獣の恋 | ナノ
 6th days@

『なくな、男だろ。そんなちっちぇことでびいびいないたってすぐに大きくならねぇって』

 どんなに慰めても一向に機嫌の直らない子供に苛立ちが勝ってついきついいい方をしてしまう。驚いて顔を上げた子供のまん丸い瞳から今にもこぼれ落ちんばかりに溢れる涙に言葉を詰まらせる。自分は悪くない、と思ってもこれ以上厳しく接してまた魂現をされてしまったらたまったものじゃない。
 どうやったら子供の機嫌が治るのか、考えて、考えて、考えた末に子供の手を取った。

『あ、あの……?』
『しってるか、手が大きいやつってでっかくなるんだぜ』

 無理矢理掴んだ手を開かせ、自分の掌に重ね合わせる。自分よりも頭一個分小さい子供は予想外にも自分と同じくらい大きさを持っていた。自分みたいに遊び回って傷だらけの手とは違い、子供の手は傷一つもない。肉付きがよく、ふにふにした弾力がとても気持ちがいい。こんなに綺麗な手をしているのに、大きい家の片隅で一人で泣いている。こいつは誰かの前で泣けないのだろうか、もしかして友達いないんじゃないか、一抹の心配を抱きながらもきょとんと間抜け面で自分と手を交互に見る子供に慰めの言葉をかける。

『お前、オレよりちっちゃいけど手はオレと同じくらいじゃん。だから安心しろよ、きっとそのうちでかくなっから』
『ほ、ほんとうですかっ……?』
『おう、だからもうビービーなくんじゃねぇぞ。せっかく【  】に生まれたんだからちゃんとふさわしい男になれよ』

 重ねた手を離して子供の頭の上に乗せる。わしゃわしゃと撫でてやればくすぐったそうにはにかんだ。癖のある髪型の割に柔らかな髪質、陽光によって透き通る髪の色を純粋に美しいと思えた。
 やっぱり純血の【  】は違うんだな、とぼうっと考えていたら、子供が重ねた手を握ってくる。子供のとは思えない強い力に顔をしかめる。

『いたっ……お、おいちょっと力をっ』
『あのっ』
『な、なんだよ』
『もし、もしぼくがおおきくなったらっ―――』



(……なんだいまの夢)

 いつも起きたら夢なんてさっぱり忘れるが、今日の夢はなぜだか鮮明に覚えていた。だからなのか、いまとても戸惑っている。

(え、なにあのめちゃくちゃ気になる最後……あんな中途半端に終るとか一番やめてほしいんですけどー)

 夢なのだから仕方ないにしろ、この不完全燃焼はやめてほしい。目覚めが最高とも最悪ともいい難い微妙な気分に苛まれながら寝返りを打つ。
 隣には誰もいなかった。シーツにはそこに人がいたことを示す皺が出来ている。ぽっかりと空いたに肩を落とそうとした矢先、ベッドに陰が出来ているのに気がつく。
 視線を上げれば、ベッドを背に身支度をする男が立っていた。
 ちょうど下を穿いてベルトを通しているところであった。美しい逆三角形を描く背筋、三角形の先端にキュッと引き締まった腰、そしてスーツの下に隠された無駄のない筋肉に覆われた太股を思い出してぶるりと体に甘い疼きが走る。男なら憧れる理想形態に惚れ惚れしながら目で堪能する。

(『上等の雄』、っていうのはこいつみたいなやつをいうんだろうなぁ……)

 自分のような半端者では到底叶わない完璧な王者風格に嫉妬さえ抱かせない。職場では一目置かれている存在に違いない。主に恐怖的な意味で。こいつほど見た目で損をする奴はいないだろう。
 だが、強面すぎる容貌を除けば完璧といってもいい。まさに選ばれた重種様。そんなやつを一週間独占している自分はなんて贅沢者だろうか。

(あー……なんか思い出したらムラムラしてきた)

 Yシャツを羽織ろうとする男の背に出来たばかりの傷ができている。まるで猫に引っかかれたようなーーーはっきりいってしまうと自分がつけた爪痕であった。それこそ背だけはなく肩や首にまで作っている。
 何度あの背中に手を回し、泣きながら懇願し、時に強請ったか。昨日の分だけでも数える気など起きない。それだけ好き勝手されたのだ。クラウスに作った傷以上に自分の体にも痕が残っているのが証拠だ。
 思い出すだけで疼きが酷くなっていく。一番反応してるのが尻なんだから男としてのプライドはズタズタだ。心は拒否しても体は正直、エロ同人かよ。

「ナマオ起きたのかね」

 ムラムラしたままトリップしていたら鶴の一声でパチンと意識が戻る。背を向けていたクラウスがいつのまにか体をこちらに向けていた。心なしか気まずそうにしている。見つめてたのがバレたようなので慌てて視線を外す。

「お、おはようクラウス……今日も早起きだな」
「おはようナマオ、起こしてしまい申し訳ない」
「違う違う、俺が勝手に起きただけ。それよりどうしたんだこんな早くから」
「職場から連絡が来たのだ、これから顔を出してくる」

 寝起きの自分とは違い、覚醒しきったご様子で皺一つないピッシリとしたYシャツを羽織る。せっかくの肉体美が隠れてしまって少し残念に思うも前を全開にしたままカフスを留める動作はたまらなくセクシーだ。
 男がスーツを身につけていく姿はずっと眺めていたい、と昔の彼女がいっていたのを思い出す。当時はなにいってんだこいつと疑ったが、今ならその気持ちが分かる。無防備な姿から仕事姿に切り替えていく過程は逆ストリップショーといってもいい。男の自分が味わうのもどうかと思うが仕方がない、惚れた相手なんだからなんだってカッコよく見えてしまう。

「ナマオ、その……そんなに見つめられると気まずいのだが」
「へっ!? あ、ああ悪い……仕事ってことは今日も遅くなるのか?」
「分からない、だが出来るだけ早く終わらせるつもりだ」

 羽織った上着のボタンを閉め、ネクタイを締めて見慣れた姿に早変わり。先ほどの無防備さから打って変わって一瞬の隙を与えない厳格な空気を纏っている。ああ、確かに癖になる。六日目にして逆ストリップショーの素晴らしさを知り、今まで暢気に寝ていたのを恨む。出来なかった原因の6割は目の前のストリッパーだが。

「ナマオ一つ尋ねたいのだが、今晩何か予定はあるだろうか」
「生憎重種様に種付けされる以外予定はないな」

 HLに来た目的がそれなのだから今更なにをいってるんだこいつ。外出禁止を言い渡した本人からの意味不明な質問に眉を寄せる。このHLに来たのだってそれしか目的がない、嫌味にも受け取れる台詞に反発してつい下品な言い方をしてしまう。
 クラウスもまた自分の質問が愚問だと察したようですぐさま謝罪する。

「すまない、そういう意味で尋ねたわけではないのだ」
「じゃあなんだよ、今のところそれ以外だと時間つぶしにフィリップからポーカーで金巻き上げるしかないからな」
「……あまり、やりすぎないように願いたい」
「ちゃんとセーブはするって、それで予定がなけりゃあなにがしたいんだ?」

 昨日の乱戦で負傷した腰に気を使いながら上半身を起こす。クラウスと違い服を身につけていない。かといって体なんて散々見せてはいるから晒す恥じらいなどとっくになくしている。慣れとは恐ろしい。
 クラウスも見慣れたのか片眉さえも上げない。散々好き勝手した体だというのにこうも反応がないと複雑だ。

「ナマオがよければ、今夜私と食事はいかがだろう」
「なんだルームサービスでも頼むのか」
「いや、実はホテルのレストランの予約を取っている」
「……それって何階の店だ」
「最上階だ」

 長ったらしい店の名前を口にしたところで即座に首を横に振った。
 最上階のレストランはHLでも5つ星と呼ばれる最高級レストランだ。宿泊客の中でもVIPな客しか入店できないとHLガイドブックで書いてあったのを覚えている。こんなところ行くやつなんてさぞや金持ちなんだろう、なんて思ってはいたけどいた。目の前にいた。

「無理無理無理、あそこめちゃくちゃ高いだろ!」
「全て私が持つので支払いの心配は」
「俺マナーとか分からない!」
「個室だから誰にも見られることはない」
「そ、そういうのってちゃんとした服で行かないとっ」
「ギルベルトに頼んで早急に手配させた」
「お、おう」

 外堀を一気に埋めて逃げ道を全て封鎖する男の手腕に脱帽だ。「君の採寸に合わせたオーダーメイドなのでサイズは安心してほしい」なんてズレた気遣いに違うそうじゃないとツッコむ気力も消え失せた。いつ、どこで、自分のサイズなんて調べた、なんて聞くのは野暮だ。相手は俺様何様重種様、しかも貴族のお坊っちゃんときた。金持ちの本気を垣間見てしまい、逃げられない状況に頭を抱える。

「俺に拒否権は」
「君が本気で嫌なのであればキャンセルを」
「本音は」
「……一度でいいから君と食事をしてみたい」

 駄目だろうか、とピャッピャッと汗を飛ばしながら顔色を窺う。怒ってるようにしか映らない形相も緊張から顔が強ばっているだけなのに気がついてしまった時点でアウトだ。眼鏡越しのエメラルドグリーンが大昔に流行ったチワワのCMを彷彿とさせる。なにそれと思ったやつはネットという文明の利器で調べるのをお勧めする。
 もちろんクラウスがチワワなんて可愛いものじゃないのは重々理解はしている。見た目はどう見ても熊だし、中身だって堅物な上に自分のワガママを貫こうとする暴君だ。本当に質が悪い。
 そして、そんな暴君のワガママを許してしまう自分も対外だった。一体この男に白旗を振ったのは何度目だろう。ベッドの中のも数えたらもう両手では足りない気がする。

「……予約した時間は何時だ」
「19時に予約をしている」
「ならその時間過ぎたら行かないからな」

 それまでに戻ってこい。と、言い終わる前に威圧感が露散した。代わりにクラウスの周りに花が咲いている。もちろん自分の錯覚だ、それでも見えてしまったもんだから撤回はもう出来ない。そういう切り替えの早さがずるすぎる。
 「そこで出す魚料理がおいしいのだ」「予約した部屋から夜景がとても美しい」「ワインの種類も豊富だからきっと君も気に入るだろう」と顔が怖いのは変わらないが声を弾ませて語る姿に拒否する気力が失せてしまった。昨日の一件で益々絆されてしまっている自分に嫌気が差す。口元が緩むのは美味しい飯が食べられるからであって決してクラウスに和んでる訳ではない。上がりかける口元が見られないようにクラウスに背を向けてしっしっと手で追い払う。

「ほら早く行って来いよ、食事したいんだったら早くいって仕事終わらせてこい」
「そうさせてもらおう、君も戻ってくるまで安静にしてるといい」
「いわれなくてもそうするー」

 今から仕事に向かう相手の横で二度寝決め込むときほど気分がいいものはない。時間の経過と共に明るくなっていく外からの光を遮断しようと頭までシーツを被る。午後にはフィリップの寝坊で起こされるに決まってる。それまではぐっすり寝たい。
 そう決め込んだ自分をよそに、クラウスは一向に部屋を出ていく気配を見せなかった。てっきりそのまま出ていくと思ったのに、ドアが閉まる音が聞こえない。何かあったのかと身を起こそうとした。
 ギシリ。ベッドが重みで軋む。

「クラウス?」

 呼びかけても返事がなく、もう一度呼ぶためにシーツをめくろうと手に掛ける。
 ギシリ。ベッドが悲鳴を上げる。

私が贈った・・・・・スーツを纏った君と食事できるのをとても楽しみにしている」

 腰から太腿をかけて形取ろうとなぞっていく指先。シーツのはずなのに、指先の感触を鮮明に思い出してしまう。
 腹の内が、何かを求めて締め付けた。
 ぁ、と意思関係無く声が漏れる。甘さを滲ませた物欲しげな声にみっともさを覚え、遅いと分かっていながらも口を塞ぐ。シーツを隔てて見えないはずなのに、頭上で忍び笑いが耳に届く。

「私が戻ってくるまで、『いい子で待っていなさい』」

 それではいってくる。シーツを挟んで耳元で落とされる言葉と柔らかな弾力。それが何なのか、気づいた頃にはドアが閉まる音が遠くで聞こえた。

 一人残された部屋で、呆然とシーツにくるまる。
 眠気など一瞬で吹き飛んでしまった。あんなことをいわれてしまったら、眠れる訳がない。
 無理矢理呼び起こされた火照りに為す術もない。慰めで自身を抱きしめてみるが、先ほどの触れられた手と比較してしまって逆効果だった。

「〜〜〜〜! あんのクソ重種っ、こういうときに斑類の力使うなんて卑怯だろっ!」

 クラウスが去り際に残した言葉はある種の呪詛であった。弱肉強食の斑類だから出来る、弱者を縛れる重種の言霊。
 半分は重種でも結局は重種よりは下、絶対的強者である重種の命令は絶対なのだ。
 そのため、言霊に従ってクラウスが戻ってくるまでいい子で待ってるしかない。どんなにジンジンと疼く身体を持て余しても、自分で慰めるのは不可能だ。
 あいつに放置焦らしプレイも好む一面を知ってしまい愕然とする。
 
「帰ってきたら覚悟しろよっ……一滴残らず搾りとってやるっ!」

 意気込んで吐き捨てた悪態の震え具合は笑いたくなるほど部屋に虚しく響いた。
 
 

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