▼ 神様のいうとおり
「信じられないかもしれないけど、琴梨は一回死んだの」
彼女は――琴梨ちゃんは、私の目を真っ直ぐ見て、言った。
「琴梨は……琴梨は……その……ちょっと、死んじゃって」
ちょっと死んだってどういう表現なんだろうか……言いにくい死に方をしたのかな。刺された私は普通に言えたし、例えば監禁されて犯されて殺されたとか。
「それで、気がついたら、神様にね……が……生き返らせてくれるって」
……マジ? この子、頭大丈夫かな。でも、私みたいなケースもあるし……じゃあなんで私は神様に会えなかったの。若君に提供できる話題が一個減っちゃったじゃない。その分、琴梨ちゃんが面白いネタを持っている。それは怖いこと。
「でも、神様は意地悪だったの。琴梨はみんなに嫌われちゃうって。でも琴梨、そのまま死んじゃうの嫌だったから……」
その気持ちは、わかる。突然命を奪われた時の悔しさや悲しさは体験した人じゃないと理解できないだろう。
「でも、神様は条件をくれたの。琴梨が神様の指名した男の子達とラブラブになったら、琴梨が嫌われちゃう呪いは溶けるんだって。きゅうさいしょちなんだって」
「なにそれ」
まるでゲームじゃない。本当にそんなことあるの? 全部この子の妄想じゃないのかな……。
「でも、宍戸君には雀ちゃんがいて、日吉君には乃子ちゃんがいて……でもでもっ、琴梨だって辛くて……」
やっぱり若君も言い寄られていたんだ。それを私に隠してストレスだけためていたのは、多分、不安にさせたくないから、なのかな。その分甘えてくれたんだし……良かった。若君は私のことが好きなんだ。どんな事情があるにせよ若君に手を出そうとした琴梨ちゃんは許せないけど。
「だから、神様に相談したの。そしたらね、神様は、雀ちゃんはみんなに愛される子なんだって、教えてくれたの。愛されるのにふさわしいだいしょうをはらったー、って」
「愛されるのに相応しい代償?」
代償。取引。――本当に神様? 私には悪魔のように思える。
「よくわからないんだけど……琴梨のきゅうさいしょちも、とーかこーかんなんだって」
「琴梨ちゃん、単語の意味、わかって言ってるかな?」
「あんまりよくわかんない」
やっぱりこの子馬鹿だ。私の目に狂いはなかった。
「でも、それって、もしかしたら雀ちゃんも琴梨の仲間ってことかもしれないよね? だから、怖いけど話してみたの。そしたら怒られて、なんか、こうなっちゃった……もう嫌だよ。あの時、素直に死んどいた方が良かったのかなぁ……」
琴梨ちゃんは、屋上と空の境界線に目を向ける。
「琴梨が死んだら、乃子ちゃんは悲しんでくれる?」
別に。
「うん。悲しい。だから止めて」
……本音を言わない方が得することもある。今ここで彼女を死なせたら亮君が鬱になりそうだし、亮君は私が屋上に取り残されていることを知っている。それは面倒だ。若君に近づいた女だから処分したい気持ちはあれど。
「……ありがとうっ!」
藁にでもすがるように、琴梨ちゃんは私の手を握ってきた。
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