五万フリリク | ナノ

  はしたないのはお好き?


 クラウス・V・ラインヘルツの初恋は元紐育がヘルサレムズ・ロットに変貌してから一年目を迎えてからだった。
 今までBBを倒すためだけに拳を奮い続ける道を歩んできたクラウスにとって、恋愛とはあまりにも懸け離れた存在だったからだ。家柄的に帝王学の一つとして色々教わってはいるものの、好いた相手と体を繋げる素晴らしさを知らない。家柄や、自身の使命を重々理解していた。それでもいつかに思いを馳せたのはもう遠い遠い過去の話、クラウスは自分にそんな未来よりも使命に殉ずる気持ちで今生を全うする覚悟があった。
 そんなクラウスが恋をした。
 もちろん初恋だ。
 箱入りといってもいいクラウスにとって、恋を知ったその日から何から何まで初めてを味わう。それは甘美であり、時には苦渋であり、それでもクラウスはこの恋を終わらせたいとは思えなかった。 彼は持ち前の実直さと我慢強さ、そして諦めの悪さによって『初恋は実らない』というジンクスを見事に打ち破ってみせたのだ。
 そんな人類の希望ともいわれるクラウスの心を射止めた恋人の名前はナマオ・ミョウジ。同性などクラウスからすれば壁にさえならない。壁があるなら壊せばいい精神で順調に交際が続いている。
 
 出会って二年、片思いをして一年半、そして思いが通じて早半年。
 やっと手に入れた思い人を大事にしたくてたまらない。

 だからこそ、未だ一線を越えられずにいる。
 

「クーラーウースー」

 床しか見えなかった視界にナマオがひょっこりと入ってきた。予期せぬ登場にとっさに反応できず固まってしまう。金縛りにあったかのように固まってしまったクラウスにナマオはひらひらと自分の前に手を振ってみせる。
 
「さっきからどうしたんだぼーっとして、もしかして疲れてるのか?」
「いや、そういうわけではない」
「そうかぁ?お前すぐに無理すんだろ、駄目だぞちゃんと休まなきゃ」

 頑張り屋なところはクラウスのいいところでもあるけどさ、とふにゃりと笑って両手をクラウスへと伸ばす。何をするのかすぐに察し、黙って頭を下げると両手を髪へ差し込んだ。それをマッサージでもするようにしてわしゃわしゃと自分の髪を掻き始める。痛みもなく、ちょうどいい力加減で撫でてくれるナマオの手に心地よさを覚えて目を細める。
 ナマオの手は魔法の手だ。この一時はクラウスにとって安息できる数少ない瞬間だ。植物と戯れたり、ギルベルトの紅茶を飲むときとまた違う居心地のよさがある。
 以前この光景を同僚に見られた際、「まるで飼い主と犬みたいだな」と驚かれた。恋人同士以前に人間でさえなかった問題に些かショックを受けた記憶がある。だが、たとえクラウスが人に見られたとしてもナマオの手を拒絶などできない。それだけ、彼の手はもちろんのこと彼はクラウスにとって離し難い存在なのだ。

(……しかし、この体勢はさすがに辛い)

 ソファに腰をかけ、ナマオがクラウスの前で中腰になって頭を撫でてくれる。そこはちょうど、クラウスの視線がナマオの鎖骨あたりに当たる。それがとてもいけない。なにがいけないのかといったら、先ほどからシャツの隙間からナマオの鎖骨や素肌―――胸の突起まで丸見えなのだ。いわば視覚の暴力。
 風呂から上がったばかりで髪はまだ水気が残っており、時折毛先から水滴が垂れ、鎖骨の窪みに溜まっていく。いますぐ窪みの水を舐めとりたい衝動に駆られ、無意識にごくりと生唾を飲み込む。

「クラウス?」

 ハッと我に返る。顔を上げるとナマオが不思議そうに顔を覗き込んでいた。視界いっぱいのナマオに呼吸の仕方を一瞬だけ忘れてしまう。それをどう捉えられたのかナマオはすぐさまクラウスから距離を置いてしまう。

「顔覗いたの悪かったけどそんなに驚かなくてもいいだろっ」
「ち、違うのだナマオっ!いまのは怒ったのではなく驚いただけだっ」
「嘘だぁ」
「本当だっ」

 せっかくの至福の一時を壊してしまい、あろうことかナマオにあらぬ誤解を与えてしまった。互いに忙しい身、こうして二人きりで会えるのは二週間振りだ。こんなことで貴重な逢瀬を駄目にするのはなんとか避けたかった。
 誤解を解こうと口下手なりに必死に弁解をした。疑心のまなざしを向けていたナマオであったが、途中から突然噴き出して笑い出す。そこでやっと自分がからかわれていたのだと気づいてムッとしてしまう。

「ナマオ」
「悪かったって、クラウスの反応が面白かったからつい。謝るからそんな怖い顔すんなって」
「……この顔は元からなのだが」
「あーもー頼むから拗ねるなよー」

 再び両手で髪をかきまぜ始めたナマオは全く困ってる風ではなかった。むしろこの状況を楽しんでいる、きっとクラウスがわざと怒っている振りをしているのを分かっているのだ。付き合って半年、こうした甘い空気に慣れてはきたが未だに慣れないものがある。それは彼の匂いだ。
 ナマオがクラウスの自宅に泊まる際、シャワーを浴びたナマオから自身が愛用しているボディーソープの香りが漂う。自分と同じものを使ってるはずなのに、彼が纏う匂いはクラウスとはまた違う、クラウスのお気に入りの庭にいるときのような、ずっと嗅いでいたい気持ちにさせる。特にちらちらと視界に入る首からその匂いを強く感じた。いますぐその首筋に顔を寄せて、存分に吸い込んでみたい。あわよくば、その鎖骨に歯を立てて―――ぺちりと頬を叩かれて意識が引き戻される。

「クラウスまたトリップしてんぞ」
「……すまない」
「謝ることじゃないって、疲れてるなら仕方ない」

 労るように頭を軽く叩かれ、ぐぅっと何もいえなくなる。まさかナマオの首に顔を埋めたいと思っていたなんて、もしバレてしまったときのナマオの反応を考えるだけで胃がキリキリと痛んだ。
 
(なんとしてでもそれだけは避けなければならない)

 ナマオと思いを通じ合えたのも、こうして同じ匂いを纏えるのも奇跡といっても過言ではない。だからこそ、ナマオを傷つける真似だけはしたくなかった。それだけ、ナマオが大事なのだ。
 大事、だからこそ―――触れたいと思う自分が憎らしい。
 どちらかといえば淡泊だと思っていた自身がまるで嘘のように、ナマオに触れたくて仕方ないのだ。それも、日を追うごとに強くなっていく。
 恋人同士なのだからと今後を視野に入れ、ナマオと付き合ってからすぐに同性同士の性交渉も調べ済みだ。同性同士のリスクを知らず、ナマオを傷つけるなど言語道断。しかし、調べれば調べるほど同性間での性交渉がどれほどリスクがあるのか思い知らされる。
 クラウスは人よりも体格がいい、それこそ成人男性の平均身長のあるナマオがすっぽりと収まってしまうほどだ。以前、ナマオを抱きしめた際に「クラウスの腕の中って夢と魔法の国のキャラクターたちに抱きしめられたような安心感あるよな」と恍惚とした表情を浮かべて顔を埋めるナマオは今も思い出すたびに胸が締め付けられる。喜べばいいのか欲情すればいいのかそれともその夢と魔法の住人に嫉妬すればいいのか悩んだのはいい思い出、いやいまはそんな話ではない。
 つまり、体格のいいクラウスとの性交渉でナマオに何らかの支障が出る確率は極めて高い。それでナマオが距離を置こうとした日には、考えるだけでぞっとする。
 それでも、ナマオと仲を深めれば深めるほど、クラウスの中の欲望が日に日に増していく。
 傷つけたくはない、だけど彼に触れたい。そんな矛盾した思いで胃を痛める日々を送るようになってもう半年を迎える。
 
(かといって、それもいつまで持つか)

 理性が日を追うごとにすり減っていってるのクラウス自身が一番理解している。いつか本能のままにナマオを、というのは何としてでも阻止しないといけない。
 そんな悩みを以前同僚たちに相談したことがある。何分恋愛などナマオとが初めてのことで、僭越ながらそういった駆け引きなど何が起こるか分からないHLよりもさらに理解できない。彼らのアドバイスのおかげでこうしてナマオとお付き合いできている。クラウスよりもずっと恋愛経験豊富な同僚に相談するのが得策だった。
 
「ヤリたいならヤればいいっしょ。ベッドに押し倒しちまえばあっちだって諦めてその気になりますって、まあ旦那の特大マグナムは半端ねぇからちゃんと手順踏んどかねえと流血沙汰っすからね。あんたの特大マグナムはもう凶器の域っすから一歩間違えて腹上死もッテェ!犬女踏みつけんな!!」
 と、女性関係が激しい同僚から助言をいただき、

「うーん、君の場合時間が経てば経つほど一人で雁字搦めになってくからなぁ。僕は男との経験はないけど、焦らしすぎると相手もその気がないと思っちまう可能性はなきにしもあらず。あ、かといって焦って進めるのはやめとけよ、君は顔が怖いから……相手が気絶しちまうからな。とにかくリラックスだ、素数を数えて自分を落ち着かせてから相手をベッドに誘え」
 女性の扱いに長けた副官からはアドバイスを受け、

「ええと、僕は女の子とあまり付き合ったことないんでそんなアドバイスなんて……ちょっとザップさんうっさい童貞連呼すんな!んでなんでしたっけ……あー、クラウスさんメチャクチャ紳士ですもんね。悪いことじゃないっす、相手を大事に思うのはとてもいいことだと思いますよ。だけどですね、大事にしすぎるとしすぎるで色々厄介というか……相手がその、浮気に走るとか、ああああすみませんすみませんいまのは聞かなかったことに!べ、別に経験談じゃないですから!ザップさんほんと黙ってシャラップ!!」
 人をよく見ている神々の義眼保持者である少年から語られ、

「残念ながら僕は女性との交際経験がありませんので、お力になれるかどうか……ヒューマーのお付き合いがどのようなものなのかも、僕はいまいち理解できません。ですが、相手を大事になさるクラウスさんは素晴らしいと思います。相手を思いやる気持ちこそ交際のうえで大事なことだと以前読んだ本に書いてありました。なので先輩は例外ですので絶対に耳貸さないことをお勧めします。しかし、クラウスさんは僕が見る限りでは口では語らない方です、それで誤解を招いたりするときもあるかもしれません。なのでいっそ相手にその思いを打ち明けてみるのはどうでしょう、そうすれば相手と今後どうしていくか話し合えるかもしれません」
 礼儀正しい人間と魚類の両方を合わせ持つビヨンドの青年から提案を受け、

「坊っちゃま、私は坊っちゃまの御意志を尊重しております。ですがこれだけはどうか知っておいてください、恋愛とは片方だけがするものではございません。自身の意志を貫くのも大事ですが、時には相手の言葉にも耳を傾けてくださいませ。互いを尊重し、敬い、時に喧嘩というスパイスを与えながら慈しむことがより愛を深める秘訣かと私は考えております」
 そして信頼する執事からは諭された。

 複数の意見に耳を傾けてみて、頷ける内容が多くあった。しかし、どの意見も『大事にしすぎる』と咎められたためぐうの音も出ない。
 大事することは悪いことなのだろうか。クラウスはただ、ナマオを傷つけるのがなによりも恐ろしい。だからこそ、こうして自制しているのだ。一体なにが正解で、なにが不正解なのか、考えれば考えるほど底なし沼にハマっていってしまっている気がしてならない。
 一人悶々としていると、額に痛みが走る。無意識にそれを抑え、ナマオの不機嫌そうな顔にクラウスは自分がまた耽っていたのに気づく。

「俺ここにいる意味なさそうだから帰ってもいいか」
「そ、それは困るっ」

 完全に臍を曲げてしまったナマオをなんとか説得を試みた。ぶすっとした顔でふて腐るナマオもとても愛らしいと思うも口にしたら本気で帰られてしまいそうなので心の中だけで留めた。
 結局、明日の朝食はナマオにリクエストに沿うで機嫌を直してもらえた。それから二人で軽い晩酌をしたのだが、この時間も苦行だった。アルコールが回って顔も体も火照ったナマオに何度も理性という壁にヒビが入りかけては修正作業を施したのは片手では足りない。
 このままではまずいと直感で悟り、就寝を勧めた。ナマオはまだ飲みたいと駄々をこねるも、互いに仕事があるからとなんとか説得し、渋々了承を得たと同時にベッドへ連れていく。

「ギルベルトには明日は紅茶ではなく緑茶にしてもらえるように頼んでおいた」
「おお、あの人の入れた緑茶美味しいから楽しみだ」
「確かギョクロという茶葉が手に入ったと話していたな」
「マジか、最高級じゃん」

 楽しみなのを隠さずに表情を緩める。ナマオに釣られてクラウスの目尻も下がっていく。ナマオの感情のままにころころと表情が変わるところがとても好きだ。ずっと見ていたい。願わくば、彼には笑っていてほしい。だからこそ、クラウスの欲望によって彼が悲しむのだけは絶対にしてはならない。
 ナマオの微笑に心新たに決意し、眠ろうと瞼を閉じかけたら、ナマオが不意に呼びかけた。

「クラウス起きてるか」
「うむ」
「よかった、俺ずっとお前にいおうと思ってたことがあってだな」
「なんだろうか」
「俺たち、いつセックスするんだ?」

 その一瞬、確かに時間が止まった。

「……すまない、もう一度いってくれないだろうか」
「だから、俺たちいつセックスするんだって聞いてんだけど」

 嗚呼、聞き間違いではなかったのか。
 まさかナマオの口からセックスなんて単語が出る日が来るなんて誰が予想しただろう。少なくともクラウスは全く予想していなかった。青天の霹靂といても過言ではないナマオの発言に少なからずショックを受ける。自分が呆然としているのをナマオは反応を待つかのようにクラウスを凝視していた。
 
「と、唐突にどうしたのだね」
「唐突じゃない、ずっと考えてた。こっちは泊まるたびに尻穴洗って準備万端でいってんのに、クラウス全く手出してくれないだろ」

 不満げに口を尖らせるナマオは変わらず愛らしいのに口から出てくる言葉の数々に絶句するしかない。自分の耳がおかしくなったのではないか。そうだ、きっとそうに違いない。ならば明日ギルベルトに至急病院の手配をしなければ。
 ナマオの言葉はきっとクラウスの欲望が暴走するあまり聞こえた幻聴だと思いこもうとした矢先にナマオがベッドから出ていく。引き留めようと手を伸ばしかけたところで、ずしっと腹の上に何かがのしかかる。
 
「……ナマオなにをしているのだ」
「なにって、お前の上に乗っかってるけど」
「なぜ私の上に」
「どっかの朴念仁が手を出さないから代わりに俺から出してやろうと思ったから」

 まるで悪役よろしくでニヤリと意地悪く笑うナマオは私の知っているナマオからかけ離れていた。これはクラウスの見せる夢なのか、それとも敵がかけた幻覚なのか、ぐるぐる回る思考で体も停止してしまう。その間にもナマオはクラウスのパジャマに手をかけようとするものだから慌てて両手を掴んで阻止した。

「ナマオやめたまえ、こんなの君らしくない」
「君らしくないってなんだよ、逆に聞くけどお前のいうナマオ・ミョウジはどんななんだ?」
「それは」

 クラウスの知っているナマオは、と聞かれたら何も言い返せなかった。クラウスの知るナマオを語れば、目の前のナマオを否定するのではないかと危惧してしまい、開きかけた唇が形を作ろうとしない。クラウスの反応を見て、ナマオはなにを思ったのか掴んだ手首を振り払う。はっきりと態度に現れた拒絶に内心血の気が引いた。だが、ナマオはそこから動こうとはせず、深いため息を吐き出す。

「なあクラウス、俺はクラウスが思ってるほど綺麗じゃないぜ? クラウスに抱かれるのを考えながら一人で慰めるし、クラウスに抱かれる日に備えて毎日尻穴に指突っ込んでは前立腺開発だってしてる。その甲斐あっていまじゃ立派な性感帯の一つになっちまった」

 乱暴に前髪をかき上げ、熱を宿した瞳が自分を映す。心音の拍子が速くなっていく。
 楽しげに話す内容は自分の今までの概念を壊すには十分な威力を持っていた。人体の身体の構造は知っている。前立腺もどのような器官かも、それが性的快楽を与える部位だと知ったのはナマオと付き合ってからだ。
 本来、二人でするべきことをナマオは全て行ったという。なぜ、という疑問は愚問だ。
 呆然としている自分の上で、ナマオの口元が不意に歪む。

「大事してくれるのは嬉しい、ちゃんとその気持ちも伝わってる。だけど、だけどな……それでも不安なんだよ。やっぱり俺が男だから駄目なのか、もしかしたら植物を愛でるのと同じ気持ちだったのではないかとか、どんどん悪い方向に考えちまう」

 無理矢理笑おうと試みるも、笑顔と呼ぶにはあまりにもいびつな代物だった。クラウスの好きなナマオの微笑とかけ離れ、それを作る原因がクラウスだと思うと胸が痛んだ。
『恋愛とは片方だけがするものではございません。自身の意志を貫くのも大事ですが、時には相手の言葉にも耳を傾けてくださいませ』
 こんな状況で、否こんな状況だからこそギルベルトの言葉を思い出す。恋愛は一人でするものではない、まさにそのとおりだ。現に大事にしようと自己解決し、ナマオと話しさえしようとしなかった。ツェッドのいうとおり話し合いを設けていれば、こうしてナマオを追いつめることもなかっただろう。大事にし過れば相手に不安を与える、レオナルドの言葉は的を得ていた。
 今更になって仲間の助言の真意を理解し、ここでようやく気づいた自分の愚かさに殴りつけたくなる。なのに、ここまできてナマオに手を伸ばせない。ザップのいうとおり、自分の体格を考えてナマオとじゃ時間をかけて進めていかねばならない。しかし、いまナマオに指一本でも触れてしまえば―――止められる自信がない。
 喉から唸り声を上げそうになりかけたときに落雷の如く閃いた。
 素数、そう素数だ。スティーブンがいっていたではないか。リラックスするために素数を数え、自分の興奮状態を少しでも落ち着かせるべきだ。
 ぐらぐらと揺れる理性と欲望の狭間の中で素数をクラウスは必死に数える。そんな努力をあざ笑うかのように、止めを差したのはナマオだった。

「幻滅したかもだけどさ、ここまでやるくらいにはクラウスに惚れてるんだ」

 先ほど振り払ったクラウスの無骨な手を取る。手の甲を指先で撫で、骨の窪みに爪先が当たる。他愛もない戯れとはいい難い。けれど、指先から伝わる震えが、賢明に情事へと誘おうと虚勢張っているのが分かる。
 ごくり、と生唾を飲み込む。頭の隅で理性という細い糸が燻っていく。手を取ったナマオは、そのまま寝着のめくり、さらけ出した腹にクラウスの掌を押し当てた。掌から伝わる熱がナマオの肌からなのだと理解すれば、全身の血が脳に勢いよく逆流していった。ナマオは甲の上から握り、ゆっくりと沿うように上へと移動させていく。敵を殲滅させるための手は玩具になれ果て、されるがままとなってしまう。
 そうして、胸まで昇ったところで動きが止まる。掌越しから伝わるのは体温だけではない。クラウスと同じ早鐘を打つ心臓の音、そして胸の頂が掌に押しつけて主張する。
 はらんだ熱に浮かされ、潤む瞳がクラウスを見下ろす。素数など、とっくに数えるのをやめた。

「くらうす」

 声に出さず、唇だけでクラウスの名を形作る。

「こんなはしたない俺は嫌いか?」


 プツン。
 頭のどこかで、ギリギリまで繋がっていた糸が切れる音が聞こえた。


 音を耳にした直後、考えるよりも先に身体が動いた。胸に押しつけられた手でナマオの腕を掴む。勢いのまま自身の方へ引き寄せ、倒れ込んだと同時に身体を回転させてナマオをベッドに押さえ込んだ。この一連の動作は3秒もかからなかった。
 見下ろしていたはずがあっという間に形勢逆転し、今度は見下ろされる側になってしまったナマオはぽかんと口を開けて自分を見上げる。一体何が起こったのか分かっていない様子だ。

「く、クラウスっ?」
「君に訂正しておきたいことが二つある」
「えっ、えっ?」
「一つ、同性同士というのは私の中では全く問題視されていない。女性であっても男性であってもナマオという存在は私にとって愛すべき存在である」

 パジャマの隙間から手を差し込み、感触を味わいながら肌をなぞる。数々の死闘によって出来上がった分厚い皮に覆われる掌にナマオの身体がぴくりと震える。声を上げぬように唇を噛みしめて耐えるナマオに八つ当たりに近い苛立ちを覚えた。

「二つ、君のことは植物と同じだとは思っていない。その証拠が私自身だ」
「ひぅっ!?」

 クラウスよりも二回りも細い腰を両手で押さえつけ、下半身をナマオの尻に狙いを定めて押しつける。尻に刺激を与えられた驚きから、固く閉ざしていたナマオの口から嬌声が上がる。

「アッ!?くら、んっ、やっ、やだぁっ」
「ナマオを抱きたいと思わない日は一日だってなかった、つねに君をどう私の手で乱れさせるか考えていた。それこそ、君をどうやって私の腕から逃げられないように閉じこめるか考えているくらいだ」
「と、閉じこめるってっ、あっ、アァっ、んうっ」
「無論、それは私の傲慢なわがままだ。私の欲望でナマオを傷つけるのだけは避けたかった、だからこそ自制を利かせていたというのに……だが、それももう必要はない」

 そう、もう必要はない。大事に大事に守り続けた恋人が望んだのだ。ならばもう、我慢などしなくていい。
 興奮で力強い芯を持った自身の分身を教え込む為に何度も擦り付ける。腰を揺らすたび、ベッドが悲鳴を上げた。疑似的な行為ではあったが、それだけでも十分興奮を催す。状況についていけずとも自身で開発した身体はあられもなく声を漏らし続ける。目尻に涙が伝い落ちながらも、いやいやと頭を振るナマオに知らず知らずのうちに口角が上がっていってしまう。せっかくスティーブンにもらったアドバイスを無駄にしてしまうと分かってはいたが、押し留める気などなくなっていた。
 この顔が見たかった。この声が聞きたかった。この肌に触れたかった。溢れでる歓喜を抑えきれず、剥き出す牙を舌で舐める。

「ぁっ、うっ……くらっ、ぅすっ!」
「先ほどナマオの問いをそのままそっくり返させていただこう」

 腰を拘束していた腕を片方外し、ベッドに投げ出されていたナマオの腕を取る。力を入れすぎて骨を折れぬように加減し、ゆっくりと自分の胸に掌を押しつける。
 それは、先ほどナマオが自分にしたのと待ったく同じ動作だ。あえて類似させることでナマオに知ら占める。


「こんなはしたない私は嫌いかね?」


 君を愛して止まない恋人は、臆病者の皮を被った野獣なのだと。




有馬様リクエストありがとうございました。
リクエストをいただいてから二ヶ月も待たせてしまい大変申し訳ありません。
男主がちょっと下品な子になってしまいましたが、クラウスさんの鋼の理性をブチッとするにはやはり男主に動いてもらうしかないなと考え、こんなお話になってしまいました。
お気に召していただけたら幸いです。もしものときは黙ってジャパニーズ土下座しますのでお許しください。
どうかこれからも当サイトをよろしくお願いします!

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