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猛反発枕様からの相互記念

見ないフリは得意だ。聞こえないフリも。口は堅い方・・・というか言いふらす相手も居ない。
つまり、猿のフリをして生きるのはそんなに苦じゃなかった。基本的に腫れ物に触れるように俺に接していた両親だが、斑類として最低限の・・・魂元の隠し方や他の斑類との接し方は教育してくれたのであとは自分で徹底的に練習した。もともと表情の専門家にお墨付きをもらった死んだ表情筋とそこらの人よりも回る頭のおかげで多少の感情の揺れでは魂現を晒す事もなかったので、まだコントロールがへたくそだった幼少期を知る奴以外は俺が猿人だと思ってる奴がほとんどだ。

ただ、それも"外"の世界であればの話。
秩序の"ち"の字も存在していないかのような、混沌の街ヘルサレムズ・ロットでは俺の予想を遙かに上回る出来事が毎日のように起きる。この間なんて堕落王がばらまいた合成魔獣のお陰で各交通機関がマヒどころか大混乱、運悪くバスに乗っていた俺は外に放り出され交通整理に当たっていたポリスーツに押しつぶされそうになったと思ったら目の前でそのポリスーツの頭が弾け飛んだ。頭から血をかぶった上、目の前にはグロ画像。その向こうでは合成魔獣が大口を開けている。さすがに尻尾の一つも出してしまうってもんだ。


「そうは言っても、あの時のナナシ館長の表情はいつも通りだったけどねえ」
「そうだったかな。やっぱり俺の表情筋は死んでるのかもな」

感情の読めない表情で俺を見ているスターフェイズに返しながら足を動かすと、ちゃぽちゃぽと体温に近い水が音をたてる。
特別に防水加工を施した端末の画面を撫でる。次元怪盗とやらが多重結界が張られたビルの横っ腹に大穴を開けたらしい。盗られたのは警備会社の顧客名簿か。これは荒れるな。さっさと持ち株を売ってしまった方がよさそうだ。別の画面を立ち上げ、該当会社と関連会社の株を全て売り払った。と、同時に視界の端から入り込んできた手のひら。摘むようにして端末を掴んだと思った瞬間かっさらわれてしまった。

「なんだい、上の空だと思ったら警察のデータベースへ侵入?危ない真似は止めてくれよ、君みたいな優秀な"協力者"をなくすのは惜しい」
「俺がHLPD程度のセキュリティなんかに痕跡を残すわけないだろ。ハッキングなんかよりも余程厄介で危険な"頼みごと"をするアンタなら分かってると思ってたんだけど」
「"僕たち"の知らない所でしないでくれって意味だよ」
「知ってる」

取り上げられ、俺の手の届かない場所に追いやられてしまった端末は早々に諦めて温い水に浸かりなおす。水中は陸よりも落ち着く場所だ。油断しきって尻尾が出てしまっているのは自覚している。が、この無駄に広いプールには俺が斑類だと知っているスターフェイズしかいないので隠すつもりもない。

あの時。魔獣の大きな前脚に体を押さえつけられ歪に生えた牙が目前に迫って流石に死ぬと覚悟したその瞬間、横合いから合成魔獣を蹴りつけ凍らせたスターフェイズ。俺を見て、酷く驚いたように目を見開いて、きみ、斑類だったのか、なんて言われて自分があまりの恐怖と驚きに魂元を晒してしまっていた事に気づいた。
それからなのだ。必要最低限しか関わってこようとしなかったスターフェイズが俺に構いだしたのは。わざわざ図書館まで昼飯を誘いに来たり、ちょっとした事で俺をライブラの執務室に呼んだり、意味の分からない会話を振ってきたり。

今日も俺が定期的に貸し切りにしているプールへ久々に来てみたら、どこから嗅ぎつけたのかいつの間にかプールサイドのビーチチェアで寛いでいたのだ。流石にネクタイは外しているが、いつもの深い藍色のワイシャツを腕まくりし、スラックスも膝まで折っただけでほとんどいつもと変わらない姿。俺のように水に浸かるわけでもなく、飛込み台に座って足先で塩素系消毒剤の匂いのする水をかき混ぜている。重種様の考えることは軽種である自分にはよくわからない。もともと斑類であることを差し引いても他人の事なんて理解できないんだけど。自虐ネタである。

「ナナシ館長」
「何」

ぼんやりとスターフェイズの膝から足先まで延びる赤い刺青を見ていると、スターフェイズに頭を撫でられた。

「本当に、危ない事はやめてくれよ」
「?わかってるよ。大事になる前に"君ら"に連絡する」
「いや、そういう事じゃなくて、・・・いや、うん、やっぱりいいか・・・。はぁ」

プールサイドのギリギリにしゃがみ込み、俺の頭を撫でていた男が大きくため息を吐く。赤みがかった茶色の瞳は伏せられて肌に陰を落としていて、普段からそう姿勢がよくない背中がさらに丸くなっている。酷く疲れていますといった体のスターフェイズに追い打ちをかけるのは吝かではないが、今はこの癒しの時間を楽しみたい。
言っても無駄と思われてるらしい発言が少しばかり気に入らなかったが、無視だ。聞こえないフリは得意なのだ。

無遠慮に頭を撫でてくる手から逃れるように、頭のてっぺんまで潜る。一度強く目を閉じて、開けるとクリアになる視界。ゴーグル要らずの鰐の目だ。カスみたいな体力しかない俺だが、この目と肺活量だけは自信がある。それに、ここは運動するというよりは遊ぶためのプールなので体力がカスレベルであろうと問題はない。
蛟という種族柄か、水辺がとても落ち着くので時折貸し切りにして遊んでいるのだ。運動不足解消という名目で端から端まで歩いてみたり、潜ったり、たまに泳いだり。水中でプロスフェアーとかかなり楽しい。
・・・そういえばこの間からミスタ・クラウスと連絡がとり辛いのだが何か厄介な案件でもあるのだろうか。せっかく新しい手を思いついたから試してみたかったんだが。まあ最悪ドン・アルルエルにお願いすればいいか?

そんなことを考えながらただ水に沈んでいると、いきなりドボンと音がしたかと思うと腕を掴まれ、一瞬目眩がするほどのスピードで引っ張り上げられた。
プールサイドの冷たく水はけの良いタイルに座らされて、俺を引っ張り上げた男を見る。いくらスタイル抜群のスターフェイズでもプールの底に沈んでいた俺を引っ張り上げるにはシャツを濡らさなきゃならないわけで、突っ込んだ右腕は肩まで濡れてシャツの色が変わっている。膝を付いたせいかスラックスも水を吸ってその色を濃くしていた。

「何、どうしたの、スターフェイズ。こんな風に引っ張り出さなくても呼ばれたら上がるよ?」
「・・・あ、ああ、いや、つい」

溺れてるかと思った。
そう言って視線を逸らした男。

「溺れてる?俺が?」
「・・・ほら、君、体力ないだろ」
「・・・」

ぱちぱちと瞬きをする。
確かに俺はスターフェイズの言うとおり体力はない。けれど、決して運動音痴というわけでもない。手足もバタつかせないで溺れるほど器用な真似はできない。それに軽種とはいえ蛟だぞ?
顔ごと視線を逸らしているスターフェイズをじっと見つめてみたが、居心地悪そうにするだけで相手に動く気配はなし。なんだそれ。

手を伸ばし、藍色のシャツを掴む。体を丸めてプールの壁に両足をつけて、思いっきり引っ張った。

「うわっ」

ざばん。
見事プールに飛び込むハメになったスターフェイズだが、流石と言うべきか。綺麗に受け身をとって体勢を整えた彼の胸より若干下に水面がある。身長の低い俺でもきちんと立てば水面よりは頭が上に来るのだ。体力がないとか斑類とか関係なくこんな浅さで溺れるわけがない。

「水も滴るいい男だな、スカーフェイス」
「そうしたのは君だろ、ナナシ館長」
「おや、責任でもとって欲しい?」
「〜・・・ああもうっ」
「っ!?」

いきなりぐっと抱き込まれて混乱する。低いが水よりは高い体温がじんわりと濡れたシャツ越しに伝わってきて、少しだけ息を吐き出した。あ、何かいい匂いがするな。
もしかしてこれが重種様のフェロモンとかいうやつだろうか。軽く背伸びをして首を傾ける。ちょっとだけシャツを引いて、赤い刺青の入った首筋に鼻をくっつけると甘くて目眩がする匂いがした。これは雌が欲しがるわけだ。思考が溶けそうなくらい、いい匂い。けれど俺にはそこまでの毒ではない。実は斑類のゲノム解析はある程度済んでいて、うっかり斑類としての本能や性質に引っ張られないようにする薬を開発し、自分を実験台に試験運用中だからだ。

・・・とはいえ、やっぱり根本的な部分はそうそう変えられないらしい。脳味噌が痺れるようなこの匂いを嗅いでいると、スターフェイズの言うことを何でもきいてしまいそうな気分になってくる。ヤバいとは思いながらも匂いを嗅いでいると、唐突に俺を拘束している腕の力が強くなって一瞬息が詰まった。

「クソッ、もう本当、何で君なんかに!容姿は平々凡々、HL(ここ)で生きてることが奇跡みたいな体力無しで皮肉屋でヒネクレてて引きこもりで鉄面皮で頭が良い癖に向こう見ずで、こんなにフェロモン出して抱きしめてるってのに暢気に匂いなんて嗅いでるような男にどうして惹かれるのか真面目に分からない!」
「酷い言われようだな」
「そこらの雌ならこれだけでメロメロになるんだぞ!」
「それは繁殖したいって思ってる雌だからだろ」

唐突に早口になったスターフェイズに言い返して、ふと気がついた。あれ?今こいつ俺の事好きだって言わなかったか?気がついてもう一度瞬きをする。あれ?こいつもっとスマートじゃなかったか?こんな勢いで内心を吐露するだなんて、ミスタ・クラウスのためなら何だってする腹黒冷血漢、秘密結社の副官らしく権謀術数に長けたこいつにしてはお粗末すぎる発言だ。なんだ、ヘタレか?本当に強引さに定評がある重種様かこいつ?
絆されたわけじゃあないが、無遠慮に俺の肩口に額を押しつけてくる彼の背中を宥めるようにぽんぽんするとさらに腕の力が強くなった。

「ちくしょう、こんなつもりじゃ」
「だろうな。スティーブン・A・スターフェイズとは思えない迂闊さだ」
「そうだよ。まさかこんな展開になるとは夢にも思わなかった」

情けない声に、思わず笑ってしまいそうになる。これがつい先日重武装暴力組織を完膚無きまでに叩き潰した男だっていうんだから世の中不思議でいっぱいだ。
ぐいぐいと締め付けてくる拘束から何とか腕を抜き、濡れてぺったんこになってしまっている頭を撫でてやる。

「同情するよ。それはそうと、そろそろ腕を離してもらっていいか?肋骨か背骨が折れそうだ」
「・・・・・・ほんと、どうして僕は君なんかが好きなんだろう」
「甘い言葉でも期待したか?俺は繁しう゛ッ」

俺の言葉を遮るように一瞬だけ腕の力が強くなって息が止まった。すぐに長い腕は外されたが、背中がすごく痛い。骨は折れてないけど痛い。プールサイドへ片手をついて背中の痛みに悶えているとするりと背後から手に手を重ねられる。そのまま流れるようにのしかかってきたスターフェイズに腰を抱かれた。

「ナナシ館長」

耳元で低い声に囁かれて鳥肌が立つ。
熱っぽさはない。けれど、肌に滑らされる手のひらは確かにそういう欲望を感じさせる手つき。押しつけられる下肢は熱くなってて、ああ、マジでこいつ俺相手でも繁殖できるんだなと思った。けれど、俺は相手が力のある重種様だろうと繁殖なんてするつもりはない。家族なんて欲しくないのだ。

肩を滑る手のひらを捕まえ、頬にすり寄せる。体重をスターフェイズに預けて、できるだけ甘く囁いた。

「ミスタ・スターフェイズ」
「ん?なんだい」
「今顔赤いだろ」
「あああああもぉうう!!」

俺たち以外誰もいないプールに、ミスター色男の叫び声が響いたのだった。


END








※おまけ

「そういえば、いつもクソ忙しいイメージのあるミスタ・スターフェイズはいつまでもこんな場所に居ていいのかな?」

そろそろ男に抱きしめられてるのも飽きてきて、もはやただの物理的拘束と化しているスターフェイズの腕の中で身動ぎする。叫んでスッキリして顔の赤みがひいたのか、さっきよりも幾分素直に腕が離されたので、体を反転させてゆっくりとプールサイドへ上がって腰掛けた。ほぼ体温に近い温水だと言っても流石にもう数時間浸かりっぱなしだ、ふやける。

ひんやりしているタイルに座ってスターフェイズを見下ろすと、もう完璧にいつも通りの顔をして俺を見上げていた。何というか、いつも見下ろされている(そこそこの頻度で巨人かと思っている)相手を見下ろすっていうのは新鮮で少し楽しい。
濡れて額に張りついている髪を除けてやると、スターフェイズは目を細めて薄く笑った。

「忙しいのは忙しいんだけどね・・・、まあ武装マフィア同士の抗争で使われたトンデモ兵器の特定と違法人体改造ドラッグの売人の捜索と堕落王の気まぐれのお陰で2割ほど破壊された防衛システムの修繕と度し難い人間の屑が秘密結社に所属してるということを忘れて表通りで大暴れしやがった事件の後始末があるくらいかな、はは、ちょっと息抜きするくらいどうともないよ」

一息で言い切ったスターフェイズの目の下にはとても濃いクマ。
あっこれは3徹目ですねわかります。
たまにプロスフェアーで徹夜するだけの俺とは違い、オーバーワークが日常になってるらしいスターフェイズもさらっと本心が飛び出るくらいには疲れているらしい。そんな状態で俺の所に来るなよとは思うけど。

額に触れていた指先を、左の目尻から頬にかけて走る古傷に滑らせる。
少し荒れてはいるもののなめらかな肌とは違った、ざらついた痛々しい傷跡。大きな怪我をした人間は完治しても気候によって痛んだりするらしいが、この傷もそうなんだろうか。

「・・・唐突だが、俺の専攻は生体工学なんだけど情報工学もかじっててね」
「へえ、それは初耳だな」

人差し指で軽く触れながら傷の縁をなぞっていると、スターフェイズの赤みがかった茶色の瞳が俺の発言の意図を探ろうと俺を見る。この男と接触するようになってから、こんな視線は嫌になるほどぶつけられたので今更気にならない。ん?いや、むしろ最初からどうとも思ってなかったか。
スターフェイズの視線を受け流し、肌を辿る作業に戻る。

「かじっただけといっても論文は山ほど読んだし教授の手伝いで実務もある程度経験がある。防衛システムへの侵入、新規セキュリティの構築とか。特に目撃者や警備機器の情報操作なんかは得意分野だ」

「・・・」

言いながら、指を傷から頬へ。手のひらを頬に当てて親指で濃いクマに触れた。ゆっくりと疲労の痕跡を擦る。スターフェイズは動かない。そろそろ俺が何が言いたいのか分かったのだろう。その瞳に期待の色が混じり始める。
案外と可愛らしい反応に気を良くして手を顎の下へ移動させた。赤い刺青の入った首筋を撫でて、男らしい喉仏を擽るように爪先で軽く掻く。にこりと笑って、スターフェイズの瞳を見つめ返した。

「アンタの態度次第では全面協力してもいいと思ってるんだけどな、スティーブン」
「ナナシ素敵抱いて」

言葉と同時にぎゅううと俺の腹に抱きついてきたスターフェイズの、癖のある髪を撫でてやった。


本当にEND



* * * * * *

ポンカリテ』の猛反発枕様からの相互記念です!
セクピスパロですよ奥さん、念願のセクピスパロですよ!
クールな男主君に重種なのに翻弄されるスティーブン・ヘタレ・スターフェイズ、最高です。にまにましながら読んでしまいます。
おまけの「素敵抱いて」なんてブンが私的にとてもツボってます、男主君の前でのキャラたちのへたれっぷりがとても可愛くてほっこりしちゃう。
もちろん男主君も大好きですとも!クールに見えて色々考えてる天才、大好きです!
猛反発枕様ありがとうございました!

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