獣の恋 | ナノ
 お話しましょそうしましょ

「ピロートークというものをしてみたいのだ」

 ぱちりと瞬き一つ。
 意識がゆっくりと落ちようとした矢先、自分に向けて発したであろう呟きに反応して重たい瞼を上げる。
 うっすらを開くと顔をのぞき込む瞳と目が合ってしまう。

「……相変わらず、突拍子ねぇな」
「すまない、だが前々から気になっていたのだ」
「いましたいのか」
「うむ、ずっと機会に恵まれなかったから今回こそはと」
「そりゃあどっかの誰かさんが意識飛ばすまで抱き潰すからなぁ」

 声が枯れるほど喘がされ、杭を押し込むように揺さぶられ、普通は入らないであろう境界線を易々と押し入られ、毎晩毎晩腹が膨らむほど吐き出される。それが一度ではない、片手で足りるのかさえ怪しい回数をされたら誰だって意識が飛ぶ。機会に恵まれないだなんて、そうさせる元凶が何をいっているのだか。
 嫌みを込めて視線を送るとクラウスが凶悪な面で呻く。決して怒ってるのではない、汗が飛んでいるからこれは困ってる反応だ。困ってるのはこっちだと吐き捨てたい気持ちを抑え込む。

「なあクラウス、俺たちの関係はなんだ?」
「? ブリーリングだがそれがいま関係あるのかね」
「んー……いやなんでもない」

 ずっと気になってたんだがこいつブリーリングの意味分かってるのか?親父に言いくるめられて騙されていないだろうか、お兄さんちょっと心配だぞ。
 ブリーリング、つまりヤって種付けするだけの関係なんだからそんな恋人のようにピロートークなんてする必要はないと遠回しにいいたかったがクラウス相手には全く伝わらない。がっくりと肩を落とす自分に労って背中を撫でても慰めにならないことさえ気づかない。もうここまでくると微笑ましさを感じるから恐ろしい男だ。
 ここは変にオブラートに包んでも伝わらないならと簡潔に且つはっきりというしかない。

「俺疲れた、眠い、あんたも明日仕事」
「承知している、だがそれでもナマオと話がしたい」
「途中で寝落ちる自信あるぞ」
「それでも構わない、ほんの束の間でいいので私の話相手になってもらえないだろうか」

 体を横に向かせ、自分を向かい合う。自分の反応を窺いながら、シーツの上から自分の腰を優しく撫でる。熊のような厳つい男からのおねだりにひくりと口元が引き吊った。
 だろうかなんてお願いしてはきているが、クラウスの中でもうピロートークは決定事項になっている。もう体勢が臨戦状態ではないか、これだから三男坊の重種は嫌だ。せっかくいい気分で寝落ち出来ると思ったというのに、心中で舌打ちをしてしまう程度には目も覚めてしまっている。そうなってしまうともうクラウスが満足のいくまでつき合うしか選択肢がない。

「……寝落ちても怒るなよ」
「!」

 ぱぁっと背後が花が舞ってるのに気づかぬ振りをしてうつ伏せになって顔を埋める。すぐに寝落ちれるように準備しておかねばずっと話をしてそうだからだ。
 それにしてもピロートークを求めるとは、こいつは自分をなんだと思ってるのだろう。ブリーリングでも恋人らしいことをしたいのだろうか。こんないい年した男として楽しいのか、聞いたところで斜め上発言をされて疲れるだろうからあえて聞かないでおく。

「でもピロートークってなに話したいんだ? 『今夜の貴方も素敵だったわ(ハート)』なんていってほしいのか?」
「む……それならナマオの方こそ」
「バカ例え話だって」

 ちょっと声色変えていっただけ本気で照れないでほしい。真に受けて誉め返そうとするものだから慌てて止めた。ベッドの中でみっともない姿を晒してるというのに、それを口から説明されたりしたら恥ずか死する。言葉を遮られて不満げなクラウスの言葉責めを回避するため早々に話題を変えようと試みる。

「あーと、そうだあんたの話してくれ」
「私の?」
「俺もうたくさん話してるから、今度はあんたの話聞かせてくれ」

 内心クラウスに話をさせて勝手に寝落ちる作戦を立てているのは表に出さず提案する。自分の目論見に気づかない純粋なクラウスはふむと顎に手を当てて考え込む。

「私の話といっても、君と同様にそれなりに話したと思うのだが」
「ほかにもあんだろ、たとえば初体験の相手の話とか」
「……それはピロートークには適さない話題では」
「いいじゃねぇか、別に相手は女でもなけりゃあ恋人でもないんだから気にする必要ねぇよ」

 ほらほらと頭を肘で支えて話を促す。何気なく出した話題であったが、この大男の初めての相手がどんな人物だったか純粋に興味があった。貴族の重種なんてサラブレット中のサラブレット。性格的に遊びはしなそうだが近寄ってくる相手は少なからずいたはずだ。下世話な話題に眉を寄せてはいたが自分の興味津々な態度に諦めたのか一息ついて話し始める。

「……初めて、そういった行為をしたのは16のときだった」
「お、結構ませてるな。相手は?年上?同い年?」
「年上だった、私よりも5つ上で……家のしきたりで宛がわれた」
「家のしきたり」
「将来の伴侶に恥をかけぬように覚えておくべきだと父にいわれてその女性から色事を学んだ。上の兄たちも同様に経験している」
「お、おう……」

 予想の斜め上にいって反応に困る。結婚相手に恥をかかせないように親から女を宛がわれるなんて昔の貴族の嗜みかなにかよく聞く話だ。でもこのご時世で未だ続いていたとは、いったいこいつは何時代生まれだ。俺の知り合いの重種は女があっちからやってきて簡単に童貞捨てたといっていたのにこの違いはなんだろう。

「俺あんたのことだからてっきり女に乗っかられて奪われたのかと思った」
「……一度だけ寝込みを襲われたことがあるが、私の性器を見た途端血相を変えてしまって」
「あー……」

 恥ずかしそうに頬を染める姿に納得する。ぺらりとシーツをめくってクラウスの戦艦を確認する。いまは平常時だが、臨戦状態の戦艦を知っているので怖じ気付く女の気持ちも分からなくはなかった。奇跡的に痔にならず済んではいるが、女は一歩間違えたら出血どころの問題じゃない。かといってそれで怖がられてしまうクラウスもとても哀れであった。

「喧嘩売る相手間違えちまったんだな、自分の身の丈をちゃんと理解できただけいいもんか。にしてもあんたも災難だな、寝込み襲いに来ておいてビビるなんていい迷惑じゃねぇか」
「う、うむ……そうした者が少なくはないため、私の家では教育を受ける必要があるのだ」
「なるほど、そりゃあなんも知らずにやっちまったら認知しろ慰謝料払えなんていわれかねないもんな」

 教育係が必要なのも頷けた。話を聞く限り、クラウスは昔から体格に恵まれていたのだろう。女で苦労していたのだ、もしかしたらそれ以外でも苦労を強いられていたのかもしれない。勝手に想像して同情をしてしまい、寝ぼけながら頭を撫でてやる。クラウスは自分が撫でてきても怒りもせず、むしろご機嫌になってもっとと無言のおねだりをして頭を差し出す。大型犬を連想させられ、つい両手でわしゃわしゃと髪をかき回してしまう。

「その割にあんな上手いってことは、その教育係様に仕込まれたのか。真面目そうな顔して実は相当女泣かせてきただろ」
「……いや、君とするまでその女性一人だけだ」

 ぴたり、と撫でていた手が止まる。

「待て待て、嘘だろ? 俺が二人目?」
「君が二人目だ」

 ジーザス!まさかの素人童貞だったか!
 なんて大声で叫ばなかった自分に賛辞を送りたい。素人童貞を知らないお子さまは絶対に検索するなよ、今後彼氏ができたときに傷つくのはあっちだ。
 そんなえっへんと胸張られたって反応に困る。操立てるのはいいがさすがに自分の立場考えてほしい。嘘だろ、重種のくせにそんな経験ないなんてどれだけ箱入りなんだ。経験そこまでないだろうなと思っては思ったがまさかすぎて言葉が出ない。固まってしまった自分の反応に見かねてクラウスは慌てて弁解をし始めた。

「仕事の関係で世界中を回っていたから女性と知り合う機会があまりなかったのだ」
「……重種なんだから言い寄ってくる女はいただろ、そんな中からつまみ食いでもして発散すりゃあよかったのに」
「いなくはなかったが、私の容貌に恐れる者が殆どであった……それに、」
「それに?」
「私はそうした行為は好いた相手と、ずっと決めていたのだ」

 乙女か、じゃあなんでブリーリングなんてやってるんだ。
 喉まで出かけた言葉を直前になって思いとどまって飲み込む。クラウスとて事情があってのブリーリングなのかもしれないのだ、さすがに踏み込みすぎた発言だと思い直す。
 ああでも、なんというかここまで箱入りだとは思いもしなかった。こいつの家族は一体どういう教育を施したのだろう。あの包帯ぐるぐる執事に色々話を聞きたい。
 ここまで考えて、次に浮かんだのはその二人目が自分という罪悪感であった。まさかの二人目が惚れた女ではなくてブリーリングが相手だなんて可哀想すぎる。頭の中で流れる『ドナドナ』と胸に宿るは親父への殺意。帰ったらまず殴ろうそうしよう。
 
「ナマオどうかしたのかね……?」
「……クラウス、もう少し自分を大事にしたほういいぞ」
「? 体は丈夫な方だが」
「そういう意味じゃないって……ああもう、将来付き合った女に騙されないか心配だよ」

 将来付き合った女から借金の肩代わりとか詐欺に合い、騙されても彼女を信じる姿がたやすく想像ができて頭痛が酷くなる。惚れた男の将来を心配するってどうなのかと自分でも思うけれど、弟を持った兄のような気持ちで心配してしまう。重症だと思うだろ、自分でもそう思う。
 この男に女が危ない生き物かを諭すか悩んでいるところでクラウスから話題を持ちかけられる。
 
「そういうナマオの相手はどうだったのだね」
「え、俺?」
「うむ、私だけ話すのはフェアではない」
「えー……俺も年上だったな、17のときにみんなで海行って逆ナンしてきた女子大生とそのまま流れで童貞捨てたぞ」

 あのときの女子大生、顔は覚えてないがメロンみたいなおっぱいがたゆたゆんと揺れていたのだけは覚えている。あとやたら喘ぎ声でかくてうるさかったな、と思い出しているとクラウスの目がなぜか険しくなる。

「その女性とその後は……?」
「いんや、そのあと連絡交換はしたけど俺もあっちも連絡取らなかったからそのままお流れ」
「……君はその女性を好いていたから行為に及んだのでは」
「そりゃあいいなと思ったからな、でもそれだけの話。男の一夏の経験でよくある話だろ、あっちだってそれを分かってて近づいてきたようなもんだし」

 いかにも遊び慣れてそうだったから童貞を捨てるには丁度いい相手だった。相手も同じ事を考えていたに違いない、互いに利害一致していたのだから後腐れなくて楽であった。
 性に奔放な斑類によくある話なのだが、堅物なクラウスの眉間にさらに皺が寄ったことからあまりいい気分はしていない。さすがに話しすぎたかと反省し、眉を八の字にして困った笑みを作る。

「なんだ軽蔑したか?」
「いや、き……以前働いていた職場では男ばかりだったのでそういった話をよく耳にしていたので慣れている」
「へぇ、男ばっかの職場にいたのか。にしてはスラングとかいわないな」
「……意味が分からなくて調べてはみたのだが、あまり使う機会がなくて」
「調べたのか! 真面目か!」

 とことんお坊っちゃんだというのを再認識させられ、必死にスラング用語を調べるクラウスが浮かんでしまったらもう駄目だった。笑うところを見られないために顔を枕に押しつけてはみるも、体が笑うたびに震えるものだから全く意味がない。頭上から名を呼ばれて枕から顔を離す。 むっすりと厳つい顔で自分を見下ろす男に負けじとニヤリと笑い返す。

「可愛いな坊ちゃん、その様子じゃ男所帯の中ではオモチャにされてたんじゃないか」
「……今日の君は意地悪すぎではかね」
「なんだ、まるで俺がいつも意地悪してるみたいな言い方じゃねぇか」
「そ、そういう意味では」
「傷つくわー、どっかの誰かさんはこっちがやめてっていってもやめてくれねぇくせに棚上げされるなんてー」
「うぐぅっ」

 再び枕に顔を沈ませ、隙間からクラウスを様子見る。言葉をかけようにもどうかければいいか分からず、汗を飛ばしてあわあわしている大男。おいおい重種のくせになんて情けない姿を晒してるんだ。呆れつつも緩んでしまう口元を無理矢理引き締め、ほんの少し枕から顔を出す。

「クラウス」
「な、なんだろうか」
「ちょっとは満足したか?」

 脈絡のない質問にクラウスはぽかんと口を開けて間抜け面を晒す。その問いがおねだりしたピロートークの意味だと気づいたのは数秒経ってからで、意図を正確に理解するときゅっと口を結んだ。

「……まだ、足りないといったら付き合ってもらえるのだろうか」
「もう俺眠いからいい加減寝たい」
「10分だけでも」
「長い」
「……5分は」
「うーん……クラウスちょっとこっち来い」

 ちょいちょいと手招きしてやればクラウスは素直に自分に寄ってくる。拳一個分まで距離が縮まったところでクラウスの首に腕を回して引き寄せる。クラウスが驚く間も与えず、前髪をかき上げて唇を押しつけた。

「ナマオっ?」
「いい夢が見れるおまじないだ、甥っ子たちからもお墨付きだぜ」
「……子供扱いしないでくれたまえ」
「なにいってんだよ、まだ寝たくないって駄々こねるやつが子供じゃなけりゃあなんだっていうんだ?」
「っ」

 その台詞を最後にクラウスが黙り込んだことにより勝敗が決まった。初めての勝利に内心ガッツポーズだ。勝者の優越感を胸にさっさと寝てしまおうと寝返りを打つ。が、反対側に向きを変える前に太い腕に引き寄せられる。

「うわっ」

 デジャブを感じながら引き寄せられたのはクラウスの腕の中。太い腕は腰に回され、頭は腕枕と顎で固定されてしまって身動きがとれない。ここまで拘束されてしまったら抜け出すのは困難だろう。クラウスなりの仕返しに笑いがこみ上げる。もう振り払う気力もないし、しようとも思わなかった。もっと話したいのを我慢させてしまった分、これぐらいは大目に見てやろう。その意思表示を示すために自ら体をひっつけてやった。


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