじゃない」
ムッとして、顔を怒らせて、数秒。鳳君は黙る。
そして、落ち込んだみたい。
「……すみません。八つ当たりだ」
「でしょうね。よくわかるよ。みんなには『しー』しといてあげる」
茶化して人差し指を立てる。
鳳君も多分あんまり私のことが好きじゃないんだと思うけど、今ばかりは気を抜いたように表情を緩めた。
「少し相談していいですか?」
「うん、何?」
「実は、好きな人がいて」
「とっちゃえ。とっちゃえよ」
どうせ雀なんでしょ。知ってるから。回りくどい話なんかされても聖人君子ウザイだけだし。
「……やっぱり止めておきます。あなたに相談したのが間違いだった」
「そうかな?」
軽蔑の視線を向けてくる鳳君に、ニヤニヤと笑みを投げ掛ける。
楽しい。
人と関わるのが久しぶりに楽しい。若君以外と関わって、楽しい。
きっと私は悪い人。
「鳳君は雀が好き。それって、悪いことかな? 人を好きになるのは悪いことかな?」
「……感情は、自由です。でも、関係は、自由ではありません。雀さんは宍戸さんの彼女です」
「そんなのはただの事実でしかないよ。事実は真実じゃない。目の前にある現実が全てだといいきれる? 真実は、鳳君の心の中にあるよ」
「それは話をややこしくしているだけです。前後不覚にして俺を騙そうとしている」
ギッ。
――鋭く睨み付ける鳳君。こんな顔もできるんだ。ちょっと、ドキドキするじゃない。好きなのは若君だけ、だけど。
「魔女め。俺は、惑わされない」
「魔女、魔女かぁ。魔女だったら楽しいのになぁ」
若君にネタを提供できる。現代に生きる魔女なの! って言ったら、食いついてくれるかなぁ。
「でもね、鳳君。鳳君が雀を好きなのは、本当なんだよね?」
「だから何だ」
「本当に本当に、好きなんだよね? 亮君よりも雀のことが好きなんだよね?」
「……」
「友達に甘んじようとしている跡部君よりも雀のことが好きなんだよね? 当然だよね。友達じゃあ物足りないもんね」
「……いい加減にしないと」
切りつけるような静止。
ゾクゾクする。
「雀は鳳君のことをなんとも思わない。亮君や跡部君が鳳君に抱く感情と同じ、『ただの後輩』でしかない。悔しいよね、こんなに雀のことが好きなのに、雀はちっとも鳳君のことを意識しない! 好きにならない! 恋をしない! 愛なんかない! だってただの後輩だもの」
「黙れっ!」
鳳君が私の襟首を掴んだ。鳳君とは体格差があるし、私はそもそも小柄で華奢だから――若君のために頑張っているのです――足が浮く。持ち上げられている。苦しいけど、死ぬほどじゃないね。刺されたときほど怖くない。
殴ってみろ。殺してみろ。できないと思っている。できたとしても、それはそれでいい。私の目的は鳳君の枷を外すことだ。ネジが一本外れたら、自分の純粋すぎて幼稚な感情に気がつくはず。先天的、幼児性、暴力癖。人間なら誰しもが持っているソレ。理性で覆い隠しているソレ。
「鳳君は私をどうするの? 殴る? 蹴る? 犯す? 殺す?」
「……黙れ」
「鳳君は女の子に暴力が振うことができる。鳳君は女の子を犯すことができる。何もかも、簡単なこと。鳳君はやればできる子。だって、今も、そうでしょ。大丈夫。女の子はそういうの嫌いじゃないよ。心のどこかで期待してる。確かに痛いのは嫌だけど、愛されることも、気持ちいいことも、大好き。その人の色に無理やり染められるのも大好き。女の子はみんなそう。嫌がっていたとしても、本当は違う」
「雀さんは、あなたとは、違うっ!!」
耳いてぇ! バカみたいに大きい声出すとかバカじゃないの!! 耳が近いのに!!
投げられた。ネズミ避けフェンスに背中が当たって、カシャンと鳴る。
ちょっと苦しかったな。咳き込みながら息を整える。
まるで、弱々しい女の子みたいに。どこか、怖がりながら。鳳君の顔色を盗み見る。
「そんなの、ただの理想の押し付け」
すごんで口元をひきつらせる。笑っている風に見えるだろうか。
鳳君は太い眉を寄せたあと、軽蔑したように苦笑した。
「あなたへの適切な対処を見つけました。耳を貸さない。では、失礼します」
頭を下げて、屋上を出ていく。怒った後ろ姿。
「ふふふふふふっ……あははははっ! あっははははははは!」
狂ったように笑う。――故に私は正常だ。まだ演技。鳳君の耳の奥に焼き付くように、笑う。
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