▼ ゆるふわのこ＊
亮君の彼女は雀だけど、いざというときに頼ってくるのは私。とすると、私は亮君の友達ということになるのだろうか。友達？ 親友？ 盟友？ 悪友？ ……まぁ、なんだっていいけれど。亮君が求めている役割に私を当てはめて、自分にデメリットがない程度に動けばいいのだ。さすれば物事はすべてイーヴンに動作する。相手が損得勘定のない人間だったら、いつかお釣りが来る。来なくたってそのときが平々温々に流れたらいいんだけど。
「宮北を殴りそうになったら止めてくれ」
それが亮君のお願いだった。「何事もなければ証人になってくれ」と言われた。
「あともう一人くらいつけたら？ 中立の立場の人を」って言ったら、樺地君の名前があがった。彼と並んで隠れているのは精神的に圧迫されるものがあるので、録音するということで落ち着いた。
あくまで私は中立。物事を私の比重で計りながらもありのままに受け止めるつもりだし、ぶっちゃけ、どっちが勝とうが負けようがどうでもいいのだ。
でも、テニス部に迷惑をかけるようなことはしないで欲しい。なぜなら若君のチャンスまでおじゃんにされるから。氷帝の硬式テニス部が由緒正しく強いことは若君にとってのメリットだし。
そんなわけで、やっぱり屋上だった。部室は部員が来る可能性がある。でも、放課後の屋上は物好きでない限りほぼ間違いなくないだろう。……いや、屋上チルドレンの私がなにを言うかって感じなんだけどね。実際屋上に来ている人は現場を知っているっていうか。
「突然なあに」と、やってくる琴梨ちゃん。亮君は切り出しを少しだけためらって、雀と琴梨ちゃんの関係について質問をした。琴梨ちゃんはシラを切った。
「知らないよ」
戸惑いを含んだ口調には、嘘がにじみ出ていた。亮君は「それならそれでいい」と鋭い声で言う。「だけど、もしお前のせいで何かあったら、次は実力行使させてもらうからな」多分、社会的な意味で、だろう。亮君はがさつだけど乱暴ではない。特に女の子に対しては遠慮深い。
琴梨ちゃんは黙っていた。二人の姿が見えない場所に息を潜めて隠れているからどんな顔をしているかもわからない。
「あと、お前、ぶっちゃけ迷惑。宮北が来てから部内がゴタゴタして面倒なんだよ。俺ら、そういうのに構ってるほど時間ないし。もし俺らのことを考えるなら、部活やめてくれ。激迷惑だから」
琴梨ちゃんは、小さな声で「ごめんなさい……」と呟いた。震えた声だ。
さすがに亮君も気分がよくないのか――当然だ。根が優しいのだから――気まずさに黙ってしまう。
「……じゃ、そういうことだから」
そして逃げてしまった。取り残されちゃったよ、私。仕方ないからマナーモードにした携帯を開き、『お怨み申し上げますわ。さっさと雀と帰宅しろ』とメールしておいた。
「う……ううぅっ……」
呻き声……いや、嗚咽？ 琴梨ちゃんのものだ。
「なんでよぉ……なんで神様は酷いことばかりするのぉっ……」
神様？ 酷いこと？ 電波な呟きだ。
――私は電波ちゃん。
自分でそう思うところがあるし、若君もそう思っている。
若君は私の電波なところに興味を持ち、そこから、私個人に興味を持った。
もし若君が琴梨ちゃんの発言を聞いたら……興味を持つ可能性はないとは言えない。そして……それ以上の可能性も。
駄目。
ならどうすればいい？
……私が、琴梨ちゃんの、唯一頼れる友達になればいい。
簡単だ。みんなみんな琴梨ちゃんが嫌いだから、ひとりぼっちの彼女に救いの手を伸ばすふりをすれば、あっという間に唯一無二になれる。弱った人間なんてそんなものだ。
録音を止めよう。
「琴梨ちゃん、なかないで」
物影から出ていく。琴梨ちゃんは驚きでビクリと肩を震わせた。
「乃子……ちゃん？」
「ずっと見てたよ。酷いね、亮君。私、見損なっちゃった」
そう怒ったように言うと、琴梨ちゃんは私に抱きついてきた。そして泣いた。落ち着くまで背中を撫でてあげた。
「……琴梨が、悪いの。……琴梨が、悪いのかな？」
「琴梨ちゃんは一生懸命やってるんだよね？ 雀にも何にもしてないんだよね？ だったら、琴梨ちゃんは悪くない。頑張ってる人にそんな酷いこと言うなんて、本当に酷い。私、許せないな」
琴梨ちゃんの目には、また、涙が浮かんだ。だけど今度は落ち着いた涙で、少なくとも話せるようだった。
「……乃子ちゃん、琴梨の話、信じてくれる？」
「うん、信じる。だって友達でしょ？ 当然だよ」
真っ赤に腫らした可愛い顔が見上げてくる。くりんと巻いた明るい茶色の髪はちょっと乱れてもさもさになっていた。
「神様って……信じる？」
真剣な顔で、彼女はいい放った。
……ヤバい、宗教関連か。
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