獣の恋 | ナノ
 *Three night

 意識と体が覚醒を望んだのは唐突だった。
 まだ微睡んでいたい気持ちがあるも、一度起きると自覚してしまうと引っ張られるようにしてと意識が浮上していく。ゆっくりと瞼を開けば、もう見慣れたベッドの中にいた。人間とは面白いもので、最初は慣れないと思っても数日も使えば何も感じず当たり前のように受け入れてしまう。
 昨日みたいにフィリップのやかましい声が聞こえないあたり、少し早く起きてしまったのだろう。いま何時だろうか、時計を確認しようと寝返りを打ち、―――固まった。

「〜〜〜っ!!?」

 いないと思っていた隣に、人が眠っていた。
いきなり視界に入ってきたもんだから驚きのあまり声を上げそうになる。大声を上げて相手を起こしてはならないと上げる直前に口を押さえる。隣の相手は未だ穏やかな寝息を立てているのを確認してほっと胸を撫で下ろす。
 ふと気づけば、隣の相手の腕を枕代わりにしていた。世間様ではこれを腕枕といいます。自分の一回りも太い腕の盛り具合で少し首が痛い。なんでこんな痛い思いをしてまで腕枕をされなければならいのか。状況は全く把握できず、男を凝視したままハテナが頭上に乱立する。
 強面の印象が強いがよく見ればそれなりに整った顔立ちをしている。牙がもう少し引っこんでいたらそれなりの美丈夫ではないだろうか。いまは瞼が閉じていて見れないエメラルドグリーンの瞳の眼力も、身を縮ませるてしまう原因の一つともいえる。あまりに眼力が強すぎて目を合わせるのにも体力がいるし、一度でも直視してしまったら逆らえない威圧感を放つ。しかし、その容貌とは正反対の性格をしているのだから面白い。慣れてしまえばとても穏やかな紳士だ。牙と眼力さえ抑えればさぞ女にモテたのに違いない。なんて、最初の動揺を忘れてもったいない気持ちでしげしげと眺める。そのおかげで気持ちもなんとか落ち着きを取り戻し、ついでにあることも思い出してしまう。

(……ああそうだ、そういやこいつとヤったんだ)

 隣で眠る男、クラウス・V・ラインヘルツの寝顔を眺めてやっと自分の状況を理解した。

拝啓親父様、あんたのお望み通り息子は遙々会いに来たブリーリング相手と同衾いたしました。残念ながら子供はできません。


 永遠に続くような、何度も死を覚悟させた情事。
 乱暴など決してされてはいない。クラウスはどこまでも紳士だった。
傷つけないという宣言通り、壊れ物を扱うかの如く恐々と触れる手に照れと微笑ましさを感じさせた。同時に、本当に同性との経験がないのだと実感して、少しだけ罪悪感も抱きもした。だが、それも最初だけだった。
 あんまり不慣れに振る舞うおかげでこの男が何者なのかすっかり忘れていた。
 自身を絶対的な力で支配せんとする重種の獣でもあったのだ。
クラウスはどこまでも真面目で実直な男で、それ故に自分の少しの反応も見逃さない。くすぐったさが徐々に快楽に変換されるのはそう時間はかからなかった。
 気づいたときにはもう遅い。クラウスという重種の獣によって俺の体はいともたやすく罠に堕ちてしまった。


 冷房がかかっているのに体が熱くなっていくのを感じた。少しでも熱を発散させようと頭をぶんぶんと振る。

(駄目だ駄目だ、これ以上思い出したら死ぬ!!)

 クラウスの罠に堕ちたあとはもういい年した成人男性らしからぬ大惨事を起こした気がしてならない。だが、それ以上思い出したらこの夜景を見ながら窓から飛び降りるしか選択肢がなくなってしまう。
 なにか気を紛れさせないと悩んだ末に行き着いた打開策は『とりあえずベッドから出よう』だった。こいつの顔を見ていたら嫌でも思い出させられる。距離を置いて頭を冷やすのに限る。いっそそのままソファに寝てしまおう。
 結論が出れば行動するのみ、クラウスを起こさぬように慎重に後ろに下が―――ろうとしたら腰に何かが巻き付いた。

「ぎゃっ」
「どこへ行こうとしている」

 腰に腕を回されたのに気づいたと同時に強い力で引き戻される。
 逞しすぎる胸に顔を押しつけられるというドラマでよく見る王道を平然とやってのけた。実際されると鼻に当たって痛い。どんだけ胸筋なんだよ、鋼鉄か。
 いやそんな自分の鼻なんかどうでもいい。恐る恐る顔を上げると少し眠たげな瞳と合ってしまう。

「おはようナマオ、いま何時かね」
「お、おはよう……時間は分からないけどまだ夜なのは確かだな」

俺も時間を知りたいけれどクラウスという壁のせいで未だ把握できないでいるのは黙っておいた。
 素直に答えるとクラウスはそうかと頷いて何故か俺の髪に顔を埋めた。まだ寝ぼけているのかぐりぐりと顔を押しつけてくる。彼らしからぬ行動に思考がついていけず、石化してしまう。

(もしかして、甘えてるのか? え、この巨体で? え?)

シャキッと目覚めるイメージがあった分、クラウスの行動に衝撃を隠せない。これがギャップというやつなのか。驚きとショックとなんかもうあれな感情が入り交じり、吐き出せる機会もなく震えることしかできない。
 震える自分にまた勘違いをしたクラウスが旋毛に唇を押しつけたまま唇を動かす。
 この時点で自分に降り懸かる身の危険を察した。その際に頭皮にあの牙が食い込んできてちょっとだけ痛いのはいまは置いておく。
 この状況、この体勢、そしてこの行動、これらから考えられるのは吐血ならぬ吐糖を強いられる台詞に違いない。今まで散々この男のまっすぐ過ぎる言葉に踊らされてきた。今度はなにをいわれるか、と考えただけで体温が高くなる。
 絶対に阻止しなければならない。与えられた使命を全うするべく言葉を遮ろうと口を開く。だが、それよりも先にクラウスの声が発する方が早かった。

「君のような美しい『獣』、私は初めて見た」

頭上で唇が弧を描いたのが伝わった。
うっとりとした声色に恥じらうよりも先に、クラウスが口にした単語を反芻する。

「……けもの」
「ああ、今まで見てきた斑類の中でこんなにも美しいと思った『魂元』はナマオが初めてだ」

 魂元とは斑類だけが受け継いだ獣の『本能』。
 斑類にとって、魂元を見せるというのは裸を晒すのと同じ。
 感情の振り幅が越えない限りは人前で決して見せないように心がけないといけない。
 なのに、晒してしまった。この男に、自分の『魂元』を。
 この男の前であっさりと魂現してしまった。クラウスの一言で避けてきた事実を突きつける。
 つまりまあ、そういうことだ。

「ナマオ?」
「……し」
「し?」
「しにたい」
「!?」

 見えないのを分かっていながらも、耐えきれず手で顔を隠す。ピシリと今度はクラウスが石化してしまったのがなんとなく伝わった。
 ショックを受けるクラウスに悪いと感じるも、いまの自分の顔をクラウスに見せれるほどの余裕なんてなかった。

「家族以外で魂現見せたことなかったのに……」
「……家族以外で、というと私が初めてなのだろうか」
「そうだよ、今まで半重種ってだけで面倒事に巻き込まれたから見せないようにしてたのに……それが会って三日のブリーリング相手にとか、しかもセックスでとか、俺はティーンエイジャーかっ」

 無理、死ぬ、いっそ殺せ。クラウスの胸に額を押しつけたまま呪詛みたいに吐き続ける。そんな俺とは裏腹にクラウスはなぜか息を呑んでいた。どんだけショック受けてんだよ。いわれる本人としてはきついかもしれないが仕事でつらくて軽い気持ちで吐き捨てたときと一緒だと思って欲しい。などと言い訳が頭の中に浮かんでもいまの自分の精神状態で言い返す余力はなかった。
 もうこのままふて寝してやろうか、そう思った矢先にある変化に気づく。

「……おい」
「な、なんだろうか」
「なんで元気になってんだ」

ちょうど臍の辺りに何かが押しつけられていた。男なら誰でも持ってるナニ、なのは同じ男としてすぐに察した。ナニの持ち主は目の前の男以外いない。

「どこらへんに興奮する要素があった!?」
「君の発言が、その……嬉しくて、つい」
「だから!どこらへんに!興奮する要素があった!?」

 今までの会話で興奮する内容はなかったはずだ。どちらかといえばこちらが羞恥という意味で興奮した方が正しい。
 クラウスの琴線にいかに触れたのか。そうこうしている間にもクラウスは手に力が籠もり、興奮しきったそれをぐいぐいと押しつけてくる。これあれだ、発情期になった動物がするのに似てる。
 なんて暢気に考えてる間に腰に回っていた手が尻に伸びかけてるのに気がついていち早く阻止した。

「おいおい数時間前の紳士っぷりはどこいった」
「ム、駄目だろうか」
「ム、じゃない!さっきも散々ヤっただろ!さすがにあれをもう一回はきついって!」
「しかし、まだ挿入まで至っていない。そのためにはもっと念入りに解さなければ」
「いやいやあれ以上解されたらトイレと友達に……いまなんていった?」

 間違いでなければいまとんでもない発言を聞いてしまった気がする。もしかしたら聞き間違いかも、と僅かな期待を打ち砕くかのようにクラウスはいつもの真面目くさった顔で答えた。

「先ほどはまだ指3本のところでナマオは気を失ってしまったのだ、なのでまだ挿入には至っていない」
「……嘘だろ、めちゃくちゃ太くて痛かったあれが指3本?」
「うむ、貴方を傷つけないためにはもう少し指を増やして慣れさせないといけない。でなければ挿入時に辛い思いをするのはナマオだ、それだけはなんとしても避けたい」
「……」

 腕枕をしながら髪を梳く指に意識がいく。自分の指2本分ある太さ、これが先ほどまで自分の中にいたという。それも3本も、だ。
 何かに誘われるようにシーツをめくる。うっすらと見えるシーツの中を黙視し、そっとシーツを戻した。

「無理、あんなの俺の中に突っ込んだら死ぬ」
「そちらの目的はブリーリングのはずでは」
「そうだけど、でもそれは無理だって!なんだよそのでかさ!巨根ってレベルじゃねえよ!マグナム通り越して戦艦かよ!」
「せ、戦艦……」
「いっておくが褒めてないからな!?」

 年甲斐もなくぎゃあぎゃあ喚くのはみっともないぐらい喚く本人が一番知っている。しかし、自分の命には変えられない。このまま見知らぬ地で腹上死なんてごめん被りたい。
 クラウスの腕の中から逃げようと必死にもがく。だが、クラウスの太い腕にがっちりホールドされてぴくりとも動かない。逃げさない、とでもいうかのようにさらに腕に力が籠もって息が詰まる。

「赦し給え、私は貴方をどうしても抱きたい」
「み、耳元で囁くなっ……んっ」

 天然なのか策士なのか、もう弱点と自覚したクラウスの声に囁かれて体が無意識に強ばる。力が抜けたのをいいことにクラウスは掴んでいた手を振り払って尻の割れ目に指を添える。先ほどまで散々まさぐったそこに、指の腹を擦られて背が弓形にしなった。指で軽く撫でられただけで無意識に収縮したそこがどれだけ開発されたのか思い知らされて軽く絶望を覚えてしまう。

「私はもう一度、ナマオの『魂元』が見たいのだ。指ではなく、私自身ので」
「誰が、見せるかっ……ってこら勝手に人の許可なくそんなところっ……ぁっ、ああっ」


 拝啓親父様、貴方の望み通りブリーリング相手と同衾致します。
 無事帰国したら覚悟しておけ。


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