五万フリリク | ナノ

  目隠しデート


※付き合ってません

「外出てぇ」
「駄目だ」
「外」
「駄目だ」

 ベッドで中途半端に服を乱したまま、こんな会話をかれこれ10分も続けている。最初に話題を持ち出してからこの二言しか互いに口にしていない。仕事から帰ってきたときは機嫌がよさそうだったからいけると思っていたのに、話を持ちかけた途端にこれだ。互いににらみ合ったまま、延々と同じ会話をするのはさすがに疲れてくる。

「ちょっとぐらいいいじゃねぇか、ずっとホテルに缶詰なんだから少しぐらい外の空気吸わせてくれよ」
「ならばホテルの中庭でもいいはず」
「俺が行きたいのは外だっていってんだろ。せっかくHLに来てるんだから観光くらいさせてくれ」

 頼むよと軽く上目使いをして強請ってみせる。いい年してなんてというツッコミなんて一切聞こえない。だが、決死のおねだりをやったところでクラウスの渋面は一向に直らない。そう簡単に説得に応じてくれないとは思ってはいたが、正直ここまで渋るとは予想外だ。

「最初にいったはず、HLは」
「危険極まりないから無闇に外に出るな、だろ」
「……わかっているならなぜ」

 それ以上語らずとも咎める瞳にぐっと言葉を詰まらせる。HLがどれだけ危険かは十分知っている、クラウスがこうして渋っているのも察していた。だが、ちょっとくらい気分転換をしたいのだ。一日中部屋で好きにしていても、ずっと続けばさすがに飽きてもくる。というか、ここのホテルの食事美味しいせいで腹回りが気になってきてる。そこはあえていわないが。
 
「なあ頼むよクラウス、俺姪っ子甥っ子たちに土産買ってくる約束しちまったんだ。帰る日だと探す時間ないだろうし、こういうときでしか見れないんだ」
「それならこちらで用意しよう」
「駄目だ、俺はあんたとブリーリング契約はしてるがそこまでしてもらう必要はない」

 もちろん甥っ子たちは口実だ。お土産強請られたのは事実だが、観光が目的ではないので帰り際に何かそれっぽいのを買えばいい。だからといってそこでクラウスに甘える訳にはいかないのできっぱりと提案を断るとクラウスの眉間にさらに皺が増えた。比例して威圧感がさらに増して胃がキリキリする。だが、ここで引いてしまったら負けだ。俺だって一度くらい外に出たい。出かけた悲鳴を飲み込んで、ある提案を持ちかける。

「だったらフィリップつれてく」
「……フィリップを?」
「そうだ、クラウスが俺のことを心配してくれてるのはちゃーんと分かってる。一人での行動が危険ならフィリップを連れていけばその問題も解決だ、そうだろ?」
「確かに、そうだが」
「それにフィリップってコンバッドバトラー?ってやつなんだって?聞けば腕っ節も強いらしいし、あいつを連れていけば変なのに絡まれてもなんとかしてくれるって」

 これで問題解決だ、と自信満々に提示する。今まで一人で出る前提ばかり話を進められていたが、フィリップが身の回りの世話兼護衛だったのを忘れてたのが盲点だった。もちろんフィリップにも了承済み、クラウスの許可が下りれば同行してくれると言質も取ってある。
 これでクラウスも納得してくれるだろう。胸を張ってクラウスの返答を待つ。クラウスは顎に手を添えて何やら考えているご様子だ。

「……わかった、だが一つだけ条件があるのだが」
「お、なんだなんだ」

 脈ありの返答に期待に胸を躍らせる。外に出れるなら条件くらいいくらでも聞いてやる気持ちでいたら、今度はこっちが頭を悩ませる番になる。

「外出の際、フィリップではなく私を同行させてほしい」
「……はい?」


 その後、新たな攻防線を繰り広げるも、結局こっちが条件を渋々受け入れる形となった。なぜ受け入れたのかは黙秘する。いえるのは、ベッドの上でする話ではなかった。あいつの武器は言葉責めだけじゃなかったというだけの話だ。
 翌朝を考慮して手加減はしてくれたようだが、残念ながらまだ腰の重みは消えない。それでもなんとか準備を終え、クラウスの準備をいつものソファで待っていた。ここにくる前に買った『これであなたもHL通!ヘルサレムズ・ロット歩き方』に目を通しているとベッドルームのドアが開く。

「待たせてしまってすまない」
「別にそこまでじゃ……」

 まるでデートの待ち合わせのような会話を交わす手前で唇が動くのをやめた。理由は、クラウスの服装である。見慣れてしまったベストスーツではなく、トレンチコートにブラウンのボトムスとなんともカジュアルな装い
 かっちりした服装を好むと思っていたものだから物珍しさでついジロジロと見てしまう。上から下まで見られてクラウスは気まずそうに身を縮込ませてしまっている。

「な、何かおかしいだろうか」
「いや、あんたもそういう服着るんだなって」
「ギルベルト……私の執事に相談したら用意をしてくれたのだ」

 なるほど、執事セレクトか。スーツの方が見慣れてる側でも違和感もなく着ている限り、執事の趣味はとてもいいといえる。見る限りブランドものであろう服をさらっと着こなしてしまうクラウスもクラウスだ。
 
「似合ってるぞ、普段からそういう格好すりゃあいいのに」

 もったいないと口にする前にクラウスの周囲に花が舞う。ポポンッと効果音が聞こえた。突然現れた花々の登場に呆気にとられる。その割に「それならよかった」と素っ気ない返しをされ、彼が照れているのだとひと目で分かった。分かりやすい照れ隠しに上がる口元を手で隠す。

「ナマオ?」
「な、なんでもない……それより、早く行こうぜ」
「ああ」


 一歩外に出た途端、声を上げてしまった。あたりを見渡しても異形・異形・異形・の中に混ざる人。最初にこの街に足を踏み入れても驚いたが外から来たこっちとしてはまるでSF世界に入り込んだような、異様な光景が広がる。つい周りをきょろきょろしてしまう自分はさぞや田舎ものに見えるだろう。隣にいるクラウスは慣れた様子でこちらへと案内をしてくれる。

「はぁー、なんだかスターウォーズを思い出すな」
「確か、昔の宇宙戦争映画だったか」
「あれ、もしかして見たことないのか?」
「……うむ」
「そりゃもったいねえ、男なら一度は見るべきだぞ。あの部屋でっかいテレビあるから帰ったら見ようぜ」

 問題はHLにそういったものを借りれる場所があるかのだが、そこはHLだしあると信じよう。
 たとえ危険地区と呼ばれようとも様々な人種で賑わっている。そんな人混みの中をかき分けて二人並らんで歩く。

「そういえば何を贈るかは考えているのだろうか」
「うーん、観光雑誌とか一応目通したけどいまいちピンとこなくてな……ここらへん歩きながら探してみてぇかな、クラウスの方が大丈夫ならの話だけど」
「私は構わない、もし気になる店があったら遠慮なくいってほしい」

 本当は外に出たかっただけなのだが、クラウスは本気で甥っ子たちの土産を探していると信じているようだ。さすがに罪悪感が出てしまう。かといって今更いって連れ戻されたくもなかったから黙るのに限る。
 HLでも様々な店が並ぶ通りをクラウスに案内され、一軒一軒二人で店の中を覗く。

「ここらへんって結構変わった店が多いな、やっぱり異界人が多いからか?」
「それもあるだろう、中には異界人専門の店もあると聞いた」
「へえ、やっぱりそっちの方が需要があんのな。あ、クラウスこういうのとかどうだ?こういう奇抜なのも結構似合うと思うぞ」
「……ナマオ、そこは異界人専門の仕立て屋だ」
「……どうりでやたら穴が空いてると思ったら」

 どれも自分のいるところでは見れない品物ばかり、甥っ子たちの土産という目的も忘れて目移りしてしまう。これはこれで土産話にはなりそうだ。
 一軒ごとに止まるもんだから時間もそれなりに経つ。店の中に飾ってある時計では正午すぎていた。そろそろ空腹を訴える頃合いかと思っていたところでクラウスが立ち止まる。道路側に目を向けていたから一体なんだろうと視線を辿っていく。
 視線の先には反対側の道路にフードトラックが駐車している。トラックに書かれている名前に見覚えがある。確かさっきまで読んでいた観光雑誌に載っていたホットドック屋だ。人間夫婦が営んでいるため、変な物は一切入れていないので観光客に人気と記事には書いてあった記憶がある。
 再びクラウスに視線を戻すと視線を外さずトラックを一心に見つめている。眼鏡越しの瞳がお気に入りのクレープ屋を見つけた姪っ子と全く同じだ。目は口ほどに物をいう、とはまさにこのことだろう。あんまり分かりやすくて口角が上がってしまう。

「……なあ、腹減ったからあれ食べようぜ」
「し、しかしあそこには椅子がないようだが」
「なにいってんだ、ああいうのは立って食うもんだぞ。座りたきゃどっかのベンチで食えばいいだけの話だ」

 ほら行くぞとクラウスの横を通り過ぎてトラックへと向かう。戸惑った様子を見せながらもクラウスが後ろからついてくる。
 ホットドック屋には行列が出来ていた。眼帯つけたお母さんと一緒の子供が美味しそうに食べているのが目に入ってしまい、さらに食欲を駆り立てる。すぐさま最後尾に二人で並んだ。クラウスのでかさに周囲からの視線が突き刺さってはいたが、クラウスも慣れているのか気にした様子も見せず回ってきたメニューを熱心に眺めている。

「クラウスなに食べるんだ?」
「ふむ、やはりここは店主お勧めが気になるのだが……ナマオは何を?」
「俺は本日の限定ドッグにでもすっかなー」

 やはり移動トラックだからか流れも速く、あっという間に自分たちの番になった。決めていたものを頼むとすぐさま用意して渡してくれる。クラウスが財布を出そうとしたのですかさず用意していた代金を渡して店から離れる。

「ナマオここは私が」
「俺が食べたいっていったんだからこれぐらい奢らせろって」
「しかしっ」
「俺だってな、ちゃんと金くらい持ってんだぞ。ホテル代払ってくれるお礼だと思って黙って受け取ってくれよ、な?」

 実際こんなホットドックとホテル代なんて釣り合うとは思っていない。そういわないとクラウスも納得しないだろうからいったまでだ。やんわりと受け取らないという姿勢を見せれば納得しきれていない様子ながらも、渋々受け入れてくれた。
 解決もしたので早速とばかりにホットドックにかぶりつく。パリッとソーセージの軽快な音と共に肉汁が口のなかにぶわっと広がる。雑誌に載っていただけあってとても美味しい。クラウスはこちらを一瞥してから同じようにかじりついた。クラウスが持つとなんだか子供サイズにしか見えない。クラウスにかかれば3口くらいでなくなってしまいそうだ。

「どうだ店長オススメのホットドックの味は」
「中々美味しい、そちらは?」
「ん、こっちも結構美味いぞ。このチリソースなんて絶品だ」

 こっちでも店を出して欲しいくらい、と話しつつ、指についたチリソースをぺろりと舐め取る。隣で息を呑むのが聞こえて振り向くとすぐに視線を外された。お貴族様だからちょっと行儀が悪すぎただろうか、少しだけ反省した。

 ホットドックを食したあと、クラウスから近くに公園があるからそこで休もうと誘いを受けた。ずっと歩いたりもしていたし、ホットドックも食べたあとだからちょうどいい。誘いを断る理由はなかった。
 案内された公園は広くもなく狭くもなく、閑散としてもいなければ混雑もしてない。家族連れや恋人、ジョギングをしている者や昼寝をしている者と多種多様。中には魚人?っぽいやつが大道芸をやっており、その芸を見るために人だかりが出来ている。あたりを見渡すとちょうどよく空いているベンチを発見した。せっかくだから座るかと二人で肩を並べて腰を下ろす。男二人、片方はさらにガタいがいいため少し狭いがそこは目を瞑ろう。

「ここ来てからずっと気になってたんだけど、あれってなんの鳥なんだ。さっきから鳥らしからぬ鳴き声上げてるけど」
「異界産鳩と思ってもらえれば」
「ちなみに追いかけたらどうなる」
「以前部下がそれをやったらどこからともなく大量に現れて一斉強襲を受けて入院していた」
「わかった、ならやめとく」

 それっきり会話も止まってしまい、ただ穏やかな時間だけが過ぎる。
 霧に覆われた街だからどこか薄暗さがあるものの、ここがどこなのかを忘れさせるくらいとても平和であった。半日前まで隣の重種様とベッドの上で乱れに乱れたとは信じられないほど、とても長閑であった。いつ命が奪われてもおかしくないこの街で、こうして笑える住人たちからすればつかの間の平和なのかもしれない。
 なんて考えていたが一つだけ、ずっと気になっていることがある。

(……これ、絶対『ブラインド』かけてるよな)

 ブラインドとは、重種だけが使える術で、雌が他の雄に目移りしないように特殊なフェロモンフィルターをかけて目隠しをする。いってしまえばマーキングだ。
 今まで部屋に出たことがなかったから気づきもしなかった。しかし、こうして外に出てみると一切斑類らしき人間が見つからない。斑類は三割しかいないがさすがに一人も見当たらないのはおかしい。となれば考えられるのは一つしかない。
 ちらりとクラウスを一瞥する。さっきからずっと子供ばかり目で追っている、気のせいと思いたい。頼むからそういうプレッシャーやめてほしい、子供は出来るわけがないのだけど。

(別にそんなことしなくても、今のところクラウス以外とする気ないのに)

 なぜそのような術を施したのか、現時点では全く把握できない。せっかくの契約金がもらえないとでも考えたのだろうか。だとしたら、と考えたところで視線に気づいたクラウスがこちらを顔を向ける。

「ナマオ、どうかしたのかね」
「……いいや、なんでもない」

 考えたところで仕方がない。こんな平和な場所でそのような話題を出すのも野暮ってやつだ。早々見切りをつけてクラウスを視界から外す。すると、唐突にクラウスが帰りにDVDを借りれる店に寄りたいと言い出した。

「いきなりどうしたんだよ」
「実はずっとその映画を見てみたかったのだ」
「この街に比べりゃ、陳腐な内容だけどな」
「それでも、ナマオがおもしろいというのならぜひ見てみたい」
「……あっそ」

 これ以上恥ずかしい台詞を聞きたくなくてすぐるに話題を打ち切る。どうせ帰ったらまたベッドの上に逆戻りになるのはわかっていたが、一応あとで調べておこう。あえてそれは口にはせず、周囲の楽しげな声と異界産鳩の異様な鳴き声をBGMにつかの間の休息を味わうのを選んだ。



葵様、リクエストありがとうございました!
二人のまったりデートを書けてとても楽しかったです。
これからも当サイトをどうぞよろしくお願い致します。

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